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11.部屋事情

 部屋を繋ぐ扉を作るということに一瞬愕然としてしまったが、何故それが必要なのかと慌てて問いただすと、納得できない理由は無く。「守るためにも、部屋の外になるべく出す訳にはいかない」というのが一番の理由だと言われた。


 この階で生活しているのは2人の副長と8人の部隊長で、副長が1室ずつ使い、部隊長は2人で1室ずつ使っているそうだ。ちなみに、フォルカーさんは副長の1人でもある。全員がこの隊の中では上位になる人間のため、彼等に対してのみ、私の存在は今日にでも周知するそうだから、私が廊下を歩いていたとしても理解してもらえるだろう。

 しかし、勿論彼らの部下や他の隊の者がこの階に来ることもある。というか、報告や連絡で頻繁に来る。大隊長室が会議室も兼ねているので、作戦を練るための話し合いをすることも、人事関連の調整の打ち合わせをすることもある。そういった人間との関わりを極力減らしたいという。


「近々、大隊全体にもあなたが女性であることも周知しなければなりませんが、それはかなり危険なことでもあります。…実は、私は元々この国の生まれではありません。そのため、自身の生まれ育った国と比較して言いますが、この国では女性が軽んじられる傾向があります。戦争が多い国ですから、戦に出る男性の方が尊敬され、権力を持ち、偉くなるのです。アデルはあまりそういったことを気にする人間ではありませんが、通常、女性というだけで軽く見られると思っておいてください。例えばあなたが道端で襲われたとして、助けてくれる男性は居ないでしょう」

 血の気が引く。私の顔色を伺いながら、彼は言葉を続けた。

「あなたが兵に襲われたら、アデルはそれなりの処分をするでしょう。しかし、それすら、あってはならないことなのです。彼の体面に、経歴に傷を付けることになる。軍隊内にも関わらず、女を守るために男を処分したと陰口を叩かれるだろうし、出世にも関わるかもしれない。女に籠絡されただらしない男だと後ろ指をさされるかもしれない」

 なんだそれは、と眉間に皺が寄ってしまう。私が思ったことを正確に読み取って、フォルカーさんは苦笑した。

「なんだそれは、と、勿論お思いでしょう。私もそう思います。しかしそれが、この国です。だから、女性は自身の身を守るために強かに生きています。採寸に来てくれた女性が居たでしょう、彼女も身を守るため、常に相手を退けるための武器を持ち、暗い時間では路地を決して歩かない。…脅しも込めて嫌な話をしましたが、理性を失った国ではないのです、明るい時間に道端で襲われるなんてことはありません。ただ、こと軍隊に所属する兵士という職業に関して言えば、男として前線に立っているという自負も相まって、女性を軽視する傾向が強いのです。ご理解ください」

 今まで、軽い気持ちで物事を考えすぎていた。アデルが「絶対に外に出るな」と強い口調で言っていた意味も理解できた。

「また、【蝙蝠】の手のものがあなたを攫うか、殺しに来る可能性もあります。防犯上の都合で窓は小さくしたと伝えましたが、これは主にこの事が理由です。アデルの部屋と直通の扉は、何かあった時助けに行けるように、という意味合いも含まれます」

 そうか、その可能性もあった。…アデルに面倒ごとを全て背負わせている。

「ちなみに、これがもし、倉庫の反対側、私の部屋側にあなたの部屋があれば、私の部屋に続く扉を作ったでしょうし、もう一人の副長の隣の部屋なら、彼の部屋に続く扉を作ったでしょう。その程度のことです、あまり気にしないでください。今回は配管の都合で、アデルの部屋の隣になっただけです。勿論、部屋の両側には鍵をつけます。どちらからも鍵を開けないと、扉は開きません。食事は大抵アデルが運んでくれるでしょうが、彼の手が空いていない時は私が運びます。暇を持て余すことが多いでしょうが、今はまず、魔術の習得に努めてください。あなたが今のままでは、アデルの立場も悪くなります。それに…あなたが魔術で自分の身を守れるようになったら、ある程度自由に出歩くことを許可できます」

 こくりと頷く。フォルカーさんは真剣な眼差しで頷きを返し、図面をくるくると巻いてまとめた。

「隊長たちへの周知が終わるまでは、部屋から出ないようにしてくださいね。ご理解いただけたようですので、明日から本腰を入れていきます。魔術理論はどの程度読みましたか」

 本は300ページ程だが、半分ほどは読んだ。フォルカーさんは「それでは、明日までに全て読み切っておいてください。明日、首都の外壁を越え、森に行きましょう。あなたの最大出力では、何が起こるか分かりませんので」と言って、部屋から出ていった。


 ◇ ◇ ◇


 覚悟が決まったというか、意識が大幅に代わった。机に齧り付き、魔術理論を読み耽る。危険が伴うので呪文を唱えることはしないようにしつつ、一通り読み終えた頃には、窓の外は暗くなっていた。まだ雨は降っている。


 時計が無いので時間の感覚は曖昧だ。


 木箱を目の前に浮かせる。これを扱うのには慣れた。

 くるくると回し、空中で分解させ、それをそのまま宙に留める。

 詰まるところは、こういうものは構造の理解だ。構造を正しく把握し、目で見ずとも正しく立体をイメージできるか。本にも書かれていたし、フォルカーさんも似たようなことを言っていた。だから、こうすれば強く組める、こうすれば安定する——そういう知識があると、魔術も安定するという。

 例えば、安定するのは三角形。3つの点で構成するものは、重心が安定しやすい。障壁を作る時は、小さな三角形を繋げて壁を作るといいらしい。まるで3Dのモデリングみたいだ。


 手を作ったり、糸で引っ張ったり、最初のうちは四苦八苦していたが、今はただ、宙に浮くイメージだけで術を使えている。

 また木箱を組み直し、ふと思いつく。色を変えてみようか。


 ほんの少し表面を炙ったような、黒色。きっと、呪文が無くてもできるはず。木箱の表面が黒く変わるイメージを持つと、じわっと火が燃え移ったように、箱は黒く変色した。

 こういうのはイメージがしやすい。でもきっと、本来の魔術というのはもっと自由なはずだ。現実に炭化させたらとか、どんな元素でできているとか、そんなものは関係ない。


 赤い箱にしてみよう。神社の鳥居のような朱色の箱。瞬きをすれば、そこにはもう赤い箱があった。宙でバラバラにしてみると、中身は元の木の色だ。もっと難しいことをしてみよう。

 それぞれのパーツの面の色を、別々の色にする。イメージするのが大変だ。一つのパーツに集中して、一面ずつ色をつける。だがふと、違う、と感じた。


 バラバラのパーツを宙に並べて、それを遠くにやる。離れた位置からパーツをパッと見て、目を閉じ、カラフルに色がついているものがある、と認識させる。ルービックキューブの、面がバラバラになった、あのイメージだ。目を開ければ、今度は一瞬で色が切り替わる。それを元の箱の形にして、テーブルに戻した。

 速度を上げれば、早く相手を圧倒できる。これから私に求められるのは、そういう能力でもあるだろう。


 向かいの椅子を眺める。机で一部分隠れて見えないそれが、どんな大きさで、どんな形か。脚の角度は。背もたれの高さは。座面の緩やかなカーブはどうなっている。それを設計できるか。

 強くイメージして集中すれば、そこには全く同じ椅子が2つに増えている。


 現実すら捻じ曲げてしまえるのでは。そう錯覚してしまうほどの力だ。しかし、集中するのをやめれば、椅子は消える。だが、手元には黒い箱。元の色ではない。


 原理として、魔術だけで組み上げ、作られたものは、魔術を使い続けない限り残らない。フォルカーさんが私のことを「規格外」と言った理由がわかった。防護障壁を1年間張り続けたというのなら、寝ている間でも消えないよう集中していたということか、それとも寝ていなかったのか、それともそれを実現させる呪文があったのか。どうしていたかは知らないが、それを可能にするだけのエネルギーを持っていて、それを常に使い続けていて、それでも枯渇しなかったということだ。


 箱の色が黒くなったままなのは、表面を炙るイメージをしたからだ。それによって、実際に物体そのものが変化したから。もし、黒い塗料を塗ったイメージをしていたなら、箱は元の木の色のままだったろう。

 考えてみれば、魔術で組み上げたソリもそうだ。ただ単にソリの形にしておくのは、魔術で形を保持し続けなければならないが、ソリの形を作って補強した状態で完成させれば、魔術で保持し続ける必要がない。だからフォルカーさんは、沢山の蔓を使って、魔術を使わずとも壊れないよう補強したのだ。


 部屋の工事ができないというのも理解できる。建物の構造、どこになら穴を開けていいのか、配管を通すならどうするのが効率がいいのか。壁の素材や、安定する骨組みの組み方。そういった知識がないと、魔術ではどうにもならない。それに、魔力を使うという制限のもとで進めることになる。それなら、普通に専門の大工が工事した方が当たり前に手っ取り早い。

 魔術師がいるなら、仕事なんて少ないんじゃないかと思っていたが、そうでもないのだろう。


 ふと気になって、洗面所に行き、コップに水を入れる。これを机に置き、凍らせるイメージを持った。水がコップに接している部分から徐々に結晶化し、じわじわと凍っていく。そこで魔術を使うのをやめても、水は凍ったままだ。きっと同じように、熱湯にしたものは熱湯のままだろう。


 それではあれはなんだろう、どうしてもトイレに行きたいけど行けなかった、あの時の。小さくなれ小さくなれ、消失しろ、とイメージしていたので、消す、という行為は、本当に消えてしまうということ、なのだろうか。それは取り返しがつかない恐ろしいことではないのか。

 それとももしかして、極限まで小さくなっているということ、なのだろうか。圧縮されたものが、そのまま小さくなったまま残ってる、とか。

 考えると少し恐ろしい。なるべく魔術でどうにかするのでは無く、普通にトイレに行こうと思った。


 そういえば、洗濯物が帰ってきているんじゃなかろうか。魔術で扉を開けると、棚の上に洗濯物が載っていた。自動で畳んでくれはしないらしい。昨日使ったタオル類や、行軍中アデルが着ていたシャツやズボンや下着と、自分が着ていたワンピースとローブだ。それらを宙で掴んで、テーブルの上に移動させる。


 洗濯物は手で畳んだことしかないわけで、それを魔術でしようとすると、結局空中に手があるイメージをした方がやりやすい。こういうことをするなら、魔術よりも手でやった方が楽なんだろう。ついでにアデルの分も畳んで、ローブの方は肩から羽織った。なんとなくこのスタイルは安心する。タオルは畳んで脱衣所に戻しておいた。


 座ったままこれだけできてしまうと、運動不足になってしまいそうだなぁ、などと考えていると、がちゃりと部屋の扉が開かれた。同時にふわりと、料理の良い香りが鼻腔をくすぐる。アデルが料理を持って帰ってきた。

「なんだその服の量は……」

 疲れ切った声でそう呟く。確かに今、テーブルの上は服で溢れている。慌ててそれをそれぞれのベッドの上に移動させると、彼は片眉を持ち上げた。

「魔術には慣れてきたか」

 頷きを返す。アデルはシャツのボタンを緩めながら、お盆をテーブルに置いた。2人分を大きめのお盆1つにまとめてきたらしい。


 今日の晩ご飯は、半透明の黄色いスープと、オムレツと温野菜、小ぶりな焼き魚。米が食べたくなるが、やはりパン。しかしどれも美味しそうだ。アデルが先に手をつけるのを待って、いただきます、と食事を始める。

 今日、彼はどこで何をしていたのだろう。正装していたから、もしかしたら戦についての報告をしていたのかも。それに、今日には各隊長へ周知するとも言っていたし、それもあったのか。どちらにせよ、行軍時の比ではないほど疲れているのを感じ取れた。

「…明日、副長には一度引き合わせる」

 食事の手を止めて、不意に彼がそう呟いた。苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「今どれくらい使えんのかは知らねえが、ある程度力は見せてもらわねえと困る。やれるか」

 できるかどうかでは無く、やらなければならない。

 頷いて、そういえばこういうこともできるのでは…と、宙に文字を作ってみることにした。文字も結構ちゃんと書けるようになっただろう、というアピールも込めて。光の線を宙に作って、頑張ります、と文字を浮かび上がらせてみる。どうだ、と彼を見上げると、ほんの少し驚いた顔がそこにある。だがすぐに、彼は字を指差して鼻で笑った。

「俺から見たら鏡文字だ。精進しろ」

 あっ、そうだった。また悔しさを噛み締めていると、アデルは鼻で笑った。

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