人気店
一か月後。
僕が毎日仕事をしつつ様子を見ていたおかげで、スミレはサボることなく二つの課題をやり遂げた。
半月経った頃には、コーヒー類の調理を会得し、店内の清掃にも慣れ、清潔な店内を保っていた。
「いらっしゃいませニャ! 二名ですね。こちらの席へどうぞ」
二つの問題が改善されると、段々と来店客が増え「お好きな席へどうぞ」というセリフが無くなっていった。僕も、朝方から夕方まで入り浸ることは無くなり、空いている時間を狙ってカフェへ訪れるようになっていった。
来店客たちが会計を終え、僕とスミレの二人きりになる。
スミレが僕の座っている席へ近づいて来た。
「……どうかニャ?」
「合格です」
「やったニャ! 二枚剥すニャ」
スミレは僕の文句を綴った注文書が張られている壁へ向かい、【コーヒーが不味い】と【店内が汚い】と書かれた注文票を剥してきた。そこから戻って来ると、その二枚を僕に見せる。
残るはあと一つ【メニュー表と看板の改善】。
「残りはあと一つニャ。でも、これが難しいんだニャ……」
スミレは壁に貼られた残り一つの注文票を見てため息をついた。
一か月様子を見ていた僕は、残り一つはスミレ一人で解決できる問題ではないことが分かっていた。僕が仕事をしている間、彼女が参考資料を見ながらチョークアートを独学で習得しようとしていたのと、それに苦戦していた様子を見ていたからだ。
「はい」
「ん? なんだニャ」
「僕が考えてみたんだ。どうかな?」
僕はスミレに紙束を渡した。
そこには僕が考えたメニューのデザイン案とカフェのロゴ案が描かれている。
スミレはそのデザイン群を興味深くみていた。
「素敵だニャ! これ……」
「餞別、です」
「せんべつ……」
「それは一か月、僕にコーヒー類とスイーツをご馳走してくれたお礼です。これだけはスミレさん一人ではどうにもならないでしょうから」
「……スミレは絵心がないんだニャ。すごく助かるニャ」
「これで三枚目も剥せますね」
僕は笑みを浮かべ、課題が全て無くなったことを告げた。
しかし、スミレは浮かない顔をしている。
「でも、あれが剥がれたらモーリスは――」
「また、カフェ巡りを始めます」
「なんだか寂しいニャ」
スミレが浮かない顔をしていたのは、僕との別れが来てしまったからのようだ。
僕は席を立ち、レジの前に立った。そして、財布から代金を取り出し、それをトレーの上に置いた。
「会計、お願い」
「……わかったニャ」
僕が代金を支払う。それは僕とスミレが客と店員の関係に戻った証だ。
僕がこのカフェに思う不満はもうない。その証拠に、ここは満席になるほどの客が訪れるカフェになっている。
このカフェは僕がいなくても上手くやっていける、そう確信したから代金を支払うのだ。
スミレはレジからお釣りを取り出し、僕の手の平に置いた。
「ありがとうございました」
不意に”ニャ”という語尾が消えた。スミレ自身がお礼を言ってくれたのだろう。
「またのご来店をお待ちしてますニャ」
「……気が向いたらね」
二人のスミレに礼を言われ、僕はカフェを出た。
今はここまで