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死にたい少女と生きたい化け猫  作者: 絵山イオン
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ブリテンにて

壁をすり抜けると、ブリテン風の庭園と家が現れた。

 この部分だけは濃い霧に包まれておらず、晴れやかになっている。淀んだ空気もないため、あたしはマスクを取った。

 辺りを観察すると、ここは異空間のような場所であることが分かった。きっとキャスパリーグが現世と切り離しているのだろう。

 あたしは庭園を抜け、洋風の家の呼び鈴を鳴らした。少し待つと、ドアが勝手に開かれ、家の中へ招かれる。赤い絨毯の上を歩くと、その先に人間より巨大な白い猫が座っていた。「珍しい客よの」

 その猫は豪華な椅子に座っていた。

「キャスパリーグ」

「そう。我がキャスパリーグよ。スミレとやら、お主は人間に憑依したはいいものの、進路で迷っているようだな」

 あたしはキャスパリーグの発言に、目を丸くした。

 まだ名乗ってもいない、訪ねてきた目的さえもキャスパリーグに告げてないのに、彼はさもあたしが説明したかのように話を進めてきた。

 驚きのあまり、あたしはしばらく言葉が出なかった。

「その姿では、猫ではなく、人間として生活してゆくことになる。我がしてやれることは限られるな」

「そんにゃ……」

 人間としての生活?

 あたしは室内飼いだったから、人間の日常生活は分かるものの、それ以外の事はよくわからない。さっき、幽霊汽車の車掌に現金の価値を教えてもらったくらいだ。お金を払ってものを買うのも初めてやった。

「人間社会に溶け込むがいい。人間は【働いて、賃金を貰い、住処を得る】ことだ」

「……なら、働いてみるニャ」

 働く、ということがどういうものか想像つかなかったが、あたしはロンドンでの目的を見つけることが出来た。やっぱりキャスパリーグの所へ来てよかった。

「また、悩みがあればいつでも来るとよい」

「そうするニャ」

 あたしは晴れやかな気持ちでキャスパリーグの家を出て行った。

 キャスパリーグの家からロンドンへ戻ってきたあたしは、再びマスクを装着した。

「働くって。どうするんだニャ?」

 あたしは働いたことがない。屋敷の中で可愛がられていただけだ。それが人間になっても通用するとは思えない。別の方法でお金を稼ぐ方法がある。

 ―― 店長が、私のお菓子を気に入ってくれてね、料理屋で販売してたんだよ ーー

 ふと、あの子が毛繕いをしながらあたしに話してくれた内容を思い出した。

あたしはなくても、憑依した体が覚えているとしたら、お菓子を作ってそれを売る仕事ができるのではないか。そう考えたあたしは、すぐに行動へ出た。

 濃い霧の中、あたしは料理店を探し、働かせてほしいと頭を下げた。丁度その店は人手が足りなかったようで、すぐにあたしを給仕として雇ってくれることになった。

 働く場所が決まったので、次は滞在する場所を探す。

 あたしには宿というものが全く分からなかったが、身体がその場所へ導いてくれた。宿屋へ向かいたいと思うと、身体がそこへ自然と動くのだ。これはあの子の感覚を無意識に使っているからだ。

 あたしは宿屋に着き、金貨を一枚払った。これで一か月宿泊できるという。

 宿の人から部屋の鍵を受け取る。そこには三〇二と書いてあった。あたしはその数字の意味が分からなかったが、また体が勝手に動いた。あたしは三階まで階段を上り、二つ目の部屋の前に立ち止まった。そして、鍵を差し込み、ガチャとドアが開いた。

 用意された部屋にあるソファに荷物を置いた。

「疲れたニャ」

 あたしはベッドに横になった。フカフカのベッドに体を沈める。

 幽霊汽車に乗っていた時は、固いソファに横になって眠っていたから、それに比べたらとても心地がいい。

 あたしはそのまますやすやと朝まで眠った。



 あたしはベッドから起き上がり、身体を伸ばした。

 時計を目にした途端、あたしは飛び起きた。ぼさぼさの髪を三つ編みにし、衣服を新しいものに取り換えると、部屋の外へ出てカギをかけた。それを一階にいる宿の人へ渡すと、マスクを装着し、一目散に仕事場へ走っていった。

 仕事場である料理屋へ向かうと、そこには不機嫌そうな顔をした店主がいた。

 あたしを見つけるなり、近づいてきた。

「仕事初日から遅刻なんて、困るよ」

「申し訳ございません!」

 あたしは彼に頭を下げ、謝罪の言葉を店長に告げた。

「まあ、ロンドンに来たばかりだから、許してあげる。さっさと制服に着替えて準備して」

「はい」

 店主に深いため息をつかれたものの、仕事はさせてくれるようだ。

 あたしは店主から与えられた制服に着替え、仕事を始める。

 開店時間までに店の掃除を行い、それが一段落ついたところで、店が開いた。

 時間になると、マスクを着けた客が次々と来店してくる。ぼーっと彼らの様子を眺めていると店主に小突かれた。あたしは、あの子の経験を頼りに、客を空いている席へ導き、注文を書き記してゆく。

 食事を摂りに来る客は多く、仕事はとても忙しかった。それでも、大きな失敗をすることなく、初日を終える。

 札を開店から閉店へ変えると、あたしはため息をついた。

 時計の短い針は四つしか動いていないのに、足は棒のように重いし、頭はくらくらしている。あたしは椅子に座り休憩を取った。

「初めてにしてはよく動けたね」

「どういたしまして……、だニャ」

「はい、今日の分だよ」

 店長から今日の給与を貰った。銀貨一枚と大きな銅貨五枚分である。

「明日は遅れてくるんじゃないよ」

「分かったニャ、お疲れ様ニャ」

 給与を受け取ったあたしは、宿へと帰る。

 宿に帰る道中、あたしは店長から貰ったお金をずっと持っていた。

「こんな疲れるのが“労働”なのかニャ?」

 あたしは宿へ帰りながらぼやいた。

「あんなに疲れるのに、対価がこれなのかニャ?」

 疲れるまで働いたとしても、一泊分の宿代にも満たない給料。

「あの店長“遅刻”とか“遅れないように”って言ってたニャ」

 明日も同じ仕事をしなければいけない。それも今日より早く起きて仕事場へ向かわないといけないと思うと、憂鬱な気持ちになる。

 人間として生きるのは猫だった時よりも大変なのだと、自分の第二の人生は苦労をするのだと思い知らされた一日だった。



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