婚約破棄を言い渡された悪役令嬢は酔った勢いで年下騎士と一夜を共した~うちの騎士はお酒に強いんだから!ヒロイン(妹)が私の騎士を誘惑してきます~
「マスター!もう一杯!」
「シェリー様、飲み過ぎです」
「いいの!はい、これはロイの分」
「……」
マスターにもう一杯と二本指を立て、ウィスキーをロックで注文する。
飲みかけのバーボンを私の護衛騎士であり、恋人であり、未来の夫となるロブロイ・グランドスラムことロイに手渡すと、彼は呆れたようにため息をついた。
「ひどぉい。なんで、溜息つくの?」
「シェリー様は、お酒に強くないのですから外での飲酒はお控え下さい」
「いいじゃん。二人しかいないんだしぃ」
「他の人に……貴方が乱れる姿を見せたくないんです」
「……っ」
そのロイの言葉に酔いが覚めそうになる。
席には座らず私の後ろで、ジッと見つめてくる彼のワインレッドの瞳には情欲の色が見えた。
普段は紳士的な振る舞いをしている彼だが、夜になると獣のように激しく求めてくるのだ。そのギャップが堪らない。私は思わずキュンとして胸を押さえた。
「なに?ロイはぁ、私のこと抱きたいの?」
「……出来ることなら、今すぐにでも」
「ずいぶん、欲深くになったんだね。えへへ、なんかうれしーかも」
頬杖を突きながら、ニヤリと笑うとロイは苦笑した。
そして、私が注文し半分まで飲んでいたスコッチを奪い取ると一気に中身を飲み干してしまう。間接キスだなんて考えていると、不意に体がふわりと浮いた。
ロイが私を抱き上げたのだ。
「マスター、お釣りはいいです」
と、ロイはカウンターの上に金貨2枚を置いて私を抱き上げたまま外へ出る。
外はすっかり日が沈み、空には満天の星が広がっていた。
「……寒い」
冷たい風が肌に触れて、身震いするとロイが私を抱きしめてくれる。
そのまま歩き出すものだから、私は慌てて彼の首に腕を巻き付けた。
数ヶ月前は、彼とこんな関係になるとは思わなかった。
私は、一年前にこの身体悪役令嬢シェリー・アクダクトに転生した言わば転生者。
そしてこの世界は生前プレイしてた大好きな乙女ゲームの世界だった。
しかし、大好きな攻略キャラである皇太子にヒロインを愛しているからとフラれ、その日ヤケ酒をし護衛騎士であるロイと一夜を共にしてしまった。
それから、公爵との家族仲を修復したり云々かんぬんと進んでいき、現在に至る。
初めは悪女でも身の振り方1つでどうにかなるだろうと思っていたが、実際そんな甘くはなかった。だが、そのおかげで真実の愛に気づき……一夜の過ちを乗り越えて、自分を愛してくれる人と結ばれたのだから結果オーライである。
「すぐに、温かくなりますからね」
「……え、えっと、それってぇ」
もじもじしながら上目遣いで見上げると、彼はフッと微笑んで口づけしてきた。触れるだけの優しいものだけど、それが心地よくてもっと欲しいと思ってしまう。
そろりと舌を差し込むと、優しく絡め取られる。
ここが、外であるということなどすっかり頭から抜けてしまっていた。
「ろ、ロイッ……!だめっ」
「シェリー様、我慢できません。そんな可愛い顔されたら……」
「うぅ……で、でもここ外。外は、そのちょっとまだ……えと、えっと……ハードル高いって言うか」
恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯くと、ロイはクツクツと喉の奥で笑って額にキスをした。
なんだか悔しくて、彼の頬を両手で挟み引き寄せると唇に触れるだけの軽いキスをする。
驚いたように目を見開く彼に、私はぷるぷる震える口で小さく呟く。
「家に、かえったら……すき、に、していいから」
「フッ……分かりました。それじゃあ、待てが出来たご褒美……ちゃんと下さいよ?」
と、ロイは再び私の額にキスをした。
私は一気に酔いが覚め恥ずかしさで一杯になった為、それを隠すようにロイの首にギュッとしがみつく。
すると彼は、嬉しそうに呟いた。
「さめないで……俺にずっと酔って」
***
ガンガンに頭が痛い。そして、腰も痛い。
「シェリー様、大丈夫ですか?」
「うぇ……二日酔い」
ロイは、心配してくれているがその顔はつやつやとしており満足といったような表情で私の肩を優しく抱いてくれた。
昨夜のことを思い出すだけで死ねる。
家に帰って早々寝室に連れ込まれて、散々啼かされて気絶するまで抱き潰されてしまったのだ。
まぁ、酔っていて私が煽ったせいもあるのだが……
「何よ……じっと見つめて」
「……可愛かったです」
「やめて!思い出させないで!それも昼間っから!」
私はとっさに耳を塞いだ。
ロイは平然といつもの無表情というか感情の読み取れないような顔で私を見ていた。……こういう時だけ、無駄にポーカーフェイスなのが腹立つ。
彼は年下なのに、何だか弄ばれているような気さえする。
「うぅん……今日は、用事があって街まで来てるの。だから、変なこと言わないで」
「その気にさせないでの間違いでは?」
「ああ、もうっ!だからそういうことよ。そういうこと外で言わないで!」
私は立ち止まってロイに釘を刺す。
最近彼は調子に乗っている。確かに表情には出ないが、その言動がそのいかがわしく、いやらしくなってきたというか……
と、そこまで考えてまた昨夜の事が頭の中をよぎり私はブンブンと首を横に振った。
(あー絶対昨日も余計なこと言った!らしくないこと言ってた!忘れたい、穴があったらはいりたい……!)
私は頭を掻きむしっていると、不意に手を掴まれる。
顔を上げると、ロイが私を見下ろしていた。
彼の瞳に吸い込まれるようにして見上げていると、ゆっくりと唇を重ねられる。ちゅっと音を立てて離れると、彼は子犬のような表情で私を見つめてきた。
「ろろろろ、ロイ!ここ、外っ!」
「……分かってます」
「分かってないでしょ」
「俺は、待ての出来る犬です」
「…………」
私は呆れてため息をつくと、彼はしゅんと悲しそうな表情をし俯いた。
(うわっ、可愛い……可愛いけど、この、こ……)
その行動も表情もわざとなのだろうと思ったが、年下に弱い、恋人に弱い私はついつい許してしまった。惚れた弱みというか、なんというか。
私がロイの頭を優しく撫でると、彼はスッと顔を上げた。
「分かったわ。今のは見逃してあげる。でも、家に帰るまでキスも手を繋ぐのもなし」
「……分かりました。俺はシェリー様の恋人でもあり、護衛でもあるので……分かっています」
と、ロイは頭を下げた。
従順なのか、はたまたそれを演じているだけなのか。
それを聞くつもりはなかったし、聞いたところでと思ったので私は彼に背を向けて歩き出す。
今ので頭から抜けそうになっていたが、今日は用事があって街までわざわざ足を運んだのだ。
私達は数分街を歩き、とある店の中に入った。カランコロンと店のベルが鳴り店主らしき人が出迎えてくれた。
「指輪を見に来たの。いくつか見せてくれるかしら?値段は気にしなくていいから」
「畏まりました。ではこちらに」
と、店主は私達を案内してくれた。
ロイは没落貴族の出身で、私は公爵家の養女。しかし、私はお父様に必死に頼み込んでロイとの婚約を……そして結婚を認めて貰った。
そして、ロイの家族にも顔を合わせにいった。あちらの家族は驚いていたが、公爵家の権力に目が眩んだのか、それとも純粋に息子の婚約を祝ったのかは定かではないが認めてくれ、後は結婚の日取りを決めるだけとなった。
その間に結婚指輪を見ておこうと思ったのだ。
店主は私達の前に様々な種類の指輪を並べ、宝石やらその価値やらを話し始めた。
私にはよく分からなかったが、ただ言えることはとても高いと言うこと。確かに値段は気にしないでくれと言ったが、私が公爵家の人間だからわざと高いものを持ってきたに違いない。と、私は店主の話を聞きながら思った。
「どう?ロイ。良さそうなものある?」
「……俺には、分かりません」
と、ロイは申し訳なさそうに言う。
私は苦笑いをして彼の頭をポンポンと軽く叩いた。
確かに彼は貴族出身だが、やはりこういうのには疎いようだった。私だって、彼と比べて少しぐらい分かる程度なので並べられた指輪を見て頭が痛くなってきた。
まあ、どれでも似合うだろうと。
そう考えていると、カランコロンと店のベルが店内に鳴り響いた。
「こ、皇太子殿下!」
そう、店主が声を上げ店の中の空気が一変した。
(皇太子殿下……って、まさか……)
私は、ばくんばくんと鳴る心臓を抑えながら店の出入り口を見る。
するとそこには、金髪に碧眼のこの帝国の皇太子ライラ・デニッシュメアリーが立っていた。そして、その後ろにはおどおどとライラ殿下の服を掴みながら店内を見渡す少女の姿が。
「シェリー・アクダクト?」
と、ライラ殿下は私に気づくとそれまでの楽しそうな表情とは一変し、眉間に皺を寄せ私を睨み付けてきた。
(私、何もしてないじゃない!?)
そう、内心突っ込みを入れつつ私は頭を下げる。
すると、後ろの少女が恐る恐ると私の前に出てきてぺこりと頭を下げた。
さらりとした桃色の髪に、真っ赤な瞳をした可愛らしい顔立ちをしている彼女は、このゲームのヒロイン、キール・スティンガー。
(でも、前と少し雰囲気が違うような……)
彼女とは何度か顔を合わせたことがあり、言葉も交したことがある。しかし、以前の彼女とは何処か雰囲気が違うような気がした。
そのおどおどとした守ってあげたくなるような小動物感ある少女ではなくて、もっと危険で男を惑わせるような雰囲気を纏っている。
「お久しぶりです。シェリー嬢」
そう、沈黙を破るように声をかけてきたのはヒロインのキールであった。
キールはライラ殿下の腕に捕まりながら再びぺこりと頭を下げる。しかし、私が挨拶を返そうとするとすぐさま彼の後ろに隠れてしまった。
「お前が睨むから、彼女が怖がってしまったじゃないか」
「……わ、私が!?いえ、私は何もしてませんけど……」
そう、私は彼女を睨んでなどいない。むしろ、彼女に値踏みされたような気がしたのだが……
そう言い返すとライラ殿下はふんっと鼻を鳴らして私の言葉を流してしまった。
それにしても、どうしてここに皇太子である彼がいるのだろうか。
「店主、この店で一番良い指輪を」
と、殿下は店主に指示をし、店主は私達の前に並べていた指輪をそそくさと持っていってしまった。
そのあまりの感じ悪さに、私はちょっと。と声を上げそうになったが、それをロイに制される。
「キール、好きなのを選ぶといい」
そう、殿下は嬉しそうな表情でキールに話しかける。
どうやら、彼らも結婚指輪を見に来たようだった。
今は彼に未練などないけど、それにしても元婚約者である私に対する扱いがあまりにも酷いのでは?と私は思わず彼らを睨み付けてしまう。すると、その瞬間キールと目が合い、彼女はニタリと笑った。
その笑顔に悪寒が走る。
「そうだ!私、シェリー嬢に会いたかったんですよ」
と、パッと顔を明るくし立ち上がったキールは私の方へと歩み寄ってきた。
嫌な予感がする……そう思い、私は立ち上がり後ずさるがすぐに壁際に追い詰められてしまい逃げ場を失ってしまう。
そんな私に追い打ちをかけるように、キールは私の顔のすぐ横に手をつき、まるでキスをするように耳元で囁いてきた。
「私って、世界一幸せなヒロイン」
「……ッ!?」
その言葉を聞いて、私は全てを察した。
彼女は、ヒロインなんかじゃない……私と同じ転生者。そして――――――
(前世で私を苦しめた、妹……ッ)
***
「お招きいただき、ありがとうございますぅ」
「……呼んでないわよ」
とある日の昼間、私は何故かキールと向かい合いお茶会をすることになった。
というのも、いきなりキールが押しかけてきてきたからである。彼女は私に呼ばれたと嘘をつき、泣きそうな顔で使用人達を困らしたらしい。その嘘泣きというか演技に呆れつつ、皇太子殿下の婚約者である彼女を追い返すのは……と言うことになり今に至る。
目の前には、質素なお菓子が並べられており、それを不満ありげな顔で見つめ紅茶を飲むキール。
「紅茶も美味しくないし、お菓子も貧乏くさいし……ねえ、ほんとにアンタ公爵家の令嬢なの?」
「……貴方がいきなり押しかけてきたからでしょ。すぐに準備出来ないわよ」
彼女は、不味いとわざと私に見せるように紅茶を地面に流しあの値踏みするような瞳を私に向けてきた。
(本当に性格悪い女ね……)
そう心の中で呟くと、私は彼女の視線を無視し自分のティーカップを手に取り口をつけた。
「それで、貴方はいつキールに転生したのよ。確か、この間までは……」
「そうね~お姉ちゃんが婚約破棄されちゃった日……かな?」
と、彼女は私の言葉を遮りそう言った。
その言葉に、私はピクリと反応してしまう。
私が婚約破棄された日に彼女はキールになったということなのか、と私は眉間に皺を寄せる。
キールの中身は前世の私の妹だ。だけど、私は彼女のことを妹だなんて思っていないし、両親が離婚した理由も彼女にあった。
というのも、母親が浮気しておりその浮気相手が金持ちだったからだ。それを妹は知り、離婚を言い出せずにいた母親を唆し離婚へと追い込んだ。
母親は父親と違い子供の面倒を彼よりかは見ていたが、愛していたのは妹の方だった。妹は私よりも可愛くて、頭も良くて、人気があって……人を手玉に取るのが上手い子だった。
そのことに母親は気づかず、妹が何かをやらかしても私のせいにしたり、彼女の授業参観だけいったりと私のことはほったらかしにした。離婚する際も連れて行って貰えなかったし、最後まで妹を選んだ。
妹はこれまで私のものを全て奪っていったのだ。
「お姉ちゃん、悪役令嬢って積んでんじゃん。アハハハッ!」
「……笑うためだけにここに来たの?」
私が冷たい声でそう言うと、キールは目を丸くした後ニヤリとした表情になる。
その笑みに嫌悪感を抱きながら、私は彼女を睨んだ。
すると、そんな私を見て彼女は突然笑い出す。何がおかしいのかと問う前に、彼女は口を開いた。
「私は皇太子殿下のお嫁さんだけどぉ、でもお姉ちゃんが格好いい騎士を連れてるのが気にくわないんだよね。だから、私に頂戴?」
「はあ!?」
いきなり何を言っているのだろうか。私は思わず声を上げてしまった。
しかし、キールはその大きな目を見開きじっと私を見つめてくる。その表情からは何も読み取れないが、どうやら本気のようだ。
(ううん、違う……この子は私の持っているものが欲しいだけ)
私は一旦冷静になり、彼女を見た。だが、彼女は何故か勝ち誇ったような表情を浮べ私を見つめていた。
「シェリー様」
「あ、ロイ……今大事な話をしてて……」
「ロイくーん、こっち来て」
と、突然現われたロイは私に一礼すると何故かキールの方へと歩いて行ってしまう。
私はそんな彼の行動が理解出来ず、呆然としていると彼はキールの前で立ち止まり私の方を振返る。しかし、彼はキールの隣に立っている。
「ロイ君みたいな格好いい人は、私の護衛にふさわしいの!ね、ロイ君も私の方がいいでしょ?」
「……」
ロイは何も答えずただ無表情でキールを見ていた。
しかし、その無言は肯定に思えて私の胸はギュッと締め付けられる。
(何で……何で、ロイ?)
私の頭はぐるぐると回り、吐き気さえこみ上げてきた。
そして、いてもたってもいられなくなり私は立ち上がりその場を後にする。ガタンと倒れた椅子を直す余裕もなく、私は一刻も早くここから抜け出したい思いで駆けだした。
***
それからもキールは頻繁に公爵家を訪れるようになった。
ロイもロイでキールがくるとすぐに、彼女の方へと寄っていき何やら楽しそうに話し始める。その様子を見て、私はいつものように自室に戻りベッドの上で膝を抱える。
キールが来ている間は使用人達はキールの相手をするので、私と関わることはほぼない。
だけど、その日だけは違った。
コンコンっとノック音が聞こえ、私は具合悪そうにわざと咳き込んで追い返そうとしたが部屋の扉がガチャリと開いた。
「シェリー、最近寝込んでいるようだが具合が悪いのか?」
「お、お父様!?」
部屋に入ってきたのは、まさかのお父様だったのだ。彼は、私を見るなりとても心配そうな表情で近くにあった椅子を持ってきてベッド付近に置いて座った。
お父様にまで迷惑をかけるわけにはいかないと、私は起き上がろうとするが彼に止められてしまう。
そして、お父様は私の額に手を当て熱を測る。その手はとても冷たくて気持ち良かったのを覚えてる。
「熱はないようだな。よかった」
「し、心配かけて申し訳ございません」
と、私が謝るとお父様は首を横に振った。
そして、思いがけない言葉を口にする。
「大方予想はついている。あの聖女だろう」
そう言って、お父様は窓の外で使用人やロイ達と楽しそうに話すキールを見て顔を歪めた。
私は、お父様が私の僅かな変化に気づいてくれたことに驚き、そして心の奥が温かくなりお父様を二度見した。
「え、ええ……まあ……」
「娘の婚約者に手を出すとはいい度胸だな。あの女……皇太子殿下の婚約者であっても、許されることではない」
お父様はそう言いながら、拳を握りしめる。
お父様のそんな真剣な表情を見たことが無かったため、私は一瞬からだがビクッと大きく揺れた。
私の為に怒ってくれているのかと。
そう思い、お父様を見ていると彼と目が合い、さっきとは打って変わってお父様は優しい笑みを私に向けた。
「何かあったら、すぐにいうんだぞ。お前は私の娘なんだから、遠慮せず、いつでも頼っていいからな」
「……は、はい。ありがとうございます」
お父様はそう言って、部屋を出ていこうとする。すると、何か思い出したかのように足を止めこちらを振返った。
「そういえば、あの聖女が世話になっているという教会……最近妙な噂を耳にするが……」
「妙な噂?」
お父様はコクリと頷き、私に話してくれた。それは、耳も疑うようなもので私は頭を抱えるのであった。
***
「アンタのせいで婚約破棄されたじゃない!どう責任取ってくれるのよ!」
「私のせいじゃないし、貴方が悪いんでしょ」
あれから数日が経ち、キールがまた公爵家に乗り込んできた。
しかし、今日はいつもとは違い顔を涙でべしょべしょに濡らし私の胸倉を掴み怒鳴ってきた。
彼女曰く、皇太子殿下に婚約破棄を言い渡された挙げ句国外追放まで言い渡されたらしいのだ。
といのも、彼女がお世話になっていた教会では民間人に免罪符を高値で売りつけ、儲けた金で奴隷の売買をしていたらしいのだ。それに、聖女であったキールも荷担しており彼女もそこで稼いだお金で私腹を肥やしていたのだとか。
それがどういった経緯か分からないが、殿下にバレ教会の人達事国外追放だと。奴隷の売買は重罪だからという理由もあり。
「ロイくん、ロイくんは私を見捨てないわよね。私と一緒に行ってくれるわよね」
と、キールはロイに抱きつきすがりつく。
そんなキールに対してロイは何も言わず、ただ無表情で立っていた。
その様子にキールは泣きじゃくりながら、私の方を睨み付けた。
(自業自得よ……散々人の幸せ奪ってきたんだから)
私は彼女の視線を無視しロイの方に近づき彼の腕を掴む。ロイは一瞬だけ私の行動に反応したが、またいつもの何を考えているか分からない顔でキールの方に視線を向けた。
「ロイくん、その女の何処がいいのよ!」
「俺には、シェリー様しかいませんし、俺はシェリー様の護衛騎士であり恋人です」
そうロイが言うとキールはふざけんじゃないわよ!と、再び怒り出した。そして、私の方へと歩み寄ってくる。
私は思わず身構えるが、私を守るようにロイが割って入った。
「何よ。私のこと抱かせてやったのに!」
「え……」
キールの言葉に私はロイを二度見した。
しかし、ロイはゴミでも見るかのような目でキールを見下ろすとはあ……と深いため息をつく。ロイに睨まれたことがショックだったのかキールはひっと短い悲鳴を上げて後ずさった。
というか、今の話は本当なのだろうか。と私はロイに疑惑の目を向ける。
「何を言ってるんですか、貴方は。俺は貴方を抱いてませんし、貴方が勝手に俺の服を脱がしたんじゃないですか。それで、朝になって俺が抱いただの酷くしただの……正直聖女がやることじゃないと思いましたね」
「……なッ!」
ロイの淡々とした口調にキールは言葉を詰まらせる。そして、みるみると顔を赤く染め上げ、ワナワナと震えだした。
キールは勢いよく立ち上がり、ロイに向かって指をさす。
その瞳からは涙が溢れていた。
「だッ……!だって、アンタは酒に酔ってたし、その勢いでホテルにもいったじゃない!アンタの記憶違いよ!アンタは私を抱いたのよ!罪悪感とかあるでしょうが!」
「……俺は酔ってないです。こう見えてもお酒にはめっぽう強いんで。それに、酔っていたのは貴方の方では?」
ロイは冷静にそう言い返す。するとキールはそんなはずはないと叫び、嘘だと言ってきたがロイはそれを一蹴した。
すると、キールはとうとう我慢の限界が来たようで、涙をボロボロ流しながら、ヒステリックを起こし始めた。
それはまるで、玩具を取られた子供のよう。私は見るに堪えなくなってお引き取り願おうと使用人達を呼び寄せた。
「嫌だ!嫌だ何で私が!私がこんな不幸な目に遭わなきゃ行けないのよ!私はヒロインよ!ヒロインは幸せになるべきなのよ!」
と、子供の頃からの口癖を自分はヒロインだと連呼し使用人達に連れて行かれる聖女キール。
私は、その様子を見てざまあみろと思った。
何でもかんでも上手くいくと思って、自分中心に回っていると思って……私の男を取ろうとした罰よ。
そう使用人達に連れて行かれるキールを見ていると、私の横を通りロイは彼女の方に向かっていく。使用人達に何か話し、ロイはキールに何かを呟いているようだった。
「ろ、ロイくん?」
「貴方が馬鹿で良かった。騙されてくれて、俺に勝手に酔ってくれたおかげで全て上手くいきました。これで、シェリー様はさらに俺に泥酔してくれる」
「ひっ……」
ロイが何かを言うと、キールの顔は一瞬にして青ざめ魂が抜けたかのようにまた使用人達に引きずられて見えなくなってしまった。
そうして、庭に残ったのは私とロイだけ。
「シェリー様」
「………」
「すみませんでした」
ロイは私の前に膝まずき頭を下げてきた。
私はそんなロイを見て何も言えずにいた。
ここ数週間、ロイは私ではなくキールの側にいた。キールのことが好きになったんじゃないかって錯覚さえした。だから、今も不安だし疑っている。
彼のこと、まだよく分からないから。
「ねえ、抱いてないんだよね」
「はい?」
「だから、キールのこと……抱いて、ないんだよねって、聞いてるの!」
私は、ロイに近づき彼の腕を掴みそう言った。ロイは少し驚いたような表情を見せたがすぐにいつもの無表情に戻る。
そして、彼ははい。と短く答えてくれた。
それを聞いて、私はほっとした。だが、彼が離れていた期間に感じた虚しさと不安がすぐに埋まるわけではない。
「どうして、キールと?」
「それは……貴方の敵を排除するためです」
「……敵?排除?それってどういう」
「はい。あの日、キール様と会った日……シェリー様はもの凄く怯えていましたので、彼女がシェリー様の悩みの種なのではないかと思い、探りを入れていたんです」
「探りって、は、ハニートラップ的な?」
「……そしたら、次から次へと彼女のよくない噂や教会とぐるで免罪符を売りつけ奴隷の売買を行っていると言うことを掴みました。それを殿下に報告したのは俺です」
と、私の言葉をさらっとスルーしながら、ロイはとんでもないことを言い出した。
え、つまりロイは……キールの悪事を暴くためにキールを利用したというわけなのか。
私はロイの言葉に唖然とする。
だが、さすがというしかなかった。いや、それを通り越して相変わらず怖い。
「俺は、シェリー様の役に立てましたか?」
「別に、頼んではない……けど」
「シェリー様だけを思っていた」
私は、ロイのワインレッドの瞳と目が合わせられず背けてしまう。
すると、彼は私の手を優しく包み込んできた。
その手はとても温かくて安心できた。
ロイの手が離れると、今度は腰を掴まれ引き寄せられる。
そのまま、ロイの胸の中にすっぽりと収まってしまった。久しぶりのこの感覚に、私は涙が溢れそうになった。
「寂しかったんですよね。すみませんでした」
「ろ、ロイ……は、いつも何も言ってくれないから……不安だった、寂しかった」
「……はい」
そう言うと、ロイは私をぎゅうっと強く抱きしめてくれた。
すると、ロイはそのまま私の顎に手をかけ上を向かせキスをしてきた。
それは、触れるだけの優しいものだったが、最近ご無沙汰だったこともあり脳が溶けるような感覚に陥る。
そして、私はロイの首に抱きつきもっととせがみだした。すると、ロイはもう一度唇を重ねてくれる。
それが嬉しくて、幸せで、このまま時が止まればいいのにとさえ思った。
そうして、ようやく離してくれたロイは満足そうに笑みを浮べた後一瞬顔を曇らせた。
「あの女と一緒いるだけで吐きけがしました。それと同時に、俺にはシェリー様しかいないのだと……改め思い、貴方に恋い焦がれ貴方に早く触れたいと思いました」
「ロイ……」
「俺には貴方しかいない。俺を酔わせることが出来るのはシェリー様だけだ」
ロイは私を真っ直ぐに見つめそう言ってくる。
ああ、なんて熱烈な愛の告白なんだろう。
こんなにも愛されてると思うと、心の底から幸せを感じる。
「私もよ、ロイ……貴方だけが私の媚薬、私を酔わせて離さない最高のカクテル」
「シェリー様」
私達はお互い見つめ合い、再び口づけを交わす。
甘い香りが鼻腔を刺激し頭がくらくらしてくる。
もう、何も考えられないくらい夢中になって私達は何度もキスを交わした。
「俺だけを見て、俺だけに酔って……貴方を手放す気はない一生ない。貴方は、俺だけのもの」
と、ロイが呟いたのを私は気づく余裕すらないぐらい彼に泥酔しているのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(略)泥酔悪役令嬢の第二弾でした!
もしよろしければ、ブックマークと☆5評価、感想……レビューなど貰えると励みになります。
他にも、連載作品、完結作品、短編小説もいくつか出しているので是非。
恒例のこそこそ話は今回ないですが、ロイ君は相変わらずの腹黒で策士でした。
さて、第3弾も書き進めております故……!(この間は書くか未定でしたが)やはり、ロイ君に私も酔わされてしまいこれは書かねば!という使命感にかられております。
なので、また出した際には是非!
それでは、次回作でお会いしましょう。