Ⅲ.Usual custom
ツェツィーリアは女性のメイド――エリスに手伝って貰って制服のドレスを合わせる。
黒に金の装飾の入ったケープコートに白のシャツ、紺のロングスカート。白のシャツの首元には緑の宝石のついたリボン――ラエティ魔道学院の一年生のカラーだ。それに黒のタイツにリボンのついたストラップシューズ。ローブの胸にはラエティ魔道学院の校章がつく予定だ。
「――どうかしら」
「よくお似合いでございます、お嬢様」
ツェツィーリアの長い金髪はエリスによってハーフアップにされ、蒼色の薔薇とリボンの髪飾りがつけられている。
金糸の艷やかなロングヘアに蒼の薔薇はとてもよく似合っていた。
「クロード?」
「はい、此処に」
ツェツィーリアの声と共に、クロードがツェツィーリアとエリスのいる部屋に現れる。
クロードもツェツィーリアのお付きとして入学するので、制服を拵えていたのだ。といってもクロードはお付きとしての入学であるため、ツェツィーリア程服装が変わる訳でもない。精々いつも着用している燕尾服の胸元にツェツィーリアと同じ緑の宝石のついた蝶ネクタイとラエティ魔道学院の校章を付けるくらいである。
ラエティ魔道学院は「基本的に」貴族のための学校なので、お付きのことも考えられているのだ。
「あまり変わらないわね」
「私はお付きとしての入学ですので。ツェツィーリアお嬢様、お似合いでございます」
「ふふ、ありがとう」
クロードの褒め言葉に、ツェツィーリアは嬉しそうに微笑んだ。
「――これで今日やることは終わりかしら」
「はい、入学は次の月ですし、魔術についてもお嬢様には問題ないと家庭教師の方から連絡が来ています」
「そう、ありがとう。――エリス、着替えるわ。クロード」
「えぇ、失礼致しました」
一礼したクロードがツェツィーリアとエリスのいる部屋から退出する。
ツェツィーリアが制服を脱ぐのを手伝いながら、エリスはツェツィーリアに話しかけた。
「……僭越ながらお嬢様、学長さまから王太子様が入学するとお聞きしたのですが」
「らしいわね。エリス、貴方何か知ってるの?」
「あまり詳しくは知らないのですが。公爵様がツェツィーリアお嬢様の婚約者に王太子様を押していると」
「……初耳ね。さっきも言ったけど、わたくしはまだ一回も王太子様にはお会いしてないのよ?」
ツェツィーリアは顔を顰める。
制服を脱ぎ髪飾りを外して、制服を着る前に着用していた黒のドレスをエリスに手伝ってもらいながら再度着ながら呟いた。
「――確かにわたくしの家、ラスティレピド公爵家は王家に一番近い家で、お父様がわたくしを王太子様の婚約者に押すのは分からないことでもないけれど。王太子様、愛している方とかいないのかしら」
「優秀な方というお話は聞きますが、女性関連の噂についてはあまり聞きませんね。王族にしては珍しい方かと」
ラスティレピド公爵――ツェツィーリアの人間界の父親の言うことがわからない訳ではないのだ。ラスヴェート王国の貴族の女性の仕事は結婚して跡継ぎをもうけること、同じ貴族女性達と繋がりを作ることで、それはツェツィーリアとクロードが人間界に来てラスティレピド公爵家を選び、家庭教師をつけられて学んだ、人間界の慣習であった。
魔界にも人間界と同じく貴族制度はあるが、悪魔には人間と違って寿命が存在しない。他の悪魔との繋がりも、それほど重視されない。何故なら悪魔に寿命はないので、どうせ繋がりができるからである。跡継ぎも、寿命がないためにやっぱり重視されない。短命な人間だからこその決まりであろう。
別にツェツィーリアやクロードにとって数十年なんてほんのひとときにしか過ぎないので、王太子と結婚することになっても別にそれほど大したことでもないのだが。
(……お父様に怒られてしまうわね。それに、どれほど偽装したとしても、わたくしは悪魔。ルシファーの娘。人間と子をなすことは難しいわ。――子供が作れない以上、わたくしは王太子と結婚しても、先がない)
それに加えて、ツェツィーリアは極度の飽き性である。人間界には興味があるし、人間は嫌いではないが、途中で今の生活に飽きないとも限らない。今の状態なら比較的簡単に「歴史」の書き換えを直すことができるが、王太子と結婚することになるとそうもいかなくなるだろう。王という立場の存在は決して小さくはない。どのような王だろうが、歴史には残る。王太子と結婚するということは、ゆくゆくは王妃になるということだ。そうなると、非常に面倒なことになる。
大きな「歴史」の流れを変えるのは、ツェツィーリアであっても難しいことなのだ。
(……ラスティレピド公爵家を選んだのは失敗だったかしら。でもこの王国、まともな貴族が少ないのよね。仮に人間と結婚するにしても、見た目のひどい人間は嫌だし。……王太子に愛人がいると楽なのだけど)
ツェツィーリアはエリスにわからないように、溜息をついた。