Ⅱ.Academy
R-15。
――人間界の朝は早い。
「……ツェツィーリアお嬢様、お目覚めの時間です」
「……うぅ、朝日が眩しいわ……」
ラスティレピド公爵家の一室で、長い金髪を豪奢な寝台に散らせた、人間とは思えないほどの美貌を持った少女が目をこすりながら起き上がる。
彼女のそばに立つのは黒髪に緋色の瞳の顔立ちの整った、燕尾服をまとった青年だ。
「……あぁなぜ人間はこんなにも早く起きるのかしら。魔界が懐かしいわ……」
「では魔界に帰られますか」
「早すぎるわよ、まだ三年もたってないのに。……起きなければ。今日は次の月からの魔道学院についての話があるのよね」
「ええ。制服の合わせと学院の説明があります。ラエティ魔道学院は全寮制ですが、お嬢様は公爵家なので、此方のご両親が拒否したために此処から通う手筈になっております」
「お父様に負けず劣らずの子煩悩さよね。便利だからいいけれど」
――ツェツィーリア・アタナシア・ルシフェル、改めツェツィーリア・アタナシア・ラスティレピドとそのお付き、執事のクロード・エレロ・アガリアレプト改めクロード・ミナス。それが二人の新しい名前であった。
人間界に飛び、金髪で位の高く、子供が誰一人いない貴族家を魔法で見つけ、ツェツィーリア固有の力で世界の記憶ごと全てを書き換える。
そうして三年。元々魔界のお姫様であったツェツィーリアとお付きであったクロードにはマナー教育は問題なく、魔術も魔法を適当に偽装することで解決し、天使に対しては対神聖属性の結界をこっそりラスティレピド公爵家のある王都に張り巡らし、感知結界ですぐさまわかるようにと対策した。
二人が人間界に飛んでその先が、そこまで神や天使を祀っていない王国――ラスヴェート王国であったのは運が良かっただろう。割とゆるゆるだ。
「ラエティ魔道学院ね。わたくしは全寮制に興味があったのだけど。ほら魔界にも学校はあるけどわたくしは行かなかったし」
「ルシファー様が断ったのでしたか。……学校ですか。それほど夢を持つ場所でもない気がしますが」
ツェツィーリアが寝台から降りようとすると、クロードが彼女を抱き寄せる。
そのまま彼女の唇を奪い、舌をツェツィーリアのものとつなげた。ツェツィーリアは抵抗することなく、クロードのなすがままだ。
「……っ、朝から激しいわ」
「悪魔にそんなもの、関係ないでしょう?」
「――それもそうね」
二人の舌が銀の糸で繋がり、切れてからクロードのエスコートでツェツィーリアは寝台からゆっくりと降りる。ツェツィーリアがクロードの行為に疑問に思うことはない。
悪魔にとって欲望は親友であり、色欲は友であるので。悪魔にとっては「よくあること」である。
「――それでは朝食の準備をしてきますので。お嬢様は着替えてからいらっしゃいませ」
そう言ってクロードはツェツィーリアに一礼して、彼女の部屋を出ていった。
代わりに入ってきたのは公爵家のお付きのメイドだ。人間の癖に、ツェツィーリアの美貌を見ても表情を変えない、珍しい人間である。
ツェツィーリアはメイドに微笑みかけ、今日のドレスを選ぶためにクローゼットまで歩いていった。
■
「――ラスヴェート王国では、10歳からの貴族の嫡子は国の魔道学院に入るという決まりがあります。五年で一旦卒業、その上の大学に入るかはその家の様子、お子様の学力、才能によって決まります」
「上があるのね」
「はい。魔道学院大学にまで行った生徒様は大抵国の研究所に勤めることが多いですね。ご存知の通り、ラスヴェート王国では魔道の探求が王家を主体となって行われている程、魔術の研究が盛んです。そのため、国の研究所に勤めて魔道の研究に勤しむことをよしとされているのです」
ドレスに着替え、朝食を食べたツェツィーリアは、屋敷の応接間でラエティ魔道学院から来た学長から直接話を伺っていた。ラスティレピド公爵家は王家の次に大きな貴族家である。そのため、わざわざ直接学長がラスティレピド公爵家まで来てツェツィーリアに学院の説明をしているのであった。破格の対応である。
位の低い貴族家ではこうもいかないだろう。
「お嬢様は、光の魔術と闇の魔術をお使いになられるということですが」
「メインで使うのはその二種ね。他の属性も使えないわけではないわ」
――ツェツィーリアはルシファーの一人娘であり、魔界のお姫様である。ルシファーは元は熾天使で、堕天して魔界に堕ちたため、他の悪魔と違って光の力――神聖属性を扱う事ができる。その娘であるツェツィーリアも、当然光の力を闇の力と一緒に扱うことができた。
……因みに、人間界では光属性も闇属性も非常に珍しい属性である。ついでに、複数属性が扱えることも珍しいことである。貴族なら2属性や3属性は珍しくないのだが、大抵不得手な属性はあるものである。
ツェツィーリアもクロードも本来は悪魔であり、悪魔にとって魔法は息をすることと同じくらい簡単なものなので、特に可笑しいとは思わなかったのだが、人間にとっては別だ。
学長と名乗った人間の老人が顔を引きつらせたことには気づかなかった。
「……そうですか。なるほど。……いえ、失礼しました。入寮はしないということでよろしかったですかな」
「ええ。わたくしは興味があるのだけど、お父様とお母様に止められてしまったので」
そうツェツィーリアは微笑む。老人の顔が赤くなったのは見過ごさなかった。
「どうされましたか?」
「い、いえ。なんでもありませんぞ。……制服の方はご自宅で整えられるということですので、これで終わりですな。……あぁそうそう、お嬢様と同い年で、ラスヴェート王国の王太子様がご入学なさいます」
「アレス・ヴェガ・ラスヴェート様ですね。わたくしはまだ会ったことがないので、あまり知らないのだけど」
「そうでしたか。……それでは。儂はお父上とのお話があるので、ここで失礼させていただきます。お嬢様の未来に幸あらんことを」
学長が頭を下げて退出するのに合わせて、ツェツィーリアも礼をする。
「……ラエティ魔道学院に王太子、ね。面白そうじゃない。いい暇潰しになりそうだわ」
応接間の椅子に座ったまま、ツェツィーリアは口元を歪めた。