9.顔的評価
その日の空は雲が広く厚く掛かっていた。
「なんだか憂鬱ね」
雨はあまり好きでは無いのよと彼女は小さく呟くと、立ち上がり廊下へと出る。
「パック! 降る前に出掛けるわよ!」
声を張り上げて呼んでみたが返事はなく、そうだ今日はパックはお休みだと言っていたことを思い出すと彼女の頬は子供のように膨れ、通りかかった執事に声を掛けた。
*****
「やっぱり気分転換には買い物ね。雨が降るかもだなんて鬱々としてるより、降られた方が諦めもつくってもんだわ」
警備もつけるようにと常々両親に言われていたが、彼女は大丈夫だと一人馬車に乗り込み町へとくりだしていた。
「……とても気楽だわ」
国では王子妃になるのだと、それこそ日常的に今まで一人で出掛けることなど殆どなかったし、何よりあまりまだ顔の知られていない隣国では、町人のふりをしていれば取り繕うこともしないでいいと、自然と彼女の頬は緩んでゆく。そんな温和な様子が伝わるのか、次々と屋台から声が掛かる。
「可愛いお嬢さん、フルーツはいかがだい?」
「今買ったら重いもの。また後で見にくるわ」
「アクセサリーはいかがかな?」
「あら可愛いわね。一つ頂こうかしら」
「こっちで飲み物はどうだい?」
「今は結構よ。またね」
「お嬢さん、お供はいかがかな?」
「それは間に合って……」
機嫌の良かった彼女の顔はその最後に声を掛けてきた者を見た途端にジトっと呆れたような瞳へとかわってゆく。
「ストーカーはやめていただけない?」
それだけ言って引き離そうとしてるのか早歩きになるが、その茶色の髪の彼は、庶民と同じような服を着て楽しげにその後を追う。
「心外だなぁ。たまたまだよ」
「どうだか」
「この前の話は考えくれた?」
「完全にお断りです」
「可能性はどのくらいかな?」
「完全にお断りの意味わかります?」
「ゼロでは無いってことかな」
「ゼロって意味です!!」
「0.1はあるでしょ?」
「今は結婚なんて考えられないって……!!」
そう言いながら街の端まで着いた時、彼女は止まり、「どうしたんだい?」と声を掛けてきた美丈夫の口を塞ぐと、慌てたように建物の影に隠れた。
「なるほど、君の……」
「シッ」
二人の視線の先には……見慣れた小さな少年。
こちらから見られているとも気付いていない、その少年パックはなにやら両手に荷物を持ってその呼び鈴を鳴らせば、その建物から出て来た女性に中へと招き入れられた。
「……やるねぇ」
口笛でも吹きそうな彼の呟きと対象的に、ソフィアは不満げに眉を寄せる。
「可愛い顔が台無しだよ」
「お構いなく」
ソフィアは建物に背を向けると、町へと戻ってゆくのを、またその美丈夫は後ろからついていく。
「ついてこないで」
「それなら結婚しようよ」
「名前も名乗らない人に言わないわ」
「ドライフルだよ」
「その家名すらも偽物」
「おやおや」
バレてしまっていたかと肩をすくめる男にソフィアは睨むように視線を向ける。
「傷心な女を更に傷つけて楽しいかしら」
「傷ついているなら少しでも癒したいだけさ。誰よりも素敵なレディをね」
微笑む顔は優しげで何よりその造形美は美しいと、通りすがりの女性でさえ目を止めてしまう。
「ハンッ」
しかしソフィアはあからさまな呆れ顔で鼻で笑うと、また背を向けて歩き出した。
「おかしいなぁ。人気あるけどねぇ、この顔」
「顔のいい人間は信用しないと決めてますの」
「ソフィアだって顔がいいじゃないか」
その言葉にソフィアは一瞬足を止めると、微笑んで「大きなお世話ですわ」と告げると、そこはいつの間にか彼女の乗って来た馬車の前。
「こちらの事はご存知なのでしょう? 顔だけで攻められる程安くはないレディよ」
そうして乗り込み、走り去る馬車を追う事なく手を振る彼にソフィアは視線を送りながら、
「顔が良いからってたけじゃ信用されないもの。だから……私も、もうしてあげない」
そう呟いたソフィアの言葉は、一人きりの馬車の中では誰にも届いていなかった。




