6.美形見参
パックを連れて……あれから3日。
またも昼間は延々と馬車に揺られ、宿に泊り、また馬車を繰り返し、やっと着いたのは大きな屋敷の前。
「うん。悪く無いね」
「そうね。前の屋敷よりも少し大きいんじゃないかしら」
門が開いて馬車を降りると、両親も初めて見るらしく二人が外観を物色していれば、綺麗なお辞儀で私が生まれる前から我が家に勤めている執事長がやってくる。
「旦那様皆様、お待ちしておりました。中の方はご要望通り整っております。是非足をお運び入れください」
「それは楽しみだ。金に糸目はつけたのかい?」
「勿論つけて、その上で整えております」
「流石だねぇ〜」
大金持ちとは思えないやり取りだが、生粋の商人の家系の血筋であり、執事もそれに倣ってきたのだからまさに流石な対応だと言えるとソフィアも頷く。
「では、新たな我が家も確認出来たところだし、わたくしこの辺りを見て回りますわ。このあたりは以前も来たこともあるし治安も大丈夫でしょう?」
「まぁそうねぇ、とはいえウチの護衛でも一人連れて行きなさいな」
ソフィアの母はそう言いながら共に来た護衛に合図をすれば、その茶髪のガタイのいい男は頷いて準備をはじめる。
「それにしてもソフィア、そんなに急いでどこへ行くのかしら?」
「決まってるでしょう?パックに女物の服を買いに行くのよ」
「!!!」
その言葉に違う馬車から降りて近付いてきていたパック一瞬目を見開くが、苦笑いのような笑みで「御希望通りに」と歩み寄るのをソフィアはチラリと視線を向けてから「いってきますわ」と屋敷に背を向けて、また馬車へとパックと共に乗り込んでいった。
*****
「ごめんなさい〜! もっ、もう持てません〜っ」
「ですって。フラン、これ一度馬車に乗せてきて」
「しかしお嬢様のそばを離れるわけには……」
嘆くのは女装姿のパック。しかしその嘆く言葉に呆れたようにソフィアが言えば、フランと呼ばれた茶髪の護衛は困ったように返すのを「やぁよ。いますぐ置いてきて」とソフィアが言えば、護衛はまるで仕方ないなとばかりに笑う。
そして「かしこまりました」そう言葉通りに畏まって告げると、パックの両手に積まれた荷物とソフィアが持っていた小さな紙袋まで軽々と受け取って、「絶対にこの店に居てくださいね」と、まるで子供を嗜めるように一言告げてソフィアの頭をポンと軽く撫でると、その荷物を持って外へと出ていった。
「……なんだか親しいですね」
「まったく、兄と剣術や勉学と何かと一緒に育ってきた人だから……、まぁ少しの無礼は多めに見るわ」
「ソフィアさんにとってはもう一人の兄ですか?」
「あんたの無礼を許すとは言ってないわよ?」
「いででででで」
主人に質問攻めとはいい度胸だと、ソフィアがパックの頬を引っ張れば、もう既に女物の服に着替えさせられているパックは涙目だがなんだか嬉しそうに笑って謝る。
「弱い者いじめはよくないよお嬢様」
いつの間にか背後に人が居たのだと振り向けば、そこにはソフィアから頭ひとつ分以上は背の高い、その顔は鼻筋の通り金に近い茶色の髪。なによりも目を引くのは紅色の瞳をした美丈夫が立っていた。
「弱い者じゃないわ。躾よ」
一瞬その美しさに目を奪われそうになったソフィアだが、どこぞの顔だけ王子の件で懲りたはずだと自分を鼓舞して表情はいたって高圧的に返事をすれば、彼は少し驚いたようにみえた。
「何かしら」
「先程のその子とのやりとりの表情とはかなり違うなと思ってね」
「なんのことかしら?」
ソフィアはよくわからないとばかりに視線を返せば、その美丈夫はじっとソフィアの顔を見る。
「どこの誰かは知りませんがレディに対して失礼でしてよ」
睨むように告げたにも関わらず、その美丈夫は怯むどころか少し膝を掲げてソフィアの顔に近付いてくる。
「面白いね」
「や、やめてください!!」
そう言ったのはソフィアではなく、パック。
二人の間へと入り込むと、ソフィアよりも低い身長でも両手を広げてできる限り怖い顔を意識してるのか必死でその美丈夫を睨めば、睨まれた美丈夫は降参だとでも言うように両手をあげて一歩下がった。
「拾ったばかりでもいい躾が出来ているみたいだね」
「大きなお世話よ」
「しかしそろそろ本物の護衛君が返ってくるだろうし、また会おうね。ソフィアちゃん」
「何故名前を?」
「その子が呼んでたじゃないか」
先程のパックとの会話を聞かれていたのだと眉を顰めれば、美丈夫はニコリと笑って手を振って扉に手を掛け、
「またね」
最後にそう言って出ていった。
ソフィアが眉を顰めて入れば、入れ違いくらいのタイミングでフランが入ってくると、何かあったかと聞いたが、ソフィアは一度息を吐くと、「興がそげたから帰るわ」と、馬車へと向かった。




