2.労働義務
あれから翌々日のお昼過ぎ。
ソフィア達は長々乗っていた馬車から降りて第一の目的地、隣国オービス国の端の町、コイーラに着いた。
「なんって良いお天気なの!! 逃走日和ね!! あ〜腰が痛いっ」
「ソフィア、大声で本当の事を言うんじゃないよ。いやぁ! でも本当に良い逃走日和だな!」
赤髪の父娘2人は伸びをしてから顔を合わせて「ねー」とソフィアと父と言い合えば、馬車の中きら陽の下へと空色の髪と瞳をした母と兄が呆れた様に出て「本当息ピッタリね」と笑っている。
「それにしてもソフィア、早々に買い物に出るのはおやめなさい。ほら握りしめた財布はお母様に渡してちょうだい。ここで荷物増やしたらまた馬車が増えるわよ」
夜逃げの割に馬車をぞろぞろと5台も引き連れたソフィア達は否が応でも目立っていた。
「でも買い物は一期一会ですよお母様」
「出会いは一期一会じゃ無かったのにねぇ〜」
そんなメガトンパンチを食らって、膝をつきそうになるのを父が支えて、なんとかソフィアは堪えた。
「く……っ!! 男はしょうもなくとも、買い物は逃しませんわ!! せめて10万ゴールドまではお許しください!」
「まぁ……その程度なら小物と食べ歩きで済むかしら? 大物買うのはやめなさいよ」
ソフィアが拳を握って熱く思いを母へとぶつければ、既に財布は取られ中からお金も抜き取られ、ポイと返された中身はピッタリ10万ゴールド。小さなポケットの隠した1万ゴールドも抜かれていて、ソフィアは「目敏いッ」と呟くが、母は楽しそうに笑うだけだった。
「仕方ない……。わかりましたわ。馬車を増やすような買い物は致しません!! いってきますわ」
ソフィアは財布を握りしめて先程馬車で遠目に見えた町の一番の大通りを目指す。これでも方向感覚には自信がある。むしろ自信しかない!! そう胸を張れば、
「お兄様がついて行こうか?」
「大丈夫ですわ」
元気に歩み出した娘に、両親は「まぁ治安のいい町だと言うし、あの子なら大丈夫だろう」とたいして気にもせず、家族3人宿屋に先に入って行った。
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「賑やかな町ねぇ〜」
ソフィアの呟きなど誰も気にせず、周りからはいらっしゃいいらっしゃいと至る所から声が響く。
住んでいた王都とは違う、活気ある町並みにソフィアは心も弾ませ歩いていく。
ソフィアは先月17になったばかりにも関わらず、胸は幼き頃から大きくなれと念を込め、腰も毎晩ストレッチとセルフマッサージで余計な肉を付けず、日課の散歩により、お尻はツンと上を向くナイスバディ。
そして髪は腰まであるウェーブの掛かった美しい燃えるような赤い色をし、瞳も父に似た琥珀色をしたアーモンド形のクッキリとした瞳。
馬車だった為にドレスでは無く、町娘の様な格好をしているが、可愛らしくも美しいその姿は道行く人の目を引いている。
本人も自覚はあるらしく、通りすがりの洋服屋のガラスに自分の姿が映るとニコリと笑って「こんな良い女を捨てる馬鹿なんてこっちから願い下げよ」と毒付いた。
「あ、ごめんなさいお姉ちゃん!」
そんな時に子供がソフィアにぶつかると彼女は微笑み、それを見て安心して立ち去ろうとするその子の首根っこを掴み上げる。
「労働無き賃金は発生しないわよ」
そのボロを着た見すぼらしい、まだ10歳程度の少年の手には隠すようにキッカリ10万ゴールドが入ったソフィアの財布が握られていて、彼女を見上げる子供の顔からは血の気が引いている。
「ご、ごめんなさ……」
「あなた名前は?」
「………」
カタカタと震えるその顔に、顔を寄せ「あ・な・た・名・前・は?」と聞けば怯えながら小さな声で「パック…」と答える。
「パックね。私この辺り詳しくないのよ。どこかお安めの服屋とか無いかしら?」
「え?」っと、目を丸くする少年に「私ね、同じ事2回言うの好きじゃないの」そう冷たい目を向ければ、慌てたように「あっちです!」そう指差す。
「ならば案内なさい。嘘ついたら……ねぇ?」
笑顔なのにドスの効いたその声にパックはコクコクと頷くと、まるで油の足りないカラクリのようにソフィアの前を歩いていった。




