5:ガーネット
探索系のゲームでは、引き出しを開けるなら下からいくとスムーズに行える、みたいなものがあったなと思いながら、一番上から開けてみる。
黒基調で、コンパクトなアクセサリーボックスが収納されているようだ。ふたのガラス越しに、腕時計やシルバーのリングが確認できる。……このシルバーリングは、俺が空楽の誕生日プレゼントとしてあげたものだ。
彼自身はそれほどアクセサリーを身に着けるタイプではなかったが、俺は両耳ともピアス穴を開けているのもあって、放課後や休日に空楽とどこかへ遊びに行ったとき、店頭に並ぶアクセサリーを見て回るのに付き合ってもらうことがしばしばあった。
このデザインいいな、なんて彼が言うたびに、揶揄を交えつつ「空楽もピアス開けたら?」なんて言ってみるのだが、痛いのはイヤだと断られてしまっていた。貫通タイプではないものもあるし、気に入ったデザインがあるなら試しにそちらを購入するのもありだ、と言っても、踏ん切りがつかないのか反応はいまいちだった。
ある日、帰り際に寄ったカフェで詳しく話を聞いてみたところ、興味自体はあっても自分が身に着けるのはまだ早いんじゃないか、と思っていると説明してくれた。早い遅いもないだろうし、そんなこと気にしなくていいのに……と少し笑みをこぼしながら伝えても変わらず。
それなら割り切って観賞用として買えばいいのでは、と言ってみても、身に着けるためのものを使わないのはもったいない、ということらしい。
じゃあ手始めとしてリングはどうかと聞いてみれば、少々悩みつつもこちらなら抵抗はあまりないようで、結果的に彼の誕生日プレゼントとして俺が購入して渡すことになった。
このシルバーリングには、たしかに思い出がつまっている。けれどもやっぱり、空楽に持ち続けていてほしいから、形見として俺が持ち帰るわけにはいかない。
おばさんの言動を見る限りでも、空楽の遺品をすべて処分するようには思えなかったし……。俺が残していっても、問題ないはずだ。
引き出しを閉めようとしたところで、アクセサリーボックスに隠れていた引き出しの奥に、何かがあることに気が付く。気になって手を伸ばしてみると、少しだけ経年劣化を感じさせながらも、それは明らかにプレゼントを意識した包装だった。
まさか、と思いながら緊張でわずかに震える手で包装を解いていくと、一対のピアスが顔を見せる。
「――……、これ――」
赤い石と、小さなヒイラギの葉をイメージした装飾があしらわれたピアス。俺の名字である「柊」を意識したであろうこれは、きっと――俺への誕生日プレゼントとして準備されていたものだ……。俺は四月生まれだから、祝われることが少ないって話したこともあったっけ……。
覚えていてくれたんだ。――でも、それがこのままになっているということは、俺が誕生日を迎える前に、空楽は――……。
光の届かない、暗く深い深海に身体が沈んでいくかのように、意識が外界を遮断して内側へ向かう。
空楽とは去年――高校一年生のときに、同じクラスだったのがきっかけで仲良くなった。そして、空楽の誕生日は二月……つまり例の事故は、二月から四月の間に起こっていたらしい。始業式のときに、二年生ではクラスが分かれてしまって残念だったな、というようなことを話した記憶もあるけれど……、それが現実だったのか、あるいは空楽の死を受け入れ切れていなかった俺自身が見せた夢だったのか、今となっては判別がつかない。
半ば無意識の状態で、ピアスを手に取って己の耳へ通した。……俺が形見として持ち帰るなら、これしかない。
部屋を出て一階に降り、リビングへ向かう。気配や足音で感じ取ったのか、羽海ちゃんが駆け寄ってきた。
「おにいちゃん、それどうしたの? すてき!」
身に着けたピアスにいち早く気が付いた彼女が、そう声をかけてくる。本来ならおばさんに持ち帰りの許可をもらってから使用するべきだったのに、勢いのまま無断でもらってしまった罪悪感やら気恥ずかしさやらで、少しの間だけ返事に窮する。
「これは空楽――君のお兄ちゃんが、俺のために準備していてくれたものだよ。……あの、おばさん……すみません、ちゃんと確認もせずにつけちゃって」
羽海ちゃんに答えてから、おばさんに向き直って謝罪した。
「いいのよ。それより、鈴真くんが空楽の誕生日プレゼントにあげたっていう……あのアクセサリーは?」
俺が手ぶらで、指にもはめていないことを目視で確認しながら伺ってくるおばさんに、「空楽に持っていて欲しい」というようなことを伝えてみたけれど、ピアスと一緒に持ち帰ってほしいと頼まれてしまった。
それなら、一時的に預かるという認識で所持していよう。異世界にいる空楽と再び出会えたときに手渡せばいい。もちろんこのことは誰にも言えないから、内心で思うだけに留めるけれど。
その後は羽海ちゃんの遊びに付き合いながら会話も交えつつ、おばさんが夕食の支度を始めたころに退散した。よければ夕飯も一緒に、と誘われはしたものの、空楽がいないのにごちそうになるのもいたたまれないので、断ってしまった。
空楽を救う方法に関しては収穫がないどころか、振り出しに戻ってしまっている。とはいえ、久々に充実したといえる時間を過ごせたことは、素直に嬉しかった。
帰宅してから今日のことを母さんに報告すると、同じように嬉しそうな笑顔を見せてくれる。少々照れくささを感じながら、耳元を彩る装飾の感覚を手で確かめた。
自室に戻ってから、いつ空楽と会えてもいいようにリングはチェーンを通して首から下げておく。……とはいえ、仮に異世界から空楽を救えたとしても……、そのあとどうなっているかが分からない。再会できる保障なんて本当はなくて、ただ俺が会いたいと思っているだけだ。