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4:白紙

 大丈夫――空楽は生きている。この世界で空楽は死んでいるのだと、写真越しの彼に現実を突きつけられているような気がするけれど、それは俺の思い違いだ。

「大丈夫、大丈夫……大丈夫なんだ……」

 自分に言い聞かせるように、ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、上着のポケットに入れているスマホを握り締める。

 ……どれほどそうしていただろうか。いつの間にか震えは止まり、呼吸も落ち着いていた。一度深呼吸してから、置いてあった線香に火をつけて手を合わせる。

 絶対に俺が助けてみせる、という強い意志を込めて……。

「……大丈夫」

 立ち上がり、ふすまを開けて部屋を出る。リビングのほうへ目を向けると、テレビに映る子供向けのアニメに夢中な羽海(うみ)ちゃんが視界に入った。こちらにはまだ気づいていないようだ。

「鈴真くん」

 静かに近寄ってきたおばさんが、羽海ちゃんにバレないようにするためなのか、こそこそと俺に話しかけてきた。

「遺品整理はほとんどしていないの。形見分けは、親友の鈴真くんを優先したくて……。空楽には幼馴染もいなかったしね」

「……、そうだったんですか……」

 悪いことをしてしまった。きっと俺が来るのを待っていてくれたんだろう。もしかしたら親同士で連絡し合っていたかもしれないけれど……、俺には一切話がきていないから、憶測でしかない。

「でもそう理由付けしているだけで、おばさん自身も空楽の部屋に入るのがちょっと怖かっただけなのかもしれないわね」

「……いえ、その……」

 苦笑しながら詳しく話すおばさんに「心中お察しします」なんて言ってもいいものか迷ってしまい、尻すぼみで声は消えていった。

 羽海に見つかるとついて行っちゃうから今のうちに、とおばさんに見送られ、物音を立てぬよう気を付けながら、二階にある空楽の部屋へ向かう。

 先ほど「遺品整理はほとんどしていない」と言っていた通り、空楽の部屋は生前から大して変わっていないように思えた。空気はそれほどこもっていなかったが、閉められたままのカーテンをなんとなく開けて、窓も開ける。

 冷たく新鮮な空気を迎え入れたあと、室内を改めて見まわした。

 スマホは見当たらないが、ベッドのそばにあるローテーブルの上に、ノートパソコンが置きっぱなしになっている。ほこりは被っていない――と思ったけれど、近づいて見てみれば薄っすらと確認できた。空気のこもり具合といい、そう頻繁に出入りはされていないものの、最低限の維持作業は行われているらしい。

 パソコンの前に座り、手で軽くほこりを払ってから開く。……当たり前だが、電源は落ちていた。探し出すのに少しだけかかった電源ボタンを押して、無事起動したのを確認する――が、ほっと一安心するのもつかの間、ユーザーのログイン画面が表示された。

「あー……」

 ……そうだった。パソコンやスマホは、自分で使う分にはパスワード等の入力が生活の一部になっているから気にも留めていなかったけれど、セキュリティとして確かに存在する機能だった。

 俺自身がパスワード等を入力する行為はなるべく避けたいと思っていたのに、これではやらざるを得ない。

「パスワード……」

 空楽が使いそうなパスワードってなんだ……? ベタに誕生日とか……本人の名前でも入れてみようか。いや、一捻り必要な可能性もある……。

 どこかに付箋でも貼ってないかと見まわしてみたものの、さすがに発見できなかった。

「…………マジか」

 うんうん唸りながら考えて入力してみた結果、なんと一発でクリアしてしまった。……簡単すぎないか? と、空楽がちょっと心配になってしまったけれど、今となっては助かる設定だ。

 表示されたデスクトップ画面は整頓されており、タスクバーも含めて最低限のものしかなかったのも、目当てのものが探しやすく操作しやすかった。……親友とはいえ――いや、親友だからこそ、許可も得ず勝手に覗き見るのは、罪悪感が半端なくあるけれど……。

 ブラウザを立ち上げて、ブックマークから小説の投稿サイトを開く。前回のログインから数か月は経っているからなのか、ログアウトされた状態ではあったものの、情報は保存されていたので難なくログインできた。

 これで空楽を救える……。安堵とともに湧き上がる高揚感で胸が満たされるが、これからが本番だと居住まいを正す。

 初めて見る管理画面に少々手間取りながら、まずは第一話部分の編集ボタンをクリックした。どういう風に手を入れていこうかと考えつつ、テキスト形式で表示された本文にざっと目を通していくうちに手が止まる。――止めざるを得なかった。

「変わってない――」

 ――そう、そこには俺が記憶していた通りの、正しい内容が記載されていたのだ。

 思わず「なんなんだよ!」と声を荒らげそうになったが、今どこにいるのかを思い出し、すんでのところで押しとどめる。

 無意識のうちに握り締めてしまった拳から力を抜くと、手のひらの部分に爪の跡がくっきりと残っていた。

 ……これでは書き換えても無駄だ。むしろ、空楽が遺していったものを汚すことになってしまう。

 悔しさとやるせなさの混じる息を吐きながら、ノートパソコンの電源を落として閉じた。すぐ後ろにあるベッドへ背中を預け、天井を仰ぐ。……俺にできることって、何があるんだろう。唯一の方法であるように思えた小説の書き換えも、意味のないものだと判明してしまった。

 自分のスマホを手に取って、空楽の小説を開く。……やっぱり内容は変化したままだ。ノートパソコンから通常の閲覧画面は確認していないけれど、きっと同じ光景が映るだろう。

 実際に変わっているわけではないのなら、これまで読者から何の反応もなかったというのもうなずける。そうするとコメントを書き込んでしまっている俺は、明らかに触ってはいけないタイプのおかしな人間だ。

 ……まあどうでもいいけれど。空楽にはきちんと伝わっているのだから。

 しかし、これからどうしようか……。正直打つ手なしだ。でも、諦めるわけにはいかない。

 今後について考えたかったけれど、それは帰ってからにしよう。ということで部屋から出よう――としたところで、形見分けのことを思い出した。

 あまり気は進まないけれど、一通り確認はしておくべきだろう。せめて家族の誰かが立ち会ってくれるのなら、言い方は悪くなるけれど多少なりとも物色しやすくなるのに。まあ、勝手にノートパソコンを起動させていた俺が言えたことではないが。

 ひとまず本棚へ目を向けてみると、ファンタジー系小説のほかに、幻獣や妖怪をまとめたものや、世界各地の伝承などが記載されている本が並んでいた。

 形見になるもの……というと、故人との思い出を彷彿とさせるものを選ぶのが後悔もないはず。空楽とは、本に関する深い思い出はそれほどない。あれが面白いとか、これがお勧めだとか、そういった話は雑談の一種としてたびたび話題に上がってはいたけれど、何気ない日常の範疇だ。

 部屋の中を見渡してみても整然としているため、ぱっと見ではめぼしいものは見当たらない。さすがにクローゼットを開けるのはハードルが高いから……、まずはデスクの引き出しでも開けてみようか。手を出せる範囲で確認してもピンとくるものがなければ、その旨をおばさんに伝えればいい。

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