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1:辺境の寒村

 魔法に導かれるまま、空楽とともに草原を歩んでいく。

 幸運がもたらした結果なのか、はたまたこの辺りに魔物は生息していないのか、何事もなく移動できていた。

 それからどれほど歩いていただろうか。次第に木々のさざめきが増え、草を踏み荒らして進む足元はいつの間にか生活道路と合流していた。

「鈴真、あれ見える?」

 どうやら遠くのほうに村があるらしいのだが、俺にはそこら辺の景色と判別できず、あまりよく分からなかった。

 村へ近づくにつれて、さまざまな香草を使用したような独特な香りが漂い始め、強くなっていく。日が暮れる前に仕事を終えて、夕飯の準備も進めるのだろう。魔法があるとはいえ田舎のほうだろうから、インフラが整っておらず夜間の活動には向いていないのかもしれない。

 そもそも魔法を自在に扱える人が村にいなければ、存在しないのと同義なのだから、特に不思議ではない。

 空楽は村人たちに気付かれる前に、洋書を閉じてナビゲート魔法を止めた。

 村は腰辺りの高さまである柵に囲まれているようだが、色が分からないせいで触ってみないと材質は分からない。まあでも、恐らく木製だろう。

 元の世界には存在していなかった素材を利用している可能性も否定はできないけれど、空楽の小説を読んでいた限りでは、少なくとも辺境の寒村でそういったことはなさそうだ。

 常用できるほどならば、特産品として村の発展に貢献しているだろうから、もう少し活気づいているはずだ。もっとも、「魔物避けの効果がある」などで、特別に使用していることもありえるだろうけれど。

 様子をうかがいながら、二人そろって村の敷地内へ入っていく。外から話しかけられる範囲で誰かがいれば、いらぬ揉め事を起こさないためにも、入る前に声かけができたのに、あいにく人影はなかった。

 見張りや護衛がいないということは、魔物が襲ってくる危険のない地域なのだろう。あるいは、そういったことも織り込んだうえで暮らしているかだ。

 まあ、空楽の世界だから、それほど危険はないだろうけれど……それでも魔物が存在していることに間違いはないし、その点で考えるなら不安にはなるのかもしれない。ただ彼が抱えているものは、そういった分類とはまた違うような感じがするというか、端的に言ってしまえば、重要な隠し事をされているような気分だ。

 話したくないのならそれでいい……、とは思いつつも、気にならないわけではない。

「……ところでさ、言葉って通じるのか……?」

 考え事をする過程で浮かんだ疑問を口にする。

「え? えーっと……まあ、自動翻訳されるんじゃないかな。転移者なのに言葉が通じなくて、独学で一から学んでいけってことになったら大変だし」

 まあそういうスキルや魔法もあるかもしれないけど、と空楽は添える。

「ふーん。じゃあ、仕事に困ったら翻訳者にでもなればいいんだな」

「確かに、この世界が一つの言語で統一されているとは限らないけど……全部自動で日本語に聞こえるっていうのも、翻訳視点で考えたら不便そうだよ」

 言語の聞き分けができないからな。というか、空楽の返答から見るに、この世界の言語については、しっかりした設定があるわけではないらしい。

 小屋の外で農具らしきものを片付けている初老の男に声をかけると、孫と久々にあった祖父母のような、親しげでぱっと輝いた表情を見せられる。

「珍しいなあ、こんな辺鄙なところに若いもんが来るなんて。どうしたんだ? その恰好は……聖都の子か?」

 おじいさんの言葉でハッとする。……そういえば俺たち、元の世界で死に際に着ていた服――学生服のままだ。

「そっ……」

「いえ! 俺たち、聖都とは別で……、別の街から来たんです、勉強のために!」

 おそらく肯定しかけていたであろう空楽を遮り、否定の意を示す。空楽は俺のほうをちらりと見たが、何も言わなかった。

「ほー、大変だなあ、わざわざ」

 この格好でも不審に思われない世界でよかったと思いはするけれど、制服というものがどういった認識で、どういう役割を担っているのか分からない以上、安易に肯定するのはよくないと考えた。

 俺が読んでいた限りでは小説内で聖都等の登場はなかったけれど、書かれていなかっただけで、いずれ出てくる場所として空楽自身は分かっていた可能性もある。

 それでも俺たちは実際に聖都の人間ではないし、この制服も違うものなのだから、結果的に嘘になってしまうことは避けたほうがいいだろう。その場限りの嘘をついて、あとあと整合性が取れなくなったら大変だ。

「この近くに、宿――あ、いや……泊まれるところってありませんか?」

 宿屋の場所を聞こうとしたところで、この世界の通貨を一切持っていなかったことに気付く。さすがに文無しでは泊まれない。

「空き家でよければ村にいくつかあるよ、そこを使うといい。荒れてるだろうから使えるように掃除しなきゃならんがな」

「いえ、十分です。ありがとうございます!」

 空き家がいくつか……その文言を受けて、改めて村の内部を見渡す。日が傾きつつあるせいで俺には少々見づらいけれど、妙に閑散としている印象を受けた。

 村に入ってすぐのところにカーブがあるせいで奥まで見通せないとはいえ、それなりの広さがあるように思える。間隔は空いているが家屋も並んでいるし、人口が多そうに見えるのに、静かだ。

 おじいさんに案内されながら、村の内部を進んでいく。ぱらぱらとすれ違う人はみな、老人ばかりだ。「街のほうから勉強にきたらしい」と紹介されながら、村人たちと挨拶も交わしていく。

 若い人は出稼ぎに行っているのだろうか……? 女性や子供の姿が見当たらないのも、どこか不自然だ。

 寂れた村が嫌で出ていく若者が一定数いるのだとしても、残る人だって少なからずいるはずだ。とくに村長やその後継者のような、みんなをまとめる立場である者は余計に。

 中央に井戸のある、広場のような場所を通り過ぎ、村の最奥と言えるようなところまでたどり着くと、おじいさんはようやく足を止める。目の前には、周囲の家々に比べればある程度の大きさは感じられるものの、それ単体で見れば小屋と言ってしまっても過言ではない規模の家が佇んでいた。

「ここはな、村長が住んでいた家でな……今は誰も住んどらん、せっかくだから使ってくれ。……ああ、やっぱり荒れてるな」

 古びた木製のドアを開けて、中の様子をうかがいながら屋内へ足を踏み入れていく。

 密閉性はないからかそれほど空気はよどんでいないが、家主がいなくなってから誰も管理していなかったのか、ほこりまみれだ。うっすらと砂もかぶっているらしい。

「わしらならこれくらいのもんでも、ちょっとはたけば使えるが、お前さんたちのような街の住人なら厳しいかもしれんな」

 ベッドには砂やほこりで汚れた毛布……というよりは、ボロボロの布が置かれている。古びているだけならまだしも、砂やほこりまみれでは確かに使いたくない。

 とはいえ贅沢は言っていられないのだから、夜に冷えるようなら使用するしかないだろう。ないよりはマシなはずだ。……たぶん。

「すまんがまだ作業が残ってるんでな、片付けは手伝えんが、何か困ったことがあれば村のもんに声かけてくれ」

 空楽と共に礼を述べて、おじいさんを見送る。ドアを閉めると、簡素なつくりの小さな窓から差し込む光が室内の一部を照らすだけで、ほとんど暗くなってしまった。

 ……これでは何も見えない。そう思ってもう一度ドアを開けようとしたところで、やわらかな明かりが室内を照らした。

 振り返って空楽のほうを見てみると、彼の持つ、ページが開かれた本のすぐ上に光源が浮かんでいる様子が目に入る。……魔法か。そういえば空楽が書いていた小説の主人公が、序盤の森の中で明かりを取るために使っていたな、と思い出す。

 彼は魔導書などの本を利用せずに、詠唱省略の役割を持つ魔法陣を使っていたけれど。

「ランタンがあるね」

 空楽がそう言いながら、本の上に浮かぶ光源を古びたランタンの中へ移動させる。

 この世界のランタンは火や電気を使用するものではなく、すべて魔法で発動するものだ。魔法が使えなかったり、不慣れな者にはスイッチ式で簡単に操作ができるものが流通している。

 そうでない場合は空楽のように、自らの魔力で灯した光をランタンの中に留まらせて使うのが一般的だ。

 どうやらこの家にあるランタンはスイッチ式のようだが、魔力が競合しても問題なく動作するらしい。まあ、スイッチがオフになっているから何事も起こらないだけかもしれないけれど。

「うーん……」

 空楽は十二畳くらいの狭い屋内を見て回ったあと、悩むようにうなりながら、再び本を利用して魔法を発動させた。

 彼を中心とした波紋のように魔法が広がると、新品まではいかなくても、人の生活を感じられる程度の清潔さを保つ室内へ変貌を遂げる。ほこりや土のようなにおいもなくなり、一息つける快適な空間へ早変わりだ。

「……すっげー……、便利……」

 毛布やシーツが古いままなのは変わらないが、汚れが落ちただけでもありがたい。

 前の持ち主――村長が使っていたであろう家具も残ったままだから、問題なくここで生活できそうだ。

 ……いや、泊まっていいと言われただけで、しばらく住んでもいいとは言われていないから、すぐにでも発つ必要が出てくるかもしれないけれど……。まあそれは明日にでも確認すればいいはずだ。

「ありがとう。悪いな、俺は何もできなくて……」

 食事を摂るときに使っていたであろう、少々ささくれ立った木のテーブルに備え付けられている、背もたれのない簡素な木製の椅子に腰かける。

「それなんだけど、ちょっと試したいことが――」

 空楽が何かを言い切る前に、出入口のドアが勢いよく開いた。驚いて思わず立ち上がりながら音のしたほうへ顔を向けると、片手鍋ほどの大きさがある器を抱えた老女が家の中へ入ってくる。

「聖都とは違う街のほうから来たんだって? 遠いのに大変だねえ。よかったらこれを食べておくれよ」

 無遠慮に器をテーブルへ置くと、室内の様子を見渡して感嘆の声を上げた。

「おやあ、ついさっき案内したって聞いたのにねえ……すっかりきれいになっとる」

 やっぱり街のもんは魔法を使いこなすんだなあ、などと言いながら、持っていたらしい手提げの布袋から茶碗サイズの器や、スプーンに近い形状のものを取り出して机上に添える。

 遠路はるばるやってきたと思っている俺たちに気を遣って、夕飯を取り分けてくれたのだろう。その気持ちはとてもありがたいのだが、せめてノックや断りがほしかったな、と思った。

 まあ、そういった文化のない村なのかもしれない……が、居心地がいいとは言えない。

 とはいえ、元の世界で霊体だった頃は俺も似たようなことをしていたから、引け目があるせいで拒絶はしづらいけれど。郷に入っては郷に従えという言葉もあるし……できることなら、この村の様式に慣れていくほうがいいだろう。

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