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14:out of the blue

 空に亀裂が走り、まるでガラスへ物をぶつけたかのように、空が欠片となって砕け散る。

「銀花――!」

 割れた天空から現れたのは、緒澄と空楽だった。二人とも体力が摩耗しているらしく、疲れを感じさせる表情ながらも、銀花を見据える視線には強い意志が込められている。

「……見かけないと思っていたら……そういうことね」

 銀花は緒澄の姿を捉えても驚くそぶりは見せず、むしろ納得したような様子だった。

「……それで? わざわざ世界を渡ってまで魂を回収し直して、どうするつもり?」

 どうでもよさそうに疑問を口にする銀花をよそに、緒澄は冷静に返す。

「菜種空楽も、寿命を迎えるときではなかった。それを捻じ曲げて魂の回収を行ったあげく、すでに終わった世界へ吹き飛ばすなど、言語道断だよ」

 空楽の事故死は銀花が意図的に仕向けたもので、本来なら彼はまだ生き続けているはずだった。

「たまにはいつもと違うものも食べてみようかと思ったけど、やっぱりまずかったのよ。だから捨てたの」

 本人が目の前にいるというのに、あっけらかんと言い放つ。

「……銀花は悪食だから。大抵の死神はそもそも味を気にしないけど」

 緒澄はフォローになっているのか分からないことを空楽に向けて口にするが、自分がおいしいか否かなど問われても反応に困るだけだ。

「味のことはさておき、鈴真はどこに……?」

 姿の見えない親友を心配し、きょろきょろと周囲を見回す。緒澄のそばからは離れられないのか、目が届く範囲しか探れないようだった。

 これまで緒澄だけを見据えていた銀花は、ようやく空楽の存在を認知したかのように、彼のほうへ向き直った。

「ここ」

 口元を手で覆ったあと、ゆっくりと食道をなぞるように手は喉元を通り過ぎ、腹部――胃の辺りをさすった。

「え――どう、いう……」

 困惑と絶望が入り混じる表情で、空楽は銀花を見る。そんな彼の様子に、銀花は高揚感を覚えていた。彼女は絶望の味が好きだ。しかし、ただ絶望に染まっただけでは物足りず、ほかの経験――味も必要なのだという。

 これまでは死んだ人間から選んで魂の回収を行っていたが、鈴真の死をきっかけに、自らの好みを生成しようと企てたらしい。……鈴真の魂は失敗に終わってしまったが。

「あのとき捨てずに、あなたの味も育ててみればよかった。……まあいいわ、また次があるのだから」

 真実を知ってしまっては、銀花の期待する味には育てられないということなのだろう。そして緒澄は、銀花の言う「次」を阻止するために立ち回っていた。

 死神として生きるのならば、天寿を全うした魂だけを回収すれば済む話だ。それを超えて寿命を捻じ曲げ、魂を虐げるというのだから、それを予測できる以上、看過することはできない。

「……、どうして、そんなことを……」

「すべての行動に明確な理由が必要なの?」

 言っている意味が分からない、とでも言うかのように首をかしげるその姿は、容貌も相まって人形のような愛らしさがあるのに、実体は人の心を一切理解する気のない人畜だ。

 とはいえもともと人ではないのだから、人間の常識を振りかざすこと自体、間違っているのかもしれないが。

「――緒澄の言っていたことを、俺も理解した」

 目を伏せながらそう呟く空楽の表情には、影が差していた。心のどこかで、緒澄から受けていた説明は彼女の思い違いで、事実は異なるかもしれないと期待していたのだろう。

 空楽は緒澄へ目配せをすると、再び口を開いた。

「……俺は、あの異世界にいて、気付いたことがあった」

「…………」

 だから何、とでも言いたげな表情で、銀花は変わらず佇んでいる。

「あの世界は……俺が昔、少しだけ物語を考えて、そのまま放棄――忘れ去っていたものだ」

「……そう。行く当てもなく適当に放り出されたキミの魂は、少なからず繋がりのある、キミ自身が考えていた世界へ引き寄せられた」

 世界観の構築を行う創作者は、その世界から見れば創造主と言えよう。だから緒澄は空楽に向けて「この世界においては、ボクよりもキミのほうが適性は高い」と伝えていたのだ。

 創造主ならば、何よりも世界に対しての理解がある……それがたとえ、未完成なものであっても。

「しかし結末まで決められていない世界は、いずれその存在を保てなくなり、崩壊していく」

 世界が崩壊していたからこそ、ほころびが生じ、その隙間から魂の侵入が可能だった。ある意味では自業自得だと表現もできるけれど、こうして緒澄によって発見され、元の世界へ戻って来られたことを考えると、転移できたことも含めて幸運だったのかもしれない。

「……それで?」

 同じ死神なのだから、当然銀花自身もそれらの関連性については知識があり、わざわざ言うことではないと暗に示している。

「――それならあの世界も、存在しているってことだ!」

 緊迫した面持ちながらも、空楽は決心したようにはっきりと宣言する。途端、銀花が大鎌を手にするときのように、どこからともなく分厚い洋書が姿を現した。

「やった……!」

 成功するという確信は得ていなかったのか、洋書を目にした空楽は見るからに歓喜を胸いっぱいにたたえ、興奮が口から漏れる。

 そこで初めて、銀花は怪訝な表情を浮かべた。

「何――」

「――死神は死神を殺せない……でも――」

 警戒の色をあらわにした銀花に、緒澄は素早く近づいてささやく。そんな彼女の言葉を理解していない銀花は、その後の行動に後れを取ってしまった。

 緒澄の振るった大鎌は、地上の魂――白金を刈り取る。

 白金はいわば、人間の姿を借りた銀花だ。ヒトとして地上に存在しているのならば、その魂も少なからず内に秘められている……本来なら死神が人間に紛れることなどありえないはずだが、銀花は鈴真に飽きて始末したくなったため、その仕込みを目的とした己の分身を作り出していた。

 そして、そんな緒澄の行動とほぼ同時に、空楽も動いていた。直接触れずとも洋書はパラパラと自らのページをめくり、内容を示す。しかし空楽はその開かれた内容に目を向けず、まるで何が記述されているのかあらかじめ知っているかのように、銀花だけを見据えていた。

 三人は瞬く間に光に包まれ――世界からその姿を消し、あとには何も残っていなかった。

 死神は死神を殺せない。でも、半分人間で、半分死神の状態なら……?

 さらに死神は異世界で能力が落ちるとなれば、緒澄が銀花の暴走を止めるために、彼女を強制的に異世界へ飛ばそうとするのは道理だった。死神がただ飛ばされたのではなく、半分は人間の状態なのだから、転移先の異世界では思うように動けないだろう。

 ……そして、空楽が洋書を使って行ったものは――

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