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『なんの石か気になるのなら、白金に直接聞けばいいんじゃないか』
生きている俺の言葉に、空楽は意表を突かれたかのような表情を見せる。
『……確かに……。なんで俺、鈴真に聞こうと思ったんだろう』
無意識下では空楽も白金の存在を疑っていて、本人を頼るのは危険だと認識したのかもしれない。
『ありがとう。明日にでも聞いてみることにするよ』
『ん』
鉱石を机の上に戻し、電気やカーテンの状態も復帰させたあとは、ゲームや雑談などで普段通り過ごし始めた。
一方、霊体である俺は、机上にある鉱石を見つめる。俺からは特に変わりないように見えていたけれど、二人の話や羽海ちゃんの反応を鑑みると、「色が強くなっている」「虹色」ということらしい。
そして、偶然なのか関連性があるのかは定かではないが、俺の世界から色が失われていくのに反比例して、この鉱石の色も強まっているように思える。……つまり、この鉱石が俺から色を奪っていて、残り時間を早めているのではないかという疑念なのだが……。
「…………」
覚悟を決めるかのように、一度だけ深呼吸する。触れられないと分かっていても、得体のしれないものに近づこうとするのは、勇気のいることだ。
もしかしたら、接触することによって急激に色を失ってしまうかもしれない……そういった懸念を抱きながら、鉱石へ向けてゆっくりと手を伸ばす。
――すり抜けると思っていた手は、予想外の感触を脳に伝えた。死んでいて生身がないのに、こういった表現をするのはおかしな話だとは思うけれど、とにかく目の前にあるそれは、確かな存在を俺に告げている。
「――――」
息をのんで力を籠めると、角砂糖のように鉱石の一部が欠けた。室内にいるはずの生きている二人に目を向けてみるが、こちらの様子には気付いていないようだ。
別にばれてしまっても構わないはず――むしろ知られることによって、この先起こるであろう事故のことだって、報せられるかもしれない。
それなのに、まるで大人に黙って後ろめたいいたずらでもする子供のように、異様なほどの緊張感を抱えたまま鉱石を手中に収め、少しずつ握りつぶしていく。
さらさらと砕けて、粒子になっていく鉱石。
――今まで現実のものに触れられなかったのに、どうしてこの鉱石だけ認識できるんだろう?
……いや、まったく触れられなかったわけではない。……そうだ……。この時間よりも一つ前の、あの世界の最期――俺は、無人ダンプカーと接触したじゃないか。
それなら、つまりこれは、あれと同類の存在であるという可能性が濃厚なわけで……。
急激に、取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと、後悔の波が押し寄せてきた。一気に身体が冷えていくような感覚がし、血の気が引いているのだと実感する。
しかし己の手元には、すでに砂と化した鉱石が何の感慨もなく、ただそこに存在しているだけだった。
「あ――」
一歩後ずさったかと思いきや、次の瞬間には家の外――空中へ移動していた。
「どうして壊してしまったの?」
背後から聞こえてくる銀花の問いかけ。彼女が瞬時に俺を移動させたのかもしれない。
「あれはあなたの色彩を保存していたのに」
振り向いて彼女を見留めると、一瞬、口が三日月型に大きくゆがみながら嘲笑っているような表情に見えたが、幻覚だったのか、普段通りの見慣れた無表情がそこにあった。
「色彩を……保存……?」
「そう。すべて失われても、あの鉱石から戻せば、保存した分だけ猶予が与えられる……。なのに、壊してしまったのね」
「それなら、そう言ってくれれば――!」
気色ばんだ俺に、彼女は言葉をかぶせる。
「それにね、あの鉱石の材料はあなたの魂なの」
「――っ、は……?」
「……私の姿を見ても気付かないの?」
そう言いながら、どこからともなく大鎌を顕現させる。しかし俺に振りかざすわけでもなく、ただ片手で持ったままこちらを見つめるばかりだ。
銀花の姿を見て、気付くこと……? 言われたことを反芻しながら、俺も彼女の姿を見つめ続けた。しかしなかなか答えを出さない俺にしびれを切らしたのか、ふっと目を逸らして軽いため息を吐かれる。
「あなたは、自らの魂を砕いてしまった――――残念でした」
暗くよどんだ微笑を浮かべながら、銀花は冷酷に告げた。
大鎌に装飾されている、カラフルな鉱石――と思っていたものは、ギョロリとこちらを見やる。人間の魂から作られた目玉だ、と瞬時に悟った。
――それが柊鈴真の感知した、最期の記憶だった。
霊体として存在していた鈴真の姿は、死神の手によって無色にも見える、小さな鉱石へ変えられてしまう。よく観察すれば虹色が垣間見えるのだが、銀花はしばし眺めたあと、口の中へ放り込んだ。
飴玉を味わうかのように、口内でコロコロと転がして風味を楽しむ。しかし求めていたものとは違っていたのか、銀花には「期待外れ」という冷めた表情が浮かんでいた。
「甘味が強い……やっぱり、早かったかな」
彼女がいつも食べていたものは、ゼリー菓子でも鉱石でもなく、人間の魂だった。死神は魂を食料とし、味は人生経験によって左右される。
大抵の死神は魂の味など気にせず、死なないための義務感からくる摂食でしかないのだが、銀花は違っていた。味を選り好みし、いつでも食せるよう常に携帯しておく。彼女にとっての魂は、気軽に食べられるおやつでもあった。
銀花が鈴真に向けた言葉には嘘も混じっており、空楽の持つ鉱石が鈴真の色彩を保存していたのは事実だが、砂時計の要領で色彩が移動していたわけではなく、器であるガラスに穴をあけて、砂を排出させていたのだ。
つまり、最期まで諦めることのなかった鈴真にしびれを切らし、色が失われていく速度を意図的に早めていた。そのせいで作ろうと思っていた「魂の味」には届かなかったものの、本来の期限通り鈴真の魂が繰り返す時間を過ごしたとしても、銀花が望むものになっていたかどうかは不透明だ。
一通り人の生を舌で味わったあと、咀嚼して飲み込む。
「人間の死が、そう簡単に覆せるわけないじゃない」
死の運命が一度でも決まってしまえば、たとえ過去に戻ったり、パラレルワールドへ移動したとしても、世界の確固たる意志として変わらぬ死が遂行されるだけだ。
銀花が鈴真に告げていた「あなたを助けようと思ったわけじゃない。時間を引き延ばしただけ」というのはまさに言葉通りで、鈴真がいかに空楽を死から救おうとしたところで、絶対に叶わないと分かっていた。
望み通りの味にならなかった不満を解消するための口直しとでも言わんばかりに、携帯食料として所持しているほかの魂を、新しく口に放り込もうとしたときだった。




