12:プリズム
激痛に苛まれながら、時を戻された街を見渡す。この痛みは何度繰り返しても慣れず、人間だったら冷や汗でずぶ濡れになっているんじゃないかと思うほどだ。いや――そもそも、生きた身体では痛みのあまり発狂してしまいそうだ。
もはや今の俺には、世界の色がどの程度残されているのか分からない。自分の身体や銀花の色彩が強すぎて、残像が発生してしまうのだ。
「銀花…………」
求める答えが返ってこないと分かっていても、聞かざるを得なかった。絞り出すような俺の声に、彼女は視線だけをこちらに投げかける。
「なんで……、運転手がいないんだ……あれはなんなんだよ…………」
「…………。すでに決まっていることだから」
「は……?」
抽象的すぎて意味の伝わらない回答に、面食らうしかなかった。
「あの日あの場所、あの時間に事故が起こることはすでに決められている……世界はそれに従っているだけ」
謎が深まっただけだった。仮に運命としてそれが決まっていたとしても、運転手がいない無人ダンプカーの答えになっていない。
まあ、事故発生が決定づけられているのなら、どうにか空楽以外のものを犠牲にすれば解決だ。俺にとっての最善は、親友を救うこと一点のみなのだから。
まともで優しい人間なら、犠牲を出さずに済ませられるよう動こうとするのだろう。でももう、俺にはそんな風に動けるような余力も気力もない。――方法も浮かばない、と言ったほうが正しいか。
未だに空楽を助けられていないのに、そのうえ代わりに犠牲になるかもしれない人たちまで考慮して動こうとしても、また失敗する未来しか見えなかった。当初の目的から逸れず、身の丈に合った行動をする……それしか道は残されていない。
先ほどは運転手がいないという、奇想天外な事実で動揺して事故の軌道を逸らし損ねたが、次こそ試してやろう。
運命の日までポルターガイストの練習は欠かさないとしても、その隙間で空楽にプレゼントされた鉱石についても調べたい。
……というか、この世界にもあるんだろうか?
自然に、あることを前提にして思考を連ねてしまったけれど、たまたまあの世界だけ銀花の気が向いて、仕込んでいた可能性もある。まあ、そうだと仮定しても、依然として理由は分からないけれど。
空楽の誕生日プレゼントとして贈られたのならば、もう部屋にあるはずだ。思い立ったが吉日……と俺が考えるのもなんだか変だけれど、まあともかく、真っ先に空楽の家へ向かうことにした。
そして考えていた通り、空楽の部屋にある机には鉱石が飾られていた。クリスタルのようなものは、窓から差し込む日光を反射してきらきらと輝いているように見えるが、今の俺には正常な色彩が判別できない。……本当は何色なんだろうか。
ずっと見つめていれば分かるような……、分からないような……。
自分や銀花の姿を捉えると色彩感覚が完全に狂うため、凝視し続けるのも一苦労だ。特に自身の身体は、無意識な動作で視界に入れてしまうことが多い。
しかしせめて色が分からないと、知識のない俺が鉱石の種類を探し出すのは無謀な話だろう。銀花が協力的なら聞くこともできたけれど、今更そんな風に接してくれるはずはない。
譲渡の現場に居合わせられれば、話題として挙がった内容から推測や、答えそのものが聞けただろうに、空楽の誕生日よりも前には戻れないらしい。
そんな風に鉱石の前でしばらく考え事をしていると、いつの間にやら夕方になっていたらしく、学校から帰宅してきた空楽が部屋に入ってきた。続いて生きている俺も入室する。……なんだか生前の俺よりも家で遊ぶ頻度が増している気がするのだが、気のせいだろうか?
俺のときは、どちらかというと門限まで寄り道していることが多かったと記憶しているけれど……。こうして細かい部分に変化は出ているのに、結末だけは一向に変えられないのだからひどい話だ。
『――この鉱石さ、なんか色変わってない?』
生きている俺がふと目を留めて、半ば独り言のように空楽へ話しかける。
『夕方だからじゃないか? 光の加減でさ』
『うーん……、それならオレンジとか赤になってそうだけど……まあいいか』
死んでいる俺がよくない、今の色を説明してほしい。そう思ってもテレパシーだとかは使えないので、二人に伝えられるはずもなく。文字を書いて知らせるほどの能力もないし、また話題に挙がることを期待するしかなさそうだ。
しかしそれから数日経っても、鉱石の色について触れられることはなかった。
霊体である俺は空楽の部屋にほとんど入り浸っているような状態なのだが、当の空楽は鉱石を見ることはあっても、なんの感想も漏らさない。内心で思うだけに留めているのかもしれないけれど、言ってくれないと分からないので、ぜひ独り言をつぶやいてほしいところだ。
時折、白金も遊びに来るようだけれど、彼女も鉱石をしばし観察するくらいで、なんのコメントも残さない。まあ、元が銀花である可能性が高い以上、はなから期待はできない存在なのだが……。
生きている俺は、遊びに来ることはあれど、もはや鉱石を部屋のオブジェとして認識しているらしく、ほとんど視界に入れていないようだ。最初の切り口だったから、もしかしたら今後も色について教えてくれるかもしれない、と考えていたけれど……どうやら甘い考えだったらしい。
『おにいちゃん!』
そんなとき、珍しく空楽の妹――羽海ちゃんが部屋を訪れた。子供向け変身ヒロインの玩具だろうか、きらきらと光りそうなステッキを両手で持ち、空楽に話しかけている。
どうやら新しく買ってもらったもののようで、さっそく遊ぶついでに、空楽が持っている鉱石とのコラボレーションを実施したいらしい。
妹からのお願いに快諾した空楽は、鉱石を手渡す。羽海ちゃんは少しのあいだ首をかしげながら見つめたあと、ぱっと顔を輝かせた。
『これもきらきらするんだね! にじがいっぱいあるー!』
羽海ちゃんは空楽と何度かやり取りをしたあと、部屋を出てどこかへ行ってしまった。
『……やっぱり、色が……』
一人取り残されてから、空楽はぼそりと呟く。生きている俺に指摘されて以降、意識して気にかけていたからなのか、色の変化については薄々感じ取っていたらしい。
……それにしても、虹か……。虹色に光る石なんて、どうしてもソシャゲでガチャを回すときに使う石しか浮かばないが……現状の中では一番、連想しても意味のないものだ。
さらに日が経ち、生きている俺が再び訪問してくる。鉱石には目もくれなかったが、部屋の主である空楽はそちらが目的だったのか、抱えていた疑問をぶつけてきた。
『前にさ、この鉱石の色が変わってるって言ってたじゃん? 俺は毎日見てるから変化に気付きにくかったけど、意識して見てみると鈴真が言っていた通りな気がしてさ……』
そう言いながら、鉱石を手に取って生きている俺に向ける。
『改めて聞くけど、前と違うよな』
『うん、前よりも色が強い……』
俺の返答を確認するや否や、空楽はカーテンを閉めて、部屋の電気を消した。これで鉱石に光が当たらないから、見え方もまた変わる――のかと思いきや、中に電灯でも仕込まれているかのように、鉱石は輝きを失わずに、暗い部屋の中の光源となっているようだった。
とはいえ光り輝いているわけではなく、周囲を淡く照らす程度のもの。
『一昨日くらいかな、暗がりでも光るようになってたんだ』
『蓄光……とか?』
『そりゃあ、そういう鉱石もあるだろうけど……でもそういうのって一個で一色だろ? これは虹色だよ』
暗い中でも、虹色に光る鉱石……ということか。しかも初めからそうだったのではなく、徐々に変化していったというのが不思議な点だ。
霊体の俺は少しずつ色が失われていくのに……それに反して鉱石は色を増していくんだな、と考えたところで、ハッとした。
まさか、この鉱石が俺の色を奪っている……? だからここしばらく、色を失う速度が速く感じられたのか?




