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箸休めの短編集  作者: 山田湖
3/3

スモーキータウン

その男は、タクシーに揺られながら、徐々に近づいてくる京浜工業地帯の夜景を眺めている。その目に工業地帯の明かりが星空のように転写されていた。


彼がこの景色を目に映すのはもう何年ぶりだろうか。少なくとも海外で仕事をしていた期間を考えれば、10年は経っているような気がする。




10年間、世界中の国家の深海(舞台裏)で息を潜めて泳ぎ続けていたその男は、海面(表舞台)に浮き上がって街の明るさを改めてはっきりと認識した。





その男は、世間一般にいう殺し屋という職業についていた。


もう今では珍しくなったのであろう暴力団の抗争(指導者のような立場の者が爆発事故で死に、それが契機で起きたらしいが詳しいことは知らない)に巻き込まれた際、彼は自分の両親を守るため、わずか16歳の少年は2人の男を手に掛けた。


少年は自分に着いた返り血が冷たくなっていくのを感じながら、必死になって逃げた。


何から逃げているのか、なぜ逃げているのかわからなくなるぐらい走った。


走って走って転んで立ち上がって走って、そして、もはや自分が何者なのかを忘れかけていた時、彼はある男たちと出会う。





「俺は・・・一体何をして・・・?あれ?俺は一体・・・?家はどこだっけ?」

「おい、そこの君」


その男たちのことを今でも鮮明に覚えている。どう見てもこの世表舞台の人たちとは違う、浮世離れした男たちだった。ただ、どちらかと言えば地獄の方向に浮世離れしているように感じる。




灰色のコートを着た男が近づいてきた。不思議と足音がしない。


その男は開口一番こう言った。


「お前、()()()()()()?」


「え・・・?」


そのコートを着た男は彼の裾を引っ張て


「返り血がついている。ただ、返り血があまり服についていないのを見るに腹を刺したな。靴の方がついているのもその証拠だ。刺した人の身長はまあ君の身長と返り血が飛び散った高さを考えて180前後ってとこかな」


そのコートの男はまるで小説に出てくる探偵みたいに彼の過去を淡々と解き明かしていく。


今思えばその頃にはこのコートの男含めその男たちは死体を見慣れていたに違いない。動揺していた様子が一切見られなかった。




「人を・・・殺した?・・・俺が・・・?」


「覚えていないのか?」


「何も・・・なんで逃げてい・・・たんだろ?俺は何から・・・」


「なるほど・・・」


その男は何か考えるようなしぐさをし、後ろの男たちを呼び寄せてとひそひそと密談を始めた。男たちの会話の断片が聞こえてくる。


「おいどうする・・・よ・・・・・あの・・・・・やっぱあの抗争がらみ・・・・の子だろうか」


「さあ、でも・・・・・・・・・ですし■■■さんが・・・・・・・・」


「■■■さん警察の・・・・・・・なんとか・・・・」


「まあ、・・・・・・・・正当防衛・・・・・・でもヒトを殺した・・・・・・・


 はあ、やっぱりそれしかないか」


その男は彼に向き直り、膝を折り彼と目線を合わせた。その目は彼を射殺してしまいまいそうなほど鋭く、どことなく狼を思わせた。


「お前は何から逃げていたかわからないと言っていたな?」


「はい」


「お前が逃げていたもの、それはな自分が()()()()()()()()()()からだ。」


「人を・・・殺した?」


彼はこのことを聞いても不思議と落ち着いていた。自分が人を殺したという事実がまるで別の人の事実のように感じる。新聞やニュースを見ている時と一緒の心境だった。


「後悔はないのか?」その男が聞いてきた。


「ない」事実だった。


「そうか」と男は目を閉じた。彼の目にはどこかその男は最後まで悩み切っているように映った。


「君は暴力団の抗争に巻き込まれ、何らかの理由でその団員を刺殺している。多分正当防衛でだ。しかし、君が人を・・・命あるものを殺したという事実は変わらない。今は大丈夫でも平和な生活を送っていれば必ずその記憶がフラッシュバックし後悔の念が湧いてくるだろう。


だからお前に一つ問う。


俺たちと一緒に()()をしないか?」


彼の耳にその言葉は空虚に響いていく。


「仕事・・・?人殺しですか」


「いや、そうとも限らない。ただ、堅気の人間がするような仕事ではないけどな。ただ一つだけ言わせてほしい。俺たちの仕事は今ある人々の日常、その平和を裏から守り維持することだ。それだけは忘れないでほしい。もちろん平和に生きようとするならそれを選択してもらって構わない。ある程度援助はするつもりだ」


少年の脳裏にもう出会えないだろう両親の姿がちらつく。


人々の平和を守る――それは彼の両親を守ることと同義だった。


彼は黙って首を縦に振った。


その男はそれを見て立ち上がり彼を見下ろしこう言った。




「それじゃあ、ようこそ暗部治安維持組織『―――』へ」







「大丈夫でしょうか、あの少年」


「いや、大丈夫ではないかな」


「というと?」


「殺人は癖になるという言葉を知っているかい?アガサクリスティー、いやエルキュール・ポアロがメソポタミアの殺人で残した言葉だよ」


「・・・・」


「一度殺人を犯した者はこの先の人生において自分に降りかかってくる問題を人を殺して解決するようになるということだ」


灰色のコートを羽織った男は空へと浮かぶ半月を見上げながら言葉を続ける。


「多分、あそこで俺たちが接触していなければ遅くても10日後には人を殺していただろうからね。そうなれば彼は警察にお縄となる。俺たちはその彼の平和な時間を引き延ばして監視する。まるで警察の協力者制度のようだがね」






案の定だった。彼は組織にはいってから5年で離脱、ほぼ同時にフリーランスの殺し屋となり世界中を飛び回った。30の屍を積み重ね、その上から世界を見下ろしていた。




そんな彼を捕らえたのはかつて自分を組織に招き入れた男だった。












彼は工業地帯の一角へと降り立った。


いまも工場群からは星空が不明瞭な大都市の天に向かって煙が伸びている。




あのたなびく煙をただ茫然と眺めていたあの日の少年は何を成し、何を変えたのだろうか。


そして、何を得て何を失ったのだろうか。


そんなことは立ち上っては消えていく煙のようにただはっきりとはわからない。


彼は物思いにふけりながら車のエンジンとたばこのにおいの入り混じった退廃的な夜道をただ歩いていった。






Dear. Mather and Father.




I got home.




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