心の友よ
「どうしてん?大丈夫か?」と陣内が電話に切り換えて心配してくれる。
こーゆートコが陣内。
ああ、心の友よ。
「「頭を打ったか?」って、東百舌鳥高校のサッカー部のことを言うてんちゃうんか?」と陣内は続ける。
去年の春、ボクらの間には小さな噂が流れた。
東百舌鳥高校の1年生が記憶喪失になったらしい。
サッカーの部活中に頭にボールを受けて、倒れたまんま救急車で運ばれたらしい。
名前もすぐに伝わった。
藤沢クン。
同じ中学校だったヤツらの中には、顔を知ってるだけでなく同じクラスだったヤツもいた。
でも、話はここで終わり。
ボクらも、その藤沢クンっていう男子がどんな顔なのかまで知りたいと思うほど興味があったわけではなかったので、それ以上は話題にすることはなかった。
ただ、物語の中にはよく登場する“記憶喪失”っていうものが、実際に、そんなに離れていない世界で起こったってことがちょっとした衝撃で話題にしただけだ。
「うん。
ちょっといろいろあって、オレもアレが頭をよぎったんよ」とボクは答える。
「アレはぁ~……アレやわッ」と陣内の声が何かを思い出すようにさ迷って、答えを見つけ出したようにキュッと戻ってきた。
「オレも歴史とか詳しくないねんけどな、人間の頭には衝撃を受けたら記憶が曖昧になる場所があるらしいねん。
なんか戦争中に夜中にパラシュート部隊で街に突っ込んだろとかいう作戦があって、そん時の部隊が左手にハンマー持って飛び降りるように指導されとったらしい。
降りた先に市民がおったら、そのハンマーで頭の右側を打てって言われとってんて」
「ほ……ほぉ?」
そんな聞いたこともない雑学を知ってて歴史に詳しくないと言うのなら、何をもって歴史に詳しいと言うのだろう?
「その東百舌鳥のヤツは、たぶんヘディングじゃなくて頭の横側にボールがぶつかったんちゃうかな」
「へえ……そうなん……かな?」
で、問題は本題だよ、陣内。
「陣内、オレ、頭を打ったりしたことあった?」
ボクは本題を切り出す。
「ん?
無かったんちゃうかな?
そんな記憶が飛ぶくらい頭を打ったら、救急車を呼んだり、いろいろ大事になってるやろ?
パラシュートの作戦の話も、半分は気絶させるのが目的やったらしいし。
少なくとも学校の中でそんな騒ぎが起きた記憶は無いぞ」