何かがおかしい
「無いよ、無い無い。
そーゆーのも考えたけど、ちょっと違うんよ」
ボクは笑う。
「違う? 違うってどんな感じよ?」
自転車の前カゴにカバンを入れて、鴉谷は窺うみたいにボクを見た。
「あるはずものが無いっていうか来るはずのものが来ないっていうか、スカされて拍子抜けするみたいな……いや……、いや、違うわ」
ボクは空を見上げた。
「何かを失くしたり、失くなってたりした時ってさ、パラレルワールドに迷いこんだみたいな気分になるってことない?
めっちゃソックリな、違う世界に来てしまったみたいな感じ」
ボクらは自転車で校門を出て左に曲がった。
鴉谷が言う。
「コンビニで傘をパクられた時みたいな気分か?」
「一緒にすんなっ」
ボクらは笑う。
ボクは訂正した。
「いや、鴉谷、ハズれてない。
間違いではないねんけどな。
なんか、もっと重たーくて、体の芯が冷えるみたいな気分やねん」
「ふーん」
鴉谷は小さく咳をすると前を向いた。
「うわっ!」
ボクは、思いきり自転車のブレーキをかけた。
キィィ━━っ!!!!
「うわわわわわ」
釣られて急ブレーキをかけた鴉谷が、思わず声を挙げる。
「どーしてん、平良っ」
「オレの家、逆方向やわ」
「はあ?」
「ごめん、鴉谷。
じゃあ、オレ、ここで。
バイバイ」
「あ、おお、じゃあな」
ボクは背を向けて、立ちこぎで速度を上げた。
まただ。
どうして左に曲がったんだっけ?
鴉谷の動きに釣られた?
違う。
校門を出る前から、もう左に曲がるつもりになっていた。
何かおかしい。
何かフワフワする。
ヤバい。
ボク、病気か何かだろうか?
例えば頭の中の血管とかがどーにかなって、記憶が混乱してるとか。
認識とか判断とか、そーゆーものがぐちゃぐちゃになってるとか。
家までの帰り道は40分ぐらい。
ボクは落ち着かない気分で家に着いた。
母親はパートで誰もいないから、用意してくれている夕飯のオカズを電子レンジに入れて、ついでにテレビをつける。
ローカルの芸人がレギュラーの情報バラエティ。
絶対に視るってほどのファンではないけれど、アシスタントの女子アナウンサーが好きで、家にいる時はたいてい視ている帯番組。
でも、視ていて気づく。
何かがおかしい。