第九話 とある少年のお話・白影編
好きな女が出来た。
この世に生を受けて初めてだった。
俺は十七才だった。
ずっと年下だと思ってたから、彼女が俺の一つ上と知った時は驚いた。
ある日たまりかねて俺は言った。
「先輩…一つ訊いてもいいですか?」
下校のため、列車の待合室で一緒に座っていた彼女は靴紐を縛り直しながら
「なぁに?改まって」
と普通に聞き返した。
だから俺も普通に訊いた。
「先輩ってなんでそんなに可愛いんスか?」
そう俺が言った途端、彼女は俺を見て、それからすぐに真っ赤な顔でまくしたてた。
「な…何言ってんの!?はっ、さてはまたそうやって人で遊んでるわね!!年上のお姉さんをからかっちゃいけないんですぅ〜」
とあっかんべーしてみせた。
俺は笑った。
ああ、本当になんでこんなに可愛いんだろう。
「まったくぅ。そういう事は好きな子に言わなきゃダメでしょー」
まだ赤い顔を隠すために必死に靴紐を直す振りをしているが、動揺してるのがバレバレ。上手く結べず、二、三度結び直していた。
「だから、先輩に言ってるんじゃないスか」
思わずそんな言葉がついて出た。
その後は大変だった。
予想通り、いやそれ以上の展開だった。
彼女は突然勢いで告白めいたものをしてしまった俺以上にパニックになっていて、
「え、え、え、えー!?ちょ、ちょ、ちょっと待って!!嘘でしょ!?だってあなたそんな素振り今まで全然見せなかったじゃない!!」
…俺としてはめちゃくちゃアピールしてたつもりだったのに、ちょっとショックだった。
何のために帰宅部の俺が、こうして毎日毎日二時間も帰りの列車遅らせてると思ってるんだ。
鈍感にもほどがある。
………まぁそこが可愛いんだけど。
「ってか、なんでそんなこと平然と言えるのよ!絶対女慣れしてるぅ」
彼女が照れ隠しなのかそっぽを向いた。
「酷いなぁ。初恋なのに。しょうがないじゃん。可愛いと思ったら云わずにいられなかったんだから」
自分でも驚くほど今日は大胆になっていた。
「ねぇ瑠璃さん…こっち向いて」
「やだ!」
「なんにもしないから」
「あっ、当たり前でしょ!」
「じゃあなんでヤなの。もしかしてこーゆーの迷惑?他に好きな男いるとか」
今まで彼女と関わってきてそれらしき気配はなかったし、あまり考えたくなかったが一応聞いた。
「いっ、いないわよそんなの!」
俺はあからさまにほっとして
「じゃあ、考えてくれますよね?俺とのこと」
ニコッと笑った。
彼女が口をパクパクさせていると
『6時20分〇〇行き、間もなく到着します。〇〇行き、間もなく到着します』
というアナウンスが入った。彼女が乗る列車だ。
彼女とは自宅が真逆にあるので、俺は彼女と同じ列車には乗らない。
だから今、絶対にここで返事を聞いておきたかった。
次に逢うときまでなんて長すぎて待ってられない。
「私、行かないと…」
「瑠璃さん!」
俺は、彼女がそわそわとホームを見やるのを、手を掴んで制止した。
「…だって、だって…私、そういう経験ないし、よくわかんないよぅ…」
彼女は突然しゃがみ込んで泣き出してしまった。
その時、ようやく俺は気付いた。
どうも強引すぎたらしい。しかも悪い方に。
しかし今更遅かった。