第六話 シスター・ミサ
ナツキは左手にホロと呼ばれる、王冠型をした黒く小さな檻をぶら下げていた。
檻の中に入っている、真珠よりは透明で水晶よりは白濁している、ナツキの手のひら大のゆらゆら揺らめくそれは、先ほど捕まえたシスターの魂だった。
ナツキは冥界に還り、死長の部屋へ向かっていた。無論この魂を彼に引き渡す為に。
道すがら、ナツキは先ほど視た、シスターの事切れる直前の想いに触れていた。
初め、ナツキは彼女の自殺は自分が原因ではないかとも思った。
毎日毎日体が良くなるよう祈り続けた相手は、彼女の期待を裏切って自殺行為をし、結果死んでしまったのだから。
けれど死長は言った。
「お前が死んでからもう二年だ。自殺するならもっと前にしているはずだろう」
実際自分は彼女の死とは関係なかった。
相思相愛の男の、彼女への異様な執着心に悩み、苦しんだ果ての結果だった。
ナツキの視た彼女の記憶の中で、男は優しくとろけるような微笑を浮かべた。
「君が僕だけの人になってくれるのなら、何をしてもいいんだけどな。ねぇ。もし君に危害を加えたり、気に食わないヤツがいたら僕が消してあげる」
「何を言うの?悪い冗談はやめて」
「冗談なんかじゃないさ。だからこないだだって、美沙に因縁つけてきたオヤジをボコボコにしてやったろ?死んで正解だよ。あんなクズ」
またもにこやかに笑う男。さながら大好きな猫を愛でるように。
どう考えても人一人殺した男の顔ではなかった。
そんな男に美沙は畏怖心を覚え、更に「因縁をつけてきたオヤジ」に心当たりがあったことで愕然とした。
「まさか…このあいだ通り魔殺人にあって亡くなった石垣さんって…」
「そういやそんな名前だったな」
男は大して興味なさそうに首をこきりと鳴らした。
反対に美沙は一瞬にして血の気が引いていった。元々色白なので、一層青ざめて見えた。
「勝手に殺したこと、怒ってるの?ごめんね。謝るからさ。だから嫌いにならないで」
美沙の表情を見て、初めて男は顔を曇らせた。しょんぼりしながら美沙の顔色を窺う。
美沙は彼のこの顔に弱かった。
そして彼の甘い声に。
だから、それがどれだけ酷いことでも彼を責められなかった。彼の行為を公に出来なかった。
美沙はそんな自分を責めた。
そして自分に関わる人間が彼の暴力の対象になることから、自然と人との関わりを避けるようになった。そうしてそのうちに部屋に引きこもった。
彼女は籠の中の鳥のようだった。
外に出れば危険なモノは全て彼が処分する。
その狭く窮屈な籠の中で彼女は思う。
〈私がいなければ、周りの人に危害が及ぶことはないのに。私がいなければ、彼が私を守ろうとして他人に危害を加えずに済むのに〉
そうして彼女は――
「……死んでからも、こんな窮屈な所に入れたくはなかったんだがな。……許せ」
ナツキが泣きそうな顔で魂に目を落とすと、まるで「いいの」とでも言うように、魂が左右にふるふると揺れた。