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魂の棲拠  作者: 神月雪兎
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第四話 海とカモメと

(…嫌な、予感がするな)

こういう予感は大抵当たる。案件の大体が救われないヤツだ。


時刻はまだ昼日中。

ナツキは緑色の石柱街灯の上に座って、地上を見下ろしていた。


ナツキの右側から急傾斜の坂道があり、そこを降りたところに住宅街がある。この街は三角屋根の家が一般的だ。家の造りも似通っていて、上から眺めている分には素晴らしい景観だと思う。

碁盤の目という規則性のある立地も魅力的だ。


だが最も好ましいのは、その街の先に海が見えることだ。


潮の匂いや飛び交う鴎、静かに緩やかに打つ波。


(死んでも、やっぱり好きなもんなんだな)


海の先の水平線が円くて。

――ああ、この惑星(ホシ)に生きていたんだな。


悲しくはない。切なくもない。ただ――


「お。なっつーはっけーん!」

「ナツキ!良かった間に合って」


不意に両隣に現れた二人組に、ナツキは盛大にため息をついた。


「おまえら…」

人が感傷に浸っている時にチョロチョロ現れやがって。ナツキはいい加減にうんざりしてきた。

「いや〜さ。瑠璃がなっつーの仕事ぶりを是非拝見したいって言うからさ。どうせ見習いで仕事なくて暇だし、なっつーを見学ってことでよろしく兄さん」

「あのね!あたしは別に見学なんて…」

座っているナツキの隣で、必死に黒翼を羽ばたかせながら瑠璃が口を挟む。それを白影が、あわや地上に落っこちそうな彼女を支えつつ、口を塞ぐという荒技に出た。


つまり、彼女の服の襟首を右手でひっつかんだのだ。


「おまえさーちょっとKY過ぎ」

「なっ…、てかはな…っせ…げほっげほっ」

白影に襟首を掴まれているお陰で、首が締まりそうだ。息が苦しい。この男、一体私を何度殺すつもりなんだ。


なんだか意識まで遠退いてきた。


「おい、おまえいい加減にしろ。女の子だぞ」


ナツキが白影から喘いでいる瑠璃を奪還し、お姫様抱っこをした。

そのスマートさに素直に白影は感嘆した。

(なるほど、こういうとこが女に好かれるワザなんだな。やっぱ俺も今後の参考に身に付けるべきなのか)

そんなことをちょっとの間真剣に考えたが、ナツキは白影がそんなことを悩んでいるとはこれっぽっちも思わず、何をどう間違えて怒られたのかを黙考していると捉えた。

「助けようとしたのはわかる。だが支え方ってものがあるだろう」

「だって俺ら死なないじゃん。気絶はするけど。てか気絶してもらった方が好都合だし…」

「だったら連れてくるな」

最もだった。

「そりゃそうやけどさ。それを言うたら身も蓋もないやん。…で、今回の標的は?」

瞬時にして目つきの鋭くなる白影。

探るようにナツキの顔を覗き込む。

しかしナツキはそれには答えず、無言のまま瑠璃を白影に預けた。そしてまた街灯に座る。閉じた膝に肘をつき、体を屈めて拳を顎に当てた。


「…なんやそのポーズ。『考える人』みたいやな」

瑠璃を受け取り、今度はちゃんと負ぶさりながら、生前にテレビのCMでやっていたのを思い出した。

「…おまえ、なんでそーゆーどーでもいいこと覚えてて、大事なこと覚えてないんだ…」

ナツキはそれこそどーでもよさそうに言った。

言われた白影は少しふくれた。

「俺が聞きたいよ。厄介な症状だよなぁ。ったくよー」

白影には思い出せない記憶があった。

何かとても大事なことのような気がするのだが。


にしても、自分の記憶をナツキが持ってるのはちょっと複雑な気分だ。


「…俺の魂を捕まえた時に、生前の俺の強力な記憶や思念が…見えているんだもんな。ナツキには」


魂にはそういうものが残っていて、死神が回収する時にどうしても見えてしまう。だから、各死神が連れてくる魂を上が選ぶ。

時々魂の怨念や辛辣な記憶に触れて、こっちが狂ってしまう場合もあるからだ。


(…上が、俺の想いを引き受けるにはナツキが適任と判断したってことか)


その判断は正しかったと思う。それでもやっぱり誰にも知られたくなかったかなとも思う。

自分の、死ぬ前の想いを、誰かに知っていてもらいたいし、それでいて知られたくない。相反する2つの感情。

つくづく面倒な生き物だ。人間は。

「…ロダンのあれは、『考える人』じゃない。元々は…閻魔大王のもとに連れてこられる死者を、門の上に座って見下ろしている者の像だ。あの像に題を付けるなら『眺めている人』といった方が正しい」


いきなりナツキが『考える人』に話題を戻した。

白影にはナツキがただのうんちく話をするとは思えないから、遠回しに何か言いたいのかとも思った。

それで少し考えた。

「えーっと?つまり、おまえも『考えてる』んじゃなくて『眺めている人』なワケ?」


ナツキは是とも非とも言わず、相変わらず視線を地上に向けて、ただ泣き笑いのような顔をしていた。


「…この街は、俺が生まれて、生きて、そして死んだ街だ」


ボボボボとけたたましい音がした。

聞き慣れた音に、ナツキは少しばかり顔をあげ、坂下の海に視線を這わす。

漁業船が何隻か、小さな水しぶきをあげながら、波の形を変えて港にやって来る。

懐かしい光景だった。

生前、病室の窓の外から良く眺めていた様。


「自分の命を賭けの対象にしたこと…俺は後悔していない。生への未練もないつもりだ。だけど、それとこれとは別なんだよ」


自分の、生まれて生きてきた土地に対する愛着。湧き上がる懐古心。

俺は確かにここに生きていた。

たったの13年の命だったけれど。

忘れていない。この街の景色や匂いや音、感じる風も…


「今度の任務が地元の奴だった。それで、少し早めにきたんだ…。なんとか撒けたと思ったのに、付いて着やがって」

「だーから黙らせたじゃん、コレ。悪い奴じゃないんだけど、緒突猛進過ぎなんだよ」


白影はくいっと首を後ろに振り、負ぶさっている瑠璃を指した。


「大体女に複雑な男心がわかるかってんだ。なんか言いたくなったら俺にしとけって。愛の告白以外は受け止めてやっからよ。そもそも、お前が俺の記憶知ってて俺がお前の記憶知らないとか。なんかおかしいと思うんだよな」

それを聞いたナツキは淡々と

「…おまえ、死んだのが勿体無かったな」

予想外の返事に白影の目が、少しばかり見開かれた。

てっきり誰がおまえに愛の告白なんか!とか言われると思ってたし、そう言わせようと思ってた。

こんなガラにもないことして褒められるなんて、恥ずかしくていたたまれない。


思わず握る手に力を込めた白影を見て、ナツキは失言したと思った。


誰だって死んだ時の話題なんてされたかないだろう。

特に――白影は殺された人間だ。


実際は恥ずかしさのあまり拳を握り締めたのを、殺された悔しさのあまりだと勘違いしたナツキ。

お互い理解ろうとしている割りにはどこか相手を誤解している。大体白影はナツキほど繊細じゃないのだ。


「っ、ふん。佳人薄命ってゆう言葉があるくらいだからな!だけど俺は未練ねーの!憎まれて世にはばかるよりずっとマシだろ」


白影は精一杯取り繕って言った。そしてさっと瑠璃を抱え直す。


「んなことよか、仕事の時間だろ!こいつは俺が連れて帰る。仮に知り合いだったとしても、感情的になるんじゃねーぞ」

白影は言い残しふっと消えた。冥界に戻ったのだろう。


―にしても。

「…変なとこ鋭いヤツだ」

ナツキは立ち上がり、黒翼を少しばたつかせ宙に浮いた。そして今まで背を向けていた教会を振り返ると

「…彼女を、こんな風に連れてくるのは本意じゃなかったんだがな」

そう呟いた。


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