第三話 瑠璃と白影
「あーっ!!ちょっと!!あんたが来たせいでナツキに逃げられたでしょ!?どーしてくれんのよ!!」
ナツキが下界へ消えた途端、瑠璃はつかみかかるような勢いで白影に喰ってかかった。
「………なんとも気の強いおじょーちゃんだな。そんなんだからナツキに逃げられんじゃねーの?」
白影はふざけた関西弁から真面目な口調に戻して言った。
(黙っていれば可愛いのに…口を開いてこんなんじゃ、幻滅するのが男の性ってもんだろ)
見た目清楚なお嬢様が実は口が悪くワガママ。
それは確かに瑠璃にとって致命的だった。
「……なによ……。なによ……」
瑠璃は唇をぎゅっと噛み締め俯いた。
白影はてっきり泣くのかと思い、少し言い過ぎたかと反省した。
(そうだよな、気が強く見えても女の子だもんな。ナツキに懐いてるのも寂しいからなのかも知れないし…そう考えるとちょっとは可愛い気もあるじゃねーか)
うんうん、と一人頷く白影。そして謝ろうかと口を開きかけた。
ところが。
「あたしのせいにしないでよ!!」
というセリフと共に、白影の腹に思い切り良く右ストレートが入った。
「ぐはっ!!」
腹を抑えて悶えながら白影は前言撤回だ、と思った。
ぜんっぜん可愛くねー!!
しかも、女の癖にかなり強烈なパンチを繰り広げやがった。
可愛い顔してなんてことしやがる。
本当、可愛い癖に可愛いくねーな。
くそっ。俺だって生前はかなり強敵だったんだぜ。なめやがって。
あまりの痛みに思考回路がショート寸前の白影。
そして追い討ちをかけるように瑠璃のセリフ。
「女の子に恥をかかせるなんて、男の風上にも置けないわね!!大体、そんな金髪碧眼でいかにも天使ですみたいな顔して、なんて死神なの!!最高に最低だわ!!だからデリカシーのない男って嫌いなのよ!!」
白影の一言が瑠璃にかかれば三倍、いやそれ以上になって返ってくる。
なんて女だ。ナツキが可哀想だ。可哀想過ぎる。
白影は痛みとナツキの哀れさに本気で泣きたくなった。
「くそっ。おまえこそなんて女だよ。大体なぁ、[手違いで死んだから生き返らせてやる]って言われて、断る奴なんざおまえくらいのもんだぜ」
「いーじゃない、別に。だって死に神の方が面白そうだったんだもん」
「その割には死神としての自覚に欠けてるようだがな。いつまでも人間気分が抜けきらないから、[死に神]なんて呼び方すんだよ。こっちの世界じゃ[死神]!そんなだからいつまでも見習い、まともな仕事をもらえないんだろ」
いつの間にか言い合いになっている白影と瑠璃。こうなれば二人の口論は止まらない。
「うっせーな!!そんなことあんたにカンケーねーだろ!!つーかまだ死に神やって一週間しか経ってねーんだよ!!状況知らねー癖に人のことガタガタ言ってんじゃねーよ!!」
瑠璃も本性が出たのか、だんだん言葉が狂暴化していく。
ここまで来たら誰がどう見てもお嬢様のイメージからはほど遠い。
白影も瑠璃に会って数分の間に、何度も思った言葉をまた繰り返し思った。
なんて女だ!!
可愛いくせに可愛くねーな。
「けっ。一週間がなんだってんだ!!俺なんか三日で見習い終わりだったぜ、ちきしょー!!しかも列車事故なんて難易度たけぇ強敵寄越しやがって!!病死と違ってタイミングとか連れてく奴とか、間違わねーようにすんの大変なんだぞ!!くそ!!お陰であんたみてーなじゃじゃ馬を連れて来ちまったじゃねーか!!」
自爆した白影に当然のごとく瑠璃が仰天。
「おい、待て。テメーがあたしを連れて来たのかよ!?」
「あ、しまった口が滑った」
慌てて口を押さえるももう遅い。
「ま、聞かなかったってことで」
調子良く瑠璃の肩をポンッと叩きにこやかに笑う白影。
「ざけんじゃねー!!あたしはずっとナツキが連れて来たもんだと思ってたんだぞ!?濡れ衣着せやがって、マジで男の風上にも置けねーな!?あぁ!?」
「なんだよ。あんたが勝手に勘違ったんだろー。誰もナツキが連れて来たなんて言ってねーだろ」
「あたしがこっちに来てからずっとナツキが世話してくれたんだ、そう思って当然だろ!?てかテメー、あたしをナツキに押し付けやがったのかよ!?この極悪非道のろくでなしが!!」
「なわけねーだろ!!天使のように清い心を持つ俺が、んなことするかっつーの」
「どーせ見た目だけの癖に」
「その言葉、そっくりそのままのし付けて返すぜ」
ギャアギャア言いながら白影は不思議とデジャブを感じた。
どこかで見たような、感じたような記憶…思い出せないから気のせいなのかも知れないが。
「おまえの世話はナツキが買って出たんだよ。俺やおまえに対して負い目があるんだろ。俺が三日目にして列車事故なんて案件に当たる羽目になったのは、アイツが原因だからな。だから瑠璃の世話は自分がするし、本当は俺が瑠璃を連れて来たってことも言わないでくれてたんだよ。アイツが、瑠璃には内緒にしろって言ったの」
「え…ナツキのせい…?」
「そ」
再び仰天する瑠璃に、白影は短く言った。
「まぁバレちまったもんはしょーがねーから言っちまうけど、アイツ体弱くて死んだ身らしくてさ。聞いた話だと心臓が悪かったらしい。そんでまぁ、ナツキが担当するはずだったその案件の時に、タイミング悪く発作起こしたんだよ。で、急遽俺に回ってきたわけ」
死神になっても持って生まれた身体能力と体質は変わらない。これは全く難儀なもので、一度死んだ身なので当然死ぬことはないのだが、最悪意識不明で倒れしばらくそのまま目覚めないこともある。
「俺なんか健康そのものだったから、本当ナツキは可哀想に思うぜ」
病弱な上に瑠璃みたいなじゃじゃ馬に懐かれたんじゃな、と思ったがさすがにそれは言わなかった。
「だったら尚更アタシ達がナツキを助けなきゃじゃない!!こうしちゃいられないわ、早くナツキを追っかけないと…!!あんた、ナツキがどこ行ったか知ってんでしょ!?さぁ、吐きなさいよ!!」
瑠璃に胸ぐら掴まれ、息苦しさにゲホゲホしながら
「いや、ま…っ。落ち着けって」
彼女の手をむりやりひっぺがした。
「見習いのお前が行ったってむしろ足手まといだろ。つーかアタシ達ってなんだよ。俺も入ってんのかよ?」
白影は呆れたように瑠璃を見た。
「当たり前でしょ!?大体、足手まといだって言うけどねー、二人いれば倒れたナツキを抱えてくるくらい出来るでしょ!?」
ものすごい剣幕で怒る瑠璃に、白影は今度はキョトンとした。
「別にほっときゃいーだろ。死神の俺らは死なねーんだし。なんだよ、てっきり仕事の心配かと思ったぜ」
しかし、瑠璃の怒りは治まるどころかいや増した。
「なっ、なんですって。信じらんない!なんて冷たい男なの?死ななきゃ倒れてもいいってワケ!?」
「う…いや、そーいうわけじゃ…。あーくそ。わーったよ。ったく、しょうがねえな。行きゃあいんだろいきゃあ。ほら行くぞ。おいてくぞ」
本当は面倒だったが、これ以上ガタガタ言うのもまた面倒だったので、瑠璃を引き連れナツキの後を追った。