第二話 手違いで死んじゃった人。
男は扉を開け部屋を出た直後、いきなり足元から呼び止められた。
「えー。まぁた仕事なのー。今日何人目よぅ。この仕事バカ。ちょっとはアタシを構ってよね」
喋っているのは黒猫だった。金色の目が暗い廊下で光っている。
男は眉根を寄せ、うんざり顔で言った。
「……おい瑠璃。いくら見習い階級が上がったからって、調子乗ってんじゃねぇぞ」
途端、瑠璃と呼ばれた黒猫は十六・七の少女に姿を変えた。
「言ったわね。ナツキのバカ!調子乗ってんのはどっちよ!自分の方が死神歴長いからって。アタシは必死なのっ!少しでもナツキに近付きたいから。少しでもナツキの側にいたいから。せっかく頑張って階級上がって変化の術使えるようになったのに、ちょっとくらい誉めてくれたっていいじゃない!」
瑠璃はふわふわした愛らしい声や容姿、雰囲気を持ち、何かあるとすぐに泣き出しそうなか弱いイメージバリバリの少女だった。
が、実際の中身はむしろ真逆で、打算的で毒舌、口が巧く自己中心的な性格をしていた。
そしてそれを充分理解していたナツキは、軽く頭痛を覚えた。
「子どもみたいなこと言ってんなよ。人のことバカバカって。覚えたての術はエネルギー使うんだ。調子乗って使って、仕事中にエネルギー切れ、術使えませんってなったらどうする気だ。仕事が遂行出来ねぇだろが」
ナツキがいつものように説教するが、素直に耳を貸す瑠璃ではなく。
「えー。別にいいじゃん。魂の回収がちょっと遅れるくらい。人間だってその分長生き出来るんだし」
瑠璃はその長い髪をいじりながら、いかにも面倒臭そうに言った。
「あのな。人間の寿命は生まれた時から決まってんだよ。それを手違いなく回収すんのが俺らの仕事だろ。なに開き直ってんだ」
「その手違いで死んじゃった人がここに一人いまーす」
今度はさも面白気にケラケラ笑った。
「…もういい。お前とまともな会話をしようと思った俺がアホだった」
ナツキは思わず手で目を覆った。
何しろ彼女は手違いで死んだ時、死神の自分にビビるどころか爆笑しだした変人だからだ。
爆笑された理由は腹が立つので思い出したくもないが。
とにかくナツキは、これ以上瑠璃の相手はしてられないと思った。
(誰か俺の代わりに相手してやれよ。ったく。なんで俺がガキのお守りなんざ…)
気づけば毎日のようにこうやってイライラしている。しかし瑠璃が嫌いな訳じゃないから冷たくも当たれない。
自分は自分、他人は他人。そんな思考を持つナツキにとって、誰かに構ったり話を聞くということに意味を見いだせず、煩わしく思うのだった。
とはいえ彼自身冷淡ではない。困っている人がいたら助けようと思う。
最も、泣き言ばかりで何もしない、いわゆる他力本願な人間は突き放すが。
「なんやナツキ。今日はエライ機嫌悪いなぁ?まぁた“夢”でも見たん?」
不意に金髪碧眼の美少年が現れた。
通称白影だ。
死神は皆生前の名を名乗るが、彼は決して誰にも名乗らない。「好きに呼べ」と言う。
そうして誰が付けたか白影という名が定着した。
白影は自分と違って喋り好きだ。ナツキは彼の登場を好機とばかりに
「白影。あとは任せた」と仕事へ向かった。