第十八話 希望と野望
管理人のあまりのあっさりさ加減に拍子抜けした白影だったが、ミズキはいつものことだと言わんばかりに
「さて、じゃあ俺らも戻るぞ」
くるりと背を向けて、ドアをガラガラと引いた。
慌てて後を追い、外に出る。
鎌だらけで閉塞感のある空間から野原に出て、やたら空気が美味しく感じた。
「…あんなところでずっと仕事なんて、辛くないんかな」
白影は思わず呟いた。
「さぁな。なんか、訊いちゃいけない雰囲気があるだろ?あの二人」
ミズキはあごに手を当てて考えこんだ。
「あの二人って?」
妙な言い回しに白影がミズキの顔を伺った。
「死長と管理人だよ。俺も仕事柄結構会うけど、双子だってことぐらいしか知らないからな」
「え!?ふ、双子!?」
白影の反応に、ミズキは
「道理でって感じだろ。俺なんか最初市長と間違えて、そりゃあ恐ろしい目にあったぜ。管理人は、機嫌悪いとそれに比例して笑顔になるんだ。絶対零度の微笑みってヤツ」
げっそりと肩を落とす。
白影はなるほど、と思った。
同時に一つの疑念も。
「…双子で、一緒にここにいるってことは…」
「病死じゃないことは確かだな。二人共同じ日に来たみたいだし。事件か、事故か…。なんにせよ、死長と管理人なんてトップの座に立ってるぐらいだ。俺達みたいな期限付きの気楽な家業じゃない。何か野望でもあるんじゃないか?特に死長は、死神増やすためなら手段を選ばないからな」
ミズキは、そういった死神を何人も見てきた。そうして多分、この男もその中の一人だろうと察していた。
「おまえ…何か他に死長と約束してないか?誰々の魂は俺が連れてくる、とか」
「した…けど、別にそれはもういいんだ。あと一年ちょいの期限付きなら無理だろうし、彼女のことは忘れろってことなのかも。悔しいけど、記憶もないしさ」
白影がため息混じりに言った。
そっか、と隣で言いながら、ミズキは何か引っかかっていた。
(あの人は、絶対に嘘つかないからな…。てことはそいつ、近々こっちに来るんかな…。でも、天界が決めたリストに都合よく名前があるとは思えないけど…)
ミズキの予感が的中することを、この時の二人はまだ知らなかった。
☆ ☆ ☆
バカみたいだ、とリンは思った。
一体何故こんな暗がりに、自ら閉じこもる必要がある。
「とらわれのお姫様じゃあるまいし…」
そうボヤいた時、レンが現れた。
「見事な例えだな。王子様が現れたら、とらわれから解放されるだろうよ」
机に突っ伏していたリンは、顔をあげて眼前のレンを睨んだ。
「イヤミか。そんなもの、現れるはずないだろう。他人事みたいに言いやがって」
その言葉に、レンは悲哀の目を見せた。
「…だから、だよ。他人事みたいに思わなきゃ、やってられないのさ」
覚えているのは、あの男の罵倒と怒声。
父が、2歳の妹の首を絞める光景。
あの日から、何かが狂っていった。
「…時計の針を、巻き戻せればいいのに」
リンの言葉に、レンが嘲笑う。
「どこまで?」
どこまで戻っても、現実は変わらない。自分達が産まれたことが、全ての元凶だから。
「…だから、おまえは嫌いだ」
レンはどこまでも現実的だ。
少しの夢もみさせてはくれない。
「でも、好きだろう?そんな僕のコトが」
レンは恋人でも愛おしむかのような目で。
「…バカじゃないの」
見抜かれたリンは、精いっぱいの強がりで悪態をついた。
「良かった。そうでなきゃ、僕がここで働いてる意味がないからね」
そう。レンにとってもまた、彼女が心のよりどころなのだ。
「…いつまで、こんなことを続けるつもり?もうすぐ、ここでの命も尽きてしまうのに」
「いつまでって、もちろん」
望みが叶うまで、とレンは卑屈に笑い、静かに部屋を後にした。