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魂の棲拠  作者: 神月雪兎
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第十七話 道具庫の住人

白影はミズキの後について歩く内に、なんとか解脱状態に慣れてきた。

「お、もう感覚掴んだのか。早い方だぜ、おまえ」

ミズキが感心したように言った。

白影は褒められたことより、とにかく無駄に疲労感を蓄積してしまう状態から解放されたことが嬉しかった。

歩くだけであんな具合が悪くなったのは初めてだ。

生前の自分は健康体で、大きな病気一つしたことがなかったが、病気で辛い思いをしながら生きてる人もたくさんいたんだろうな、と今更ながらに思う。

今まで自分の人生の中で、病気で苦しむということを本当の意味では理解していなかったから。

(両親は死んだけど事故であっけなくだったし…。なんかこう、じわじわ来る痛みや苦しみを抱えながら生きてくのって、辛いもんだな…)


「ほら、そこの中庭を突っ切ったら道具庫だ。もう見えるだろ? 」

ミズキが「あれだあれ」と指差す。その先には小さなプレハブが建っていた。

「…もしかして、あの倉庫というより物置みたいなとこですか?」

白影は不審に思いながら聞いた。

「ああ、そうそう。あん中さぁ、見た目と裏腹にめちゃくちゃ広いんだよ。ホント、冥界の時空間ってこえぇよ。あれほど当てにならないもんはない」

ミズキがぶつくさぼやく。

確かにそれはそうだろう。白影も決して方向音痴ではないが、今まで来た道がさっぱりわからないぐらいなのだ。

「でも、なんだってわざわざあんな遠いところに?ものすごく不便じゃないですか」

「それが狙いなんだよ。大体新人は真っ先に道具庫に行くからな。その間に解脱状態に慣れる訓練をするのが目的なんだと。けどおまえはもう大丈夫みたいだな」

ミズキがそう言ったところで、ちょうど道具庫に着く。


彼はプレハブ小屋のスライドドアを軽く叩いた。

「おーい。俺だ。入るぞ〜」

ミズキは名前も告げずに中に入る。

「………。ミズキ。何度言ったらわかる」

まだ外にいた白影は、その人物の声を聞いてぞくりとした。

その声は、先ほどまで会っていた死長の声だった。白影は汗が額を伝うのを感じた。

なんだかこの声と口調は妙な貫禄と迫力と威圧感がある。


「新人が来ると報告は受けている。わざわざ入室を告げずとも良い」

白影は恐る恐るミズキの影に隠れ、薄暗い室内に入る。

「いや、わかってるけどさ。一応礼儀だろ、そういうの」

「私に限ってはそのような礼儀など必要ない。気が乱れる」

死長と同様フードを目深に被っていて、顔も、当然性別も判別出来なかった。

「ところで彼が今回の新人か?毎度毎度の教育係り、ご苦労な事だな。これでおまえの担当は八人目か」

道具庫の住人は、ミズキの後ろの白影を一瞥して言った。

「回収任務に比べりゃむしろ楽しいさ。ここでの呼び名は白影。お手柔らかにな」

「そうか。いい名をもらったな。私はここの管理をしている『管理人』だ。まずは道具を選ぶが良い。私は仕事があるのでな。決まったら言え」

そう言って、両脇にたくさん立てかけられた鎌の間を縫って、奥の通路へと消える。

実際、これはかなり気味の悪い光景だった。

針山の棺があってもおかしくないような、中世ヨーロッパの拷問部屋を彷彿とさせる。

「……俺、なんか吐きそう」

「最初はみんなそうさ。けど、そんなグロいもんじゃない。回収任務に必要なただの『道具』さ。とりあえず持っときゃいいんだよ」

そういえば、ナツキもそんなことを言っていた。死神の証明で、これで人を殺すわけじゃないとかなんとか。


「選べったって、どれも似たようなもんじゃないか」

白影は立てかけられた鎌を順繰りに見ていくが、多少鎌の大きさや柄の長さ、太さが違うだけで、ほとんどどれも同じ作りだった。

「そんなことないぞ。一度持ってみろよ。柄の太さなんか、握った時の感覚に関わるからな。あと、身の丈にあった長さかどうかとか…」

ミズキは白影の身長と鎌の長さを見比べ「これなんかいいんじゃないか」と差し出した。

「多分、俺と身長同じくらいだろ。俺の鎌がこんくらいだから。握りやすさだけ自分で色々試してみろよ」

ミズキは無愛想だが、結構面倒見がいいタイプらしい。まぁ、そうじゃなきゃ、新人の世話を八人もなんて出来ないのだろうが。

白影は渡された鎌をまじまじと見ながら

「………。ミズキさんって、下にいたでしょう。弟か妹」

ミズキは目を見開き、少し口ごもった。

「…ああ。いたよ。両方。妹は、産まれる前だったけどな」

それを聞いてふと白影は思った。

「じゃあ、ミズキさんが名前つけたかったのって、妹さんだったんですね」

「は!?」

ミズキは更に目を見開いて、ぎょっとした顔で返した。

「あれ?違いました?」

「いや、違わない…けど。なんでわかったんだよ」

ミズキは少しぶっきらぼうに言った。照れくさいのかもしれない。

「だって、俺の名前付けた時満足そうだったから」

「…なんかめちゃハズい」

鼻を腕で覆いそっぽを向いた。

「別に、いいじゃないすか。可愛い兄貴っすね〜」

白影がニマニマしながら、ミズキの顔を覗きこんだ。

「うっせぇ、この!さっさと道具決めやがれ!」

ミズキが素を見せてくれたことが、なんだか妙に嬉しかった。

生前に会えていたら、きっといい友人になれただろう。

「う〜ん。それなんだよな。とりあえずこれにしとくかな。一番しっくりくるし」

白影が、手に取った様々な鎌から一つを選ぶと

「決まったか」

薄暗い倉庫の奥から『管理人』がふらりと、まるで亡霊のように現れた。

白影は肝が冷える思いだった。

「…お、脅かさないでくださいよ」

「別に脅かしてない。ちょうど仕事が一段落したから、様子を見にな」

管理人は腕に何やら黒い布を引っ掛けていた。

「おまえの制服だ。おそらくこれがちょうどいいだろう」

言いながらその黒コートを渡してきた。

「制服、ですか。鎌に黒コートね。いかにも死神 ファッションって感じ」

白影が嫌そうな顔をすると

「なんだ。いちいちうるさい男だな。いいから着てみろ」

眉根を寄せた管理人がドスを聞かせて言った。

やっぱり妙な迫力がある。

一体いくつなんだ。冥界にいるのは19歳未満のはずだ。しかもこの背丈からして俺より年下か女のはずだ。


白影はぶちぶち言うのを諦め、せめて精一杯不機嫌そうな顔を出しながら、無言でコートを着る。


管理人の言った通り、確かにサイズはちょうどだった。だったが。

「…うむ。思っていた通りだ。これほど似合わない男もそうはいまい」

「な~んか、死神感に欠けるんだよな」

管理人とミズキにけちょんけちょんに言われ、ますます不機嫌になる白影。誰も好きで着てるわけじゃねー!!

「そうだな。死神というより、魔女だな」

管理人が真顔で言った途端、ミズキはゲラゲラ笑いだした。

「魔女。魔女!魔法使いじゃなくて魔女!ああ、でも言えてる。おまえのその、金髪碧眼の王子面じゃぁ、せいぜい魔女が似合いかもな」

「死神ファッションに不満があるようだから、鎌の代わりに箒の『道具』を開発してやろう。それもまた一興だ。それから頭に赤いリボンでもつければ、もう立派な魔女ファッションだ」

ミズキは笑い過ぎてヒイヒイ言いながら、管理人は相変わらずの無表情で、白影を頭の先から足の先までじろじろと見る。

「おーまーえーらー!!ぜっってぇ人のことからかってんだろ!特に管理人!んな真顔作ったってバレバレなんだよ!」

「別にからかってない。半分は本気だからな。おまえが良ければ本当に作ってみてもいい」

管理人が変わらぬ口調で言う。

「誰がやねん!じょーだんちゃうわ」

思わず祖父譲りの関西弁のノリでつっこんでしまった。しかし管理人は全く動じず

「そうか。残念だ。それでは私は失礼する」

と短く返したかと思うと、またも奥の暗がりに消えていった。


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