第十六話 期限付き
白影は、何やら急にご機嫌になったミズキの後を、ある種の不気味さを感じながら付いていった。
暗くてどこがどの部屋に通じているのかサッパリわからない。
いろんな部屋を出たり入ったりしながら、やっと大広間のような所に出た。
どれくらい歩いただろう。白影はもうヘトヘトだった。体力は人並みにはあるはずなのに。
自然と歩くペースもだんだん落ち、ミズキとの距離が広がる。
白影は慌てて追いかけようと走り出した。こんなよくわからない所ではぐれでもしたらひとたまりもない。
するとミズキはピタリと足を止めた。
「わりぃ。魂だけで移動するには慣れが必要だったな。すっかり頭になかった。白影も、俺が歩くの早かったら早いって言えよ?」
―白影。
今さっき付けられた名前なので当然だが、そう呼ばれることに違和感がある本人とは裏腹に、やっぱりミズキは平然と呼ぶ。
むしろ名付けてから、最初の無愛想さはどこへやら、逆に馴れ馴れしくなったような気がする。
一体この変わりっぷりはなんだ。
名付けの行為がそれほど彼の心境を変えるものだったのか。
「え、と。俺の体力がないとかいうわけじゃないんですね。ちょっと安心しました」
「そうそう。この解脱状態に慣れるには、感覚しかないな。不器用な奴ほど時間がかかる。チャリに乗るのと一緒さ。慣れればなんてことないんだけど」
未だに肩で息をしている白影を見、ミズキはそこにしゃがみこんだ。
「ま、少し休め。お互い回収任務もないし、考えてみりゃ急ぐ必要もない」
回収任務、というとやっぱり魂を連れてくる仕事か。
「一口に死神の仕事っつっても色々あるんだよ。今の俺みたいに、新人の世話とか」
白影もミズキの隣に座り込み、話を聞く。
「今から行く道具庫にも管理人がいる。そいつは回収はできない。適材適所ってやつで、長が誰に何の仕事を与えるか判断すんだ。数さえいりゃ成り立つ組織さ。誰にでも何かしら出来る仕事はある。あんま気負わないでやってこーぜ。どうせ期限付きなんだし」
黙ってミズキの話を聞いていた白影だったが、最後の“期限付き”という言葉に目を丸くした。
「は?期限付き?」
「契約の時に言われなかったのか?全くあの人は…」
「本当に鬼畜なんだから」と言いたかったが、せっかく入った後輩が早速後悔するのも忍びないと思い、止めた。
あの長は大体、当人に取って都合の悪い情報を伏せて採用する。そうじゃないと人手不足で組織が回らなくなるからだ。
にしても。
「お前、一生死神やる覚悟でいたのか?珍しいぞ、そんなやつ。大概“期限付きだからそれまで手伝うつもりで、気楽にやってくれていいから”って言われて、やる気になるのに」
「………成仏したら、大事なやつ見守れないから。それよりなんだよ、期限付きって」
白影に食ってかかられ、ミズキはたじろいだ。
「俺に怒鳴るなよ。…とにかく。死神になるには条件があって、享年十九以下の奴しかなれないんだよ。死神になっても十九になったら解任になる。だから十七とか解任ギリギリで入った奴は、大抵下っ端の雑用の仕事を与えられる。難度の高い仕事はベテランの、例えばナツキさんとかが担当するんだ」
話を聞きながら白影は、ナツキが死神になるには資格がいると言ったことを思い出した。
ということは俺はあと一年と…十ヶ月の任期ってわけか。
白影は初めて聞かされた新事実にも意外に冷静でいられたし、かえって期限付きの方がいいかもしれないと思った。
その方が、彼女を思い出せなくても心の整理がつく。
もう住む世界の違う彼女を、いつまでも追い続けるわけにもいかないだろう。
本当は、わかってるんだ。そんなこと。
「未練たらしいのも考えもんだしな。別にそれならそれでいいけど」
「…まぁよくわからんけど、納得したんなら良かった。さて、そろそろ行くか」
「ああ」
そうして二人は、再び歩き始めた。