第十五話 名付け親
ガチャリ。
「失礼します。仕事が終わったんで…」
ノックもせずに入ってきた、これまた黒いコートにフードを被った死神らしき姿の少年が、東雲達に気付き少しばかり眉をひそめた。
「…もしかして取り込み中ですか」
「いや、むしろちょうどいいところにきた。この少年の雇用が決まったのでな。おまえが色々教えてやってほしい」
長はファイルに書類を綴じながら、顔も上げずに言った。
少年はやれやれと首を振る。
長はよく、人の顔を見ないで一方的に話す。
そんな彼の態度に辟易した少年は
「あー、はいはい」
と適当な返事をし
「じゃあこれ」
持ってきたホロを机に慎重に――一応魂が入っているため――置く。
それから改めて東雲をみて、金髪碧眼に少し驚いた。
(まさか日本語が通じない…ってことはないよな)
一抹の不安がよぎったが、とりあえず「こっち」と自分についてくるよう促し、ドアを開け部屋の外へ出た。
部屋を出た場所はほとんど真っ暗だった。
壁についた灯籠が唯一の光。少年はそんな薄暗い闇の中を数歩進み、立ち止まる。
「じゃあ、仕事の説明するから」
彼は声が低い上に無愛想でちょっととっつきにくいと東雲は思った。おまけに短髪で、いかにも硬派な少年だった。
そんな男がどことなく心配そうに話し掛けてきたので、東雲も何か心配になった。
「はい。それで、あなたのことはなんて呼べばいいですか?」
とにかく名前を、と訊いたら彼はあからさまに安堵して
「俺?俺はミズキ。お前は?」
と聞き返した。一体なんだったんだろう。
「…えーと。生前の名前…ですよね?」
東雲は苦笑いを浮かべる。
自分は苗字はともかく、下の名前があまり好きではなかった。
両親が「どこの国でも通じるように」と付けた名前だったが、はっきり言って今一つどころか二つも三つも足りない名前だ。
そんな理由で口を濁していると
「ああ、バグか?だったら自分で好きに名乗ったらいい。みんなそうしてるし、バグ自体珍しくもない。気にするなよ」
ミズキが慰めるように軽く肩を叩いた。
しかし東雲は何を言われているのか理解出来なかった。
そういえば、さっきナツキとかいう死神もそんなことを言っていた気がする。
「バグ…ですか?」
「あ、そっか知らないか。や、死んだ時のショックで、生前の記憶がハッキリしないやつが、時々くるんだよ。お前は違うのか」
言われて東雲ははっとした。
彼女のことを思い出せないのは、そのせいか。
「…名前は覚えています。でも、両親には申し訳ないけど、あんまり好きじゃないんですよね」
「ふうん?…じゃあさ、俺が考えていい?おまえの名前」
「ええ?」
唐突に言われ、東雲はキョトンとした。
「いや、気に入ったら使うっていうのでいいんだ。…そうだな。白影、とかどうだ?」
「白影?」
ミズキはいっそ鮮やかなほどあっさりと名付けてみせた。
「ああ。おまえ、雰囲気的には天使っぽくて白だし、かつ死神っぽく影って漢字つけて、白影」
東雲は、ミズキには名付けの才能があるのではと本気で思った。なかなか粋な名前をつける。
「白い影…。なんか俺には大層な名前だな。でもすげーかっこいい。その名前、使わせてもらいます。ありがとう」
「いや、気に入ったならいいんだ。じゃあ白影。早速道具庫に行くぞ」
道具庫?
聞き返す間もなくミズキは勝手にスタスタ歩き出した。