第一三話 目覚めたら
そこは、見たことのない場所だった。
(………なんだ……?ここ)
東雲は見慣れない光景に目を瞬いた。
暗くもなく明るくもない部屋で、目の前には重厚感のある高級そうなデスクがあった。
そこになぜか自分は立ちすくんでいた。
どうやって、どうしてこんなところにいるのか。ただただ呆然としていると、はたと東雲はそこに人がいるのに気付いた。
デスクの奥の回転椅子に座っている、黒コートを着てフードを目深に被った男。いや、女かもしれない。何やらデスクの上で両手を組んでこちらを見つめている。
そして彼(?)の横にもう一人。こっちも黒コートを着ていたが、フードは下ろしていてはっきりと顔がわかった。黒髪を肩まで伸ばしていて、見た感じ十五~六の少年だった。彼は右手に柄の長い鎌を手にして立っていた。
そこでようやく東雲は、ここが少なくとも現実世界ではないことに気付いた。
(えっ…あのカッコって…死に神…だよな?。夢でも見てんのか?俺…)
東雲がわけもわからずにいると、素顔すら不明の椅子に座っている者が口を開いた。
「…どうやら目覚めたようだな。それで?おまえ、自分の置かれてる現状をどのくらい把握している?」
その者は目を細めて訊いた。
「…?」
東雲にはその意味がよくわからなかった。
「…どうやら、バグの恐れがあるな」
今度は鎌を手にした男が言った。
バグとは、コンピュータに使われる用語のことだろうか?
「なるほどそのようだ。…まぁ、それ自体はさして問題ではない」謎の人物はゆったりと座り直し、今度は頬杖をついて東雲を見つめた。
「―いいか?あんたはもう死んだ身だ。ここは冥界。あんたの魂を連れて来たのがこのナツキだ」
彼の者は全然気を遣う風でもなく、あっさりと言ってのけた。
「死んだ?…俺が?」
―まさか。そんなバカな。
否定したい気持ちとは裏腹に、ぞわりと全身に寒気が走った。
「―そうだ、確か俺、赤塚達に囲まれて…、……!!」
自分が最後に覚えている記憶を辿る。
思い出そうとして、言葉に詰まった。
―ダメだ。これ以上は…
思い出せない。―思い出したくない。
ただ、理解ったのは…
「…俺…は…死んだ…んだな…」
震える声で、小さく絞り出した。
認めたくなかったけれど、認めなければいけないような気がした。
「ま、結果はどうあれ頑張ったと思うがな。二人も道連れにしたんだ。こういっちゃぁなんだが、あんた死んで良かったんじゃないか?いくら正当防衛でも…二人も殺して生き残ったところで、悠々自適な生活が送れるわけないだろう」
「…道連れ…?」
なんだ…?何を言っている…?
俺が、誰かを…
―コロシタ?
呆然と立ち尽くす俺に構わず、偉そうに座っているヤツが続けた。
「首謀者ではなく手下の方だったがな」
「…じゃあ、俺は…人殺し…?あいつらと同じ…」
血の気が引いていくのが自分でわかった。
自分の右手を顔に近づけて、おそるおそる見る。
血は付いていなかったが、拳には青あざがいくつもできていた。
「この…手で…俺は…!」
確かにあいつらは非道な人間だった。絡んでくる度に何度彼らに死ねばいいのにと思ったか。けれど自分は決して人殺しになりたかったわけじゃない。自分は人の命を平気で奪えるような人間ではない。
―それなのに。
受け入れたくなかった。そんな事実。嘘だと叫びたかった。それでも、反撃したという事は<そういう>ことだった。
例えこの人の言うことが嘘だとしても、誰かを殺してもおかしくない行動を自分は取っていた。
―何も考えず、ただやられ損が気に食わなかったからという理由で。
こんなことなら黙って殺されとけば良かった。どんな理由であれ、人の命を奪ってしまうなんて。拳をキツく握り締め、机に叩きつけた。
黒コートの二人が眉をひそめる。
「ムリかもしれんが、落ち着け」
「そうそう。おまえはもう死んでるんだ、生前のことなんてどーだっていいだろう。いつまでも引きずってると成仏出来ないぞ。悪霊になってこっちに迷惑かけられても困るからな」
座っているヤツが言った。どうやらあまり感情的になることがないらしい。慰めているのか、本音なのかよくわからない。しかし自分が死んだからといって人を殺した事をそうカンタンに割り切れるものか。唇を噛みうつむく。
流れる数秒の沈黙。
そして、東雲は小さく訊いた。
「俺はこれからどうなるんだ?」
「それは、おまえ次第だな」
フードの男が言った。