第十話 とある少女のお話
(考えてくれますよねって…な、何言っちゃってんのこの子!?)
瑠璃は突然の東雲の言動に、何をどうしていいかもわからずパニックになった。
更に東雲が追い討ちをかけるように返答を急かしたので、余計頭の中がパンクしてとうとうポロポロ泣き出してしまった。
(なんなのこの子!女の子泣かすなんて…男の風上にも置けないんだから!)
ぐしぐしと制服のブラウスの裾で涙を拭いながら、ちらりと彼を見た。
そしてぎょっとした。
彼は真っ青な顔でオロオロしていた。なんと言葉をかけてよいものか、思案しているようにも見える。おそらく瑠璃が泣くとは思いもしなかったのだろう。
そして彼は思いつめたように立ち上がる。
「る、瑠璃さん!ごめん!そんな泣くほど俺のこと嫌だなんて思わなかったんだ!」
言われた瑠璃こそ唖然とした。
(ちっがーう!そうじゃなくて!)
相変わらず人の心の機微に鈍感なヤツだ。
「とにかく泣き止んで。泣かせるつもりじゃなかったんだよ。…ちょっと待ってて。今なんか飲み物でも…」
立ち上がり待合室内にある自販機に近寄った東雲。何にするか決めかねていたようだが、お金を入れて微糖コーヒーのボタンを押した。
しかし、出てきた缶を取り出した彼は何故か数秒沈黙した。
不思議に思って瑠璃が近寄って見ると、東雲が手にしていたのは紛れもなくミルクティーだった。
黙ったままの東雲のこめかみに青筋が浮かんだのを察した瑠璃。
瑠璃はミルクティーが大嫌いだった。それを知っていた東雲はそれを避け、ちゃんとコーヒーを選択したにも関わらずこの有り様だ。
東雲は相当頭にきているようだった。
顔つきが怖い。
「なんだよこの自販!」とキレる彼に、瑠璃がなだめるように
「まぁまぁ。そっちはあなたが飲めばいいじゃない。私一人で飲むのもなんだし。飲めるんでしょ?ミルクティー」
と言った。
東雲は「そうだよね…」と気を取り直して再び自販機に小銭を入れる。
念の為今度は違うコーヒーのボタンを押した。
が、しかし。手にしたそれは
「…なんでまたミルクティーなんだよ!!」
いい加減に東雲がブチキレた。
まるで何かの嫌がらせのようだ。
しかし瑠璃からしたら、こう来ると笑うしかなかった。
「あっはは!おかしー。何コレ、まさかとは思うけどウケ狙いで入れてったのかしら」
あまりにおかしかったので、瑠璃はさっきまで泣いてたのも忘れ、ヒィヒィ言いながら笑いだした。
「そんなんだったらそいつマジ殺す!もーいい、それ二つとも駅員に返金してもらうから」
東雲はまだぶすくれていたが、結果的に瑠璃が泣き止んだので複雑そうな顔をしていた。
そんな彼を見て瑠璃は目を細めて笑い
「いーわよ、二人でミルクティー飲みましょ」
と東雲の手から一缶取って、開けた。
「えっ、でも…瑠璃さんミルクティー嫌いじゃ」
目を丸くして訊く東雲に瑠璃は少しイジワルしたくなった。
一口飲んで顔を歪めてから
「嫌いよ。大ッキライ。…でもいいじゃない。これはこれでいい思い出になるわよ。東雲君に告白された日に飲んだ、大ッキライなミルクティー。二重にインパクトがあって、このクソも美味くないミルクティーの味は絶対絶対忘れないわ」
苦々しく吐き捨てると、東雲は顔を青くして抗議した。
「イヤだよそんな変な思い出!せっかくオレが想いを打ち明けた青春の一ページなのに、不味いミルクティーを飲んだ日になっちゃうじゃんか!」
本気で嫌がる東雲。そんな彼を面白がって、
「泣きながら不味いミルクティーを飲んだ日、ね」
と更に付け加える。
「ヒドイよ瑠璃さん!はっ、さてはそれを根に持って俺にイジワルしてるんでしょー。泣かせるつもりはなかったんだよ。でも…ごめんね」
なんだか急にうなだれる東雲。いじめすぎたか。なんだか悪いことをした気分だ。
でも、こんな風に茶化しながら、当たり前のように彼が隣にいる毎日は悪くないかもしれない。
「…別に、もういいわよ。取り乱して泣いた私が悪いんだし。…だから、これ飲み終わったら考えてあげる」
「?…何を?」
瑠璃は照れ隠しにミルクティーを景気よく飲んだ。
ゴクリ。
…やっぱ不味い。
「考えて欲しいんでしょ。〈俺とのこと〉」
顔をしかめながら誤魔化そうとしたが、それでも顔が赤くなっていくのを感じた。
東雲の顔も見る見る輝き出す。
「瑠璃さん!それって」
二十分後、二人は恋人同士になった。