第一話 とある少年のお話。
少年は走った。
走ってみたくなって、走ってみた。
少年は生まれてからずっと、周りの人が普通にすることを止められていた。
走ることもその一つだった。
だから、走ってみたくなった。走ったら自分がどうなるかも知っていたけれど。
ただ、もがいてみたかった。足掻いてみたかった。
この、呪われた自分の人生から。
そうしてやっぱり、自分はこの呪われた人生から逃れられないということを知った。
「…ハ。つくづく神は俺を見放しているようだ」
少年は無神論者だったが、神という存在をいると仮定し恨みでもしなければ、到底苛立ちが収まるはずもなかった。
ヒュー、ヒュー、ヒュー。
挟窄音が聞こえる。
道理で息が苦しいはずだ。
ああ、俺はもう、死ぬのか。
もう、ダメなのか。
それは、後悔でも未練でもなく。
少年は笑った。
声にはならなかったけれど、大声で「ハハハ!!」と笑った。
それは、決して自嘲ではなく。
心の底から、今自分がこの世から消えるということを、喜ぶ笑いだった。
(これで、満足だろう?)
在るかも知れない神に向かって吐き捨てた。
(良かったな。俺も、満足だよ)
少年は崩おれるように倒れ、そして―――
☆ ☆ ☆
「……久々に生前の夢を見たな」
一人掛けのソファに座っていた男はゆっくりと目を開け、誰に言うでもなくこぼした。
長い柄の鎌が彼のすぐ横の壁に立てかけられている。
彼は目深に被っていたフードを少しだけずらした。彼の着ているコートと同じ、黒くそして深い双眸が覗く。
「……ってことは、今回のは救われないヤツだな」
俺みたいに、と少年だった彼は呟き、気だるそうに立ち上がり鎌を手にした。
「……ふぅ今日も今日とて魂の回収、か。我ながらご苦労さんってな」
鈍色に光る鎌をくるくると振り回しながら、いかにもどうでも良さそうにその暗い部屋をあとにした。