9話 友達と弓矢
「はじめまして!いきなりだけど、僕にも魚の獲り方を教えてよ!」
冒険者ギルドの出張所に昼食を届けた後、初めての村の中での単独行動を許された僕は、その足で河原に来ていた。
昨日、アンと散歩した時に、ちらりと魚を獲っているのを見かけて、気になっていたのだ。無性に魚の塩焼きが食べたい。
そんなわけで、さっそくそこにいた子どもたちに声をかけた。前世でもそれほどコミュニケーションに長けていたわけではないけど、仲良くなる基本を二つ押さえておけば、一応友達はできていた。だから、ここでもそれを使ってみる。
その二つとは、あいさつと、共通の話題だ。共通の話題は何でも良い。天気でも、授業の内容でも、愚痴でも、魚の獲り方でも、相手が共感できることなら何でもだ。
「見かけない顔だな。お前誰だ。」
リーダー格らしい黒髪の少年が、進み出てくる。前世の子どもより、若干筋肉質だろうか。手には弓と、糸のついた矢を持っている。
「あ、俺知ってる。昨日走ってた韋駄天だ!」
後ろの少年が指差して声をあげる。韋駄天?確かに昨日走りには行ったけど、さすがにそれは言い過ぎな気がする。
「僕はイント。8歳。この村の子どもだよ。」
できるだけ無邪気に見えるよう、笑顔で自己紹介してみた。しかしリーダー格らしい子は警戒を解かず、胡散臭そうにこちらを見ている。
実は僕には同年代の友達というのがほとんどいない。学校というものが存在せず、単独行動が許されたのも今日が初めてだからだ。
「この村の子どもはだいたい知ってるはずだけど、お前は知らないぞ。笛は持ってるのか?」
笛というのは、この村の住人に配られている小さな笛のことだ。緊急事態の時に吹けば近くの村人が駆けつける約束になっているらしい。
さっきパッケに渡されたばかりだけど、村の住民である証明みたいな意味もあるのか。
「これ?」
首にかけた紐を引っ張って、笛を服の中から引っ張り出してかざしてみせる。
「ホントに村の子だな。疑って悪かった。俺はレット。12歳だ。魚の獲り方教えてやるから、イントはかわりに走り方教えてくれよ。俺この村の衛兵目指してるんだ。」
リーダー格の少年が警戒感を緩めて名乗ってくれた。目付きは鋭いが、話がわかる奴っぽい。村の衛兵目指してるなら、将来は臣下ということになるのかな?領主の嫡男というのはしばらく伏せるつもりなので、少し気まずい。
「僕はウィン。11歳だ。俺も猟師目指してるから、走り方を教えてくれ。」
続いてウィン君が名乗る。こちらは茶髪の垂れ目で、ものすごく優しそうに見える。
「あたいはサーブレ。9歳。レット兄が走るならあたいも走る!」
次は女の子だ。髪の色は黒で、目つきがやや鋭い。顔立ちがレット君に似ているので、おそらくレット君の妹なのだろう。
「僕はルド。10歳。昨日僕も走ってるの見たよ。僕もあんな風に速く走りたい!!」
ルド君は将来イケメンになりそうな少年だ。魚の獲り方を聞きにきたのに、なぜか走り方を教える流れになっている。走ることが希少なスキルだというのは、どうやら本当らしい。
それにしても、高校生だった前世のイメージが強く、子どもと言えば電車の中やレストランの中を走り回る迷惑な存在のような気がしていたが、こちらの子どもはかなりしっかりしている印象がある。
やはり、身近に魔物が存在して実際に襲ってくるという感覚が影響しているんだろうか。わがままな子は生き残れないとかだろうか?
その場にいた子たちが次々に自己紹介していく中、一人だけ自己紹介していなかった女の子が、隠れていたサーブレさんに押されて進み出てくる。前世ではコスプレ写真でしか見たことの赤毛だ。
「ほら、自己紹介。」
サーブレさんが小声で声を掛けていたが、真っ赤になってウィン君の陰に隠れてしまった。
「この子はフィー。8歳。ちょっと人見知りみたいだな。普段はもっと喋るんだけど。」
ウィン君が本人のかわりに紹介してくれる。前世でも人見知りの子もけっこういたっけ。高学年ぐらいになったら、いつの間にかいなくなっていたけど。
「分かった。じゃあ後で走り方教えるから、まずは魚の獲り方を教えてよ。」
交渉は成立したので、ぐいぐい行ってみる。レット君は得意げに笑った。
「よし!じゃあとりあえず川いくぞ。ついてこい!」
川の方に向かいながら、道具の説明をしてくれる。弓は自家製の短いもので、矢は猟師の家から折れたものを貰って、修理したものらしい。
単純な道具ばかりで、だいたいはイメージ通りだったが、弓の弦や矢に結ばれた糸については、聞いても良くわからなかった。
なんでも林にいるイモムシから取り出した細い糸を撚り合わせたものらしいが、それは前世の知識でもイメージできない。糸を吐く蚕とかのイモムシは知っているけど、繭からではないのだとか。
「よっし。今度弓とかの作り方は教えるけど、まずは見てて。」
レット君とウィン君が、川面に目をこらし、矢を打ち込む。外れたら糸を引いて矢を回収する。糸は腰の糸巻きにつながっていて、結構長いようだ。
場所を変えながら5、6回繰り返したところで、ウィン君の矢が獲物を捉えた。水面が跳ねて、糸が魚の重みに揺れる。
「よっし!一匹目!」
ウィン君がガッツポーズをしながら、糸を引く。レット君は悔しそうだ。
年少組の3人は、川原で五歩離れた位置から、的に向かって矢を射る訓練をしている。
「負けるか!」
レット君が川面に目をこらす。レット君の視線を追って川面を見ると、乱反射の中に魚の影が見えた気がした。
バシュッ !
その影目掛けて、矢が放たれる。僕の目からはかなり正確な射撃に見えたけど、少し奥だったらしく、命中しなかった。
なるほど。釣りより難しそうだ。
これは、釣り針でも用意して、普通に釣ったほうがうまく行くかも知れない。日本史の授業でも、釣り針は大昔の貝塚から出土してたっていってたし。
ん?大昔は、釣り糸って何使ってたんだろう?前世では透明のナイロン製の糸を使っていたけど、大昔はなかっただろうし。普通の糸とか、すぐ切れそうだし、太くすると魚に気づかれそうだ。
針にしても、昔は角や骨を削って作ったらしいけど、何を使って削るんだろうか?教科書には細かい工程は載っていなかった気がする。
よくわからないから、やっぱり釣りは保留かな。
ウィン君が矢から魚をはずし、バケツに放り込んでいる間に、レット君がもう一矢放つが、今度もやや奥だったらしく、また外れる。
横から見ているとわかるが、狙いは正確なのに、なぜか外れていた。
「くっそ。川原での練習じゃ俺のほうが当たるのに、何でいつも負けるんだ。」
ああ、やっぱり。
「レット君、ちょっといい?」
レット君を川の端にある水たまりの横に呼んで、しゃがみこむ。
「何?今ちょっと忙しいんだけど。」
年下のウィン君に負けているせいか、ちょっとイライラした様子だ。
「ちょっと気になったんだけど、これ見てよ。」
レット君から矢を借りて、水面に斜めに突き刺して見せる。
「何してんの?」
首をひねるレット君に、水面のあたりを指さして見せる。
「ここ、曲がって見えない?」
レット君の矢が外れる原因は理科の教科書に載っていたやつだろう。水を入れたコップの底のコインが浮かび上がって見えたりする現象、いわゆる光の屈折。
「あれ?ホントだ。矢は曲がってないのに、何で?」
レット君は自分でも矢を水面に突き刺して見て、自分の拳や底の石を魚に見立てて何度か出し入れをしている。
「なるほど。水の中の見え方は、外とは違うのか。なら、ちょっと手前を狙えばもしかしたら?」
レット君の矢は狙い通りに飛んでいた。当たらなかったのは、光の屈折を知らなかったからだろう。矢で狙っている位置と実際に魚がいる位置が違えば、外れるのは当たり前だ。
ウィン君の矢が当たるのは、狙いがある程度散らばるので、偶然が起こりやすいんだろう。
「なんとなくわかった。」
詳しい理屈や屈折率の式を説明するのはきっと理解してもらえないけど、目に見えるものは伝わりやすい。
レット君はバケツを持って魚を狙いに行って、矢をつがえる。
結果はすぐに出た。レット君の腕はやっぱり確からしい。2回に1回ぐらいは命中して、あっという間にバケツがいっぱいになった。
「すごーい!」
あまりの勢いに、途中からウィン君や川原で練習してたメンバーも集まってきて目をキラキラさせてレット君を見ていた。
それにしても、魚はそんなに大きくないし、常に泳いでいる。それをこんな勢いで命中させるとか、ただ事ではない。
ただ、深い川ではなかったので、20分ほどで魚影が消えてしまった。獲り尽くしたのか、隠れてしまったのか、それはわからない。
魚影がなくなった時点で、魚は全員で分配することになった。
このグループは、一緒に何かした場合の分け前は均等にというのがルールらしい。
皆計算できないとのことだったので、分配は僕がやることになった。暗算でもできなくはないけど、計算ができないなら怪しまれない方法で、ということで、ポーカーでカードを配るみたいに魚を配った。
合計48匹だったので、一人8匹と予言してから配り、予言と一致することを証明して見せると、みんなちょっと驚いたようだった。こちらの世界、驚きのハードルが低すぎる気がしないでもない。
結局、それぞれ獲れた魚をいったん家に持ち帰り、その後再集合してランニングを教えることにした。
読んでいただきありがとうございます。
おかげさまでPVは順調に伸びて、10月17日は1日で118まで伸びました。
ここまではほぼ倍々ゲームです。この調子で行けたら良いですね。
それにしても、読専だった頃は、PVや評価がどれだけありがたいものか知りませんでしたが、読んでいただけているのがわかるというのは、すごく励みになります。
本当にありがとうございます。