53話 嵐の三日間と行商人ギルド
「さて、ではお話しをお伺いしましょうか。」
マイナ先生を賢人ギルドに残して、パッケと二人で行商人ギルドまでやって来たわけだが、案内されたのは明らかに豪華な応接室だった。どうやら、フォートラン伯爵の先触れは思った以上に劇的な効果をもたらしたらしい。
応接室には、行商人ギルドのギルドマスターを筆頭に、ずらりと幹部っぽい人が並んでいる。
「本日は急なお願いにも関わらず、お時間を頂いてありがとうございます。」
8歳だと侮られないよう、できるだけ大人っぽく見えるように、丁寧にゆっくり喋る。プレゼンのための原稿は、マイナ先生が作ってくれていたので、後はそれに沿って喋るだけだ。そんなに長くなく、馬車の中ですぐ覚えられた。
本来はアスキーさん用に作ったのだけど。
「僕はイント・コンストラクタと言います。行商人ギルドの皆様とは、良好な関係を築かせていただければと考えています。」
居並ぶ人たちを見回すと、微笑ましそうにうなずく人や、あからさまな好奇の視線を向けてくる人、無表情を保つ人など、色んな反応が返ってきている。
「さて、今、ログラム王国は塩不足に悩まされていることは皆さんすでにご存知かと思いますが、最近、コンストラクタ男爵領で、塩を産出できるようになりました。こちらがその塩です。」
パッケに塩が入った小さめの壺を、行商人ギルド側に持っていってもらう。壺は、参加者の手から手へ渡されて回っていく。
「ログラム王国内では、今回見つかった場所以外にも、30か所ほど塩を産出する場所があることがわかっています。」
輸入に頼っていた資源を自国領内で産出できる。その破壊力が、ざわめきとなって広がっていく。
「これらの産地を一気に開発して、国産の塩による塩不足解消の計画を立てていたところ、王宮で開催される御前会議に呼ばれました。3日後に王宮で計画を説明せねばなりません。」
マイナ先生は賢人ギルド出発前に、原稿の余白に行商人ギルド側の反応を予測して、アドバイスをいくつか書いてくれた。
情報漏洩の可能性が高いので、馬車に置いてきたが内容ははっきり覚えている。
『商人には利益を最大化しようとする習性があるので、乗っ取りを狙ってくる可能性大!未開発の産地の情報やその情報源などについては教えないこと。また、事業そのものの売却についても、のらないこと。』
結構衝撃的な内容だ。つまり僕は乗っ取りを回避しつつ、協力を取り付ける必要があるわけで、初心者には中々難しい要求だと思う。
「確かに国内で塩を生産できるのであれば、塩不足は一気に解決できるでしょう。素晴らしいことですが、それをイント様が直接説明なさるのですか?」
行商人ギルドのギルドマスターが優し気な笑顔で、尋ねてくる。こんな優しそうな人が、乗っ取りとか考えるだろうか。
「そうなります。本当はフォートラン伯爵閣下か、父上にお願いしたかったのですが、何やら国王陛下からリクエストがあったらしく、私が直接説明することとなりました。」
応接室の中が再びざわめく。国王陛下からのリクエストは、ほとんど王命だとアスキーさんが言っていた。
「イント様のお父上と言えば、昨日武闘大会で優勝されたコンストラクタ男爵様でらっしゃいますな。そのコンストラクタ男爵を差し置いて、イント様がご説明なさるということは、計画を立てていたのはイント様だと言うことですか?」
うなずく僕に、行商人ギルドのギルドマスターは、苦笑いを浮かべた。まぁ実際には僕だけではないが、僕も考えていたのは間違いない。
「なるほど。それは興味が尽きませんな。ちなみに、その塩は何から作っているのですか?」
これは微妙な質問だ。元が温泉だと知られれば、真似することも可能だろうか?本来の目的が塩の自給であることを考えれば、真似されても目的を果たせるとも言えるが、貧乏を脱出しないと嫁にくるマイナ先生に申し訳が立たない。
「それはまだ秘密にさせてください。王宮での説明がうまくいって、事業がうまくいったら、お話しすることもあるでしょう。」
喋ってから、情報を伏せるとこで、不信感を持たれる可能性があることに気がついて、手の平からジットリと汗が出てくる。正解がわからないのが、こんなにもプレッシャーになるものか。
「なるほど。次期コンストラクタ男爵様は優秀でらっしゃるようですね。それで、当ギルドに依頼されたいこととは何でしょうか。」
ギルドマスターは感心したような表情をする。演技の可能性はあるが、とりあえずは間違っていなかったようで、ホッと息をつく。
「お願いしたいことは三点あります。一つ目は塩の流通についてですが、30カ所の製塩所は、大半が馬車の入れない山の中に作られます。塩を行商人の皆様にお売りする場合、どのあたりまで輸送すれば買い取っていただけるのか、またその際いくらぐらいになるのかを教えていただきたいのです。」
行商人ギルドは、隊商、いわゆるキャラバンを取り仕切っているギルドだ。キャラバンは国内の各地を巡って、各地で市を開いているので、キャラバンと取引ができれば、塩の効率的な出荷が可能となる。
「それは願ってもないお話ですね。製塩所の立地が、キャラバンが市を開く街や村の近く、そうですね、1日程度で往復できる距離なら、製塩所まで人足と護衛を派遣して直接買い付けできるでしょう。値段は大壺一つあたり金貨1枚と銀貨5枚といったところでしょうか。」
キャラバンが市で店を開いている間、同行してる護衛や計算のできない人足は何もすることがない。その人手で収益を生み出せるのであれば、行商人ギルドは食いつくはず。マイナ先生はそう言っていたが、その予想は見事に当たった。
「市が開かれる場所から、一日以内ならご協力いただけるということですね?ありがとうございます。製塩所建築の下見の際に人員を派遣していただいてから、具体的に話を詰めましょう。」
残念ながら、まだ、温泉の位置を教えられないので、詳細は詰められない。
「かしこまりました。4日後を目途に人員を用意しておきましょう。御前会議の際は、行商人ギルドから全面的な協力が得られると発表いただければ、当ギルドの名誉となりますので、よろしくお願いいたします。」
「こちらこそよろしくお願いします。さて、二つ目ですが、資金の出資のお願いです。枚数が少ないので申し訳ないのですが・・・」
話し合いに参加した行商人ギルド側のメンバーが思っていたよりかなり多かったため、株式会社の説明のために用意した資料は予備を含めても足りなかった。昨日の晩に手書きしたものだが、パソコンやコピー機がないのは本当に面倒だ。やってみてわかったが、筆記用具も書きにくく、インク補充もしにくい。
一応配るが、二人で1枚にしても行き渡らない。仕方ないので口頭で説明しようか。
「今回の出資にあたっては、『株式会社』という方式を取りたいと考えています。この株式会社という方式ですが、出資と経営を分けることを意識した方式となっています。出資者は出資額に応じて、会社の経営方針に対する議決権を持ちますが、直接経営を行うことはできません。そのかわり、その会社の失敗についての責任は負いません。」
怪訝そうな顔をしながらも、ギルドマスターがうなずく。
「出資者のことを株主と呼びますが、株主は株式会社が利益を得た場合、その中から毎年配当を得ることができます。なお、今回立ち上げる会社では、配当は塩で行うつもりです。」
ギルドマスターの右側の幹部が、手をあげた。質問があるということだろうか?
「どうぞ。」
「それは、利子という意味でしょうか?書類を見た際、出資した元本は返済しないと書いてあったのですが。」
やっぱり、商売人はそこが気になるんだろう。いざという時、貯蓄がないと対応できずに倒産するので、それ次第で出せる金額が変わるはずだ。
「出資は、株券を購入していただくという形式になりますので、借金に対する利子という形態ではありません。また、利益配分は、株券の所有者に配当を行うだけで、元本の返済は行いません。ただし、株券を売買していただくことは自由にしていただけますので、事業拡大等で現金が必要になった場合は売却すれば現金化が可能です。」
質問した人は、思案顔で引き下がった。そして今度はギルドマスターが身を乗り出してくる。
「製塩業はかなり儲かるとこちらでは予想しているのですが、そうであればその儲けを借金の清算に充て、身軽になった方が将来的には良いのではないですか?永久に配当を払い続けるなど、経営者としては考えにくいのですが。」
まぁその通りではあるんだろう。だが、僕らが解決したいのは、塩問題だけじゃない。予定にはなかったけど、アドリブで説明しよう。
「現在、我が国では貨幣が不足して、物の取引がしにくい状態が続いています。聞くところでは、そのせいで反乱が起きたこともあったのだとか。」
話が飛んだように聞こえたのだろう。ギルドマスターが呆れたような苦笑いを浮べた。
「これは、おそらく一部の資産家が貨幣を貯めこんでいる事が原因でしょう。資産家は儲ける手段をもっているので、新たに貨幣を発行しても、蓄えられる貨幣が増えるだけで貨幣不足は続くことになります。」
「そうですね。新人の行商人にも、通貨不足に苦しんでいるものは多くいます。軽くて価値があるものは、貨幣か貴金属か宝石ですが、どれも手に入りにくく・・・。」
ギルドマスターが相槌を打ってくる。行商人にとっては、塩不足よりもこちらの方が余程重要なのだ。
「そうでしょう。この株式会社という仕組みは、出資者にお金を返さず、製塩所の建設や生産や護衛の人件費、さらにはお願いする輸送などでお金を支払うことで貨幣の流通を増やします。そうすれば皆さんも商売しやすくなるのではないですか?」
ギルドマスターの表情が、一瞬で厳しくなる。どうやらもう一つの目的を理解してくれたのだろう。
「一つ伺いますが、この話を商人ギルドに持ち込まれる予定はありますか?」
行商人ギルドは行商を行う商人が所属するギルドだが、「行」がつかない商人ギルドなんて名前ぐらいしか知らない。
「その予定はありません。」
その答えに対する行商人ギルド側の反応は劇的で、一斉に隣の人との意見交換が始まる。
「もし、我々がその株券の購入を引き受けたとして、我々がそれをそのまま商人ギルドのメンバーに売っても問題にはなりませんね?」
ギルドマスターが念を押す。何を言われているのかわからないが、ともかく頷いておく。
「なるほど。我々は株券が値上がりしたところで、商人ギルドの石頭どもに株券を売りつければ、大量の貨幣を得られるわけだ。それを元手に商売すれば、国としては貨幣不足を一気に解消できるし、我々も儲かる。商人ギルドも蓄えていただけの資産を遊ばせずに儲けることができるわけですね。なかなかうまく考えられたものだ。」
あれ?なんか違う解釈をされた気がする。僕の想定では、行商人ギルドには末永く株券を保有してもらって、配当として塩を供給してwin-winな関係を築こうと思っていたのだけれど。
少し考えて、ひらめく。
「そうしていただいても問題はありませんが、例えば同じ方法で別の株式会社を立ち上げるという方法もありますよ。一つのキャラバンを株式会社化して出資を募れば、それと同じことができます。」
アドリブだったが、その答えに、ギルドマスターは目を見開いた。
「素晴らしい。株式会社であれば、小口の出資を複数集めて大きな事業も起こせる。イント様が成功すれば、これはブームになりますな。」
ギルドマスターは嬉しそうに表情を緩める。いろんな株式会社が立ち上がれば、貯蓄されたお金は解放されて、世の中を流れ始めるだろう。
「そのためには、まず資金です。恥ずかしながら、我が家には蓄えがありません。必要な金貨は4万枚ですが、このうち5千枚~1万枚程度の引き受けをお願いしたいのです。」
それを聞いて、ギルドマスターはニヤリと笑う。異様な迫力があって、ちょっと寒気が走る。
「1万枚、しかと承知しました。」
この人、経営計画とか利益見込みとか一切聞いていないけど、大丈夫だろうか。相手は8歳の話を真に受けて、何も聞かずに承諾とか、正気とは思えない。
「ええと、株券は値上がりすることもあれば値下がりすることもあります。最悪会社が破綻すれば、紙くずになりますよ。そんなに簡単に決めて大丈夫ですか?」
一応、デメリットも説明しようとは思っていたのだ。だが、ギルドマスターは笑っている。
「イント様は正直でらっしゃる。ですが、商売において、デメリットを正直に話す者などほとんどおりません。貸した相手が失敗すれば、貸した金が返ってこないことなど、皆心得ておりますよ。それよりも1万枚は、必ずうちに割り当ててくださいね。」
あれ?5千枚~1万枚と言っていたけど、いつの間にか1万枚に固定されているような???
「さて、最後の一つは何でしょうか?実はフォートラン伯爵様から、イント様には時間がないので、手短に話をまとめるよう依頼されておりまして。」
おっと。確かに今日この後資料作りもせねばならないんだったか。急ごう。
「わかりました。最後の一つは、人材についてです。先ほどもお話した通り、我が家は零細貴族の男爵家ですので、輸送の計画と実行を行える人材がいません。可能なら、経営が安定するまでお借りしたいのです。」
ギルドマスターは嬉しそうに頷く。うまく行き過ぎて怖くなってきた。
「それでは、下見に派遣する人員を、そのままお貸しできるよう手配しましょう。しかし、よろしいのですか?我々はあなた方のやり方を真似ますよ?」
それは仕方がない。株式会社の仕組みが広がるのは、もはや止められないだろう。そして、同業他社が現れて競争が起きて塩の価格が下がったとしても、民にとってはむしろ嬉しいはず。
「それは問題ありません。その場合、派遣されてくるのは優秀な方々になるでしょうから、こちらとしてもありがたいことです。」
今は優秀な人材を集める事が最優先。今でさえ孤立無援なのに、このまま会社の立ち上げまでやらされたら、間違いなく詰む。
「ふむ。イント様は良い貴族になられそうですな。人の使い方を心得ておられる。」
それが本当なら、今のボッチ状態は何だろう?明らかに人を使えていない。
ちょっとブルーになりながらも、行商人ギルドとの交渉は終わった。
最近、Lineにオープンチャット機能が増え、作家志望者が集まるところがあったので覗いてみました。
僕の若い頃は、インターネットのチャットなんて若者しかいなかったイメージでしたが、今は結構いろんな世代がいて、なかなか面白いですね。
———お礼———
いつも読んでいただきありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします!




