50話 格の違いと跡継ぎの責任
目の前に、瓦礫の山が出来ている。
人外同士の衝突は、前世ではありえないような破壊をまき散らして終わった。
義母さんが飛び出して観客席を守らなかったら、まき散らされた破壊によって、建物ごと崩壊していただろう。
そのせいで、貴族用の観客席では護衛の騎士が前面に並んで警戒しているし、一般向けの観客席では熱狂から醒めた観客たちが不安げにざわめいている。
それでもほとんどの観客たちが避難しようとしないのは、結果を見定めようとしているからだろうか?
観客席を守り抜いた義母さんは、今は大きな舞台の破片に座って休んでいたが、痣だらけでボロボロの審判が舞台袖から出てくると、審判に何か神術を掛けていた。
審判はフラフラとした足取りで、倒れ伏すシーゲン子爵の近くの、青白い顔で立っている父上に近づき、二人の様子を確認しする。
「今大会の優勝者は、ヴォイド・コンストラクタ男爵であることを、第8代ログラム国王陛下の名において宣言する!」
拡声の神術で、審判が父上の優勝を宣言した。魂が抜けたような観客たちが、一応といった雰囲気で拍手をする。
「これで優勝か。マイナ先生の論文発表の時に声をかけてきたベシク子爵様とか、絶対妨害してくると思ったんだけど、当てが外れたなぁ。」
僕も拍手をしながら、重い緊張を吐き出すように、大きく一息ついてぼやく。
「当て?私の論文発表の時、なんかあったの?」
その場にいなかったマイナ先生が、やっぱり拍手をしながら、首をかしげて尋ねてくる。
「いや、あの時父上にベシク子爵様って人が、すっげー失礼な感じで話しかけてきたんだよ。ちょうど前日に、父上の実力を疑う発言をしている貴族に大会出場を宣伝して関係者をおびき出して、大会で叩くって話をしてたからね。ちょうど良かったんだけど、結局妨害とかしてこなかったし。」
何もしてこなかったのは、本当に意外だった。これで父上を馬鹿にしていた貴族たちに、「ざまぁ!」と言いにくくなった。
「へぇ。そんなことになってたんだ。まぁでも、まともな貴族なら、妨害なんてしないんじゃないかな。」
あれがまともな貴族の言うことだったのかなぁと思いながら、マイナ先生のほうを見ると、ジトっとした目つきのフォートラン伯爵と目が合った。
「お前らそんなこと企んどったんか。ベシク子爵と言えば第三騎士団の団長やないか。予選と準決勝の相手は第三騎士団やぞ。間違いなく意図的に妨害しにきとるで?」
意外な言葉を、フォートラン伯爵がかけてくる。確かにあの時、『我が騎士団』という言葉があったが、妨害にしてはお粗末ではなかったろうか。
「そうなんですか?じゃあ一応成功なのかな?」
父上はどちらにも勝っているので、知らない間に策は成功していたわけだ。それなら、少なくともベシク子爵は父上を馬鹿にできなくなったので、策は成功と言えるかもしれない。
「あほ。成功なことあるかいな。貴族なら、国の利益を損なうような陰謀を巡らすな。国の防衛を担う騎士団の名誉を失墜させてどないすんねん。」
フォートラン伯爵は呆れているらしい。そのまま言葉を続ける。
「それに、コンストラクタ家が制御できない狂犬やと思われたら、お前ら終わりやで?陛下が許しても、側近が許さんわ。」
まぁ確かに。自分から出ていくならともかく、国外追放のお尋ね者とか勘弁してほしい。でも、だからと言って何もしないのもどうかと思うが。
「じゃあ、馬鹿にされても泣き寝入りしておけとおっしゃるのですか?」
「何でそれが泣き寝入りになんねん。この状況で充分やろ。これで誰がヴォイドを馬鹿にできんねんな。それに王命を受けとるんやったら、臣下の身で勝手に策略を追加すなや。臣下同士が争うのを、陛下が望んでるとでも思ってるんか。」
うん。ぐうの音もでない。狙っていたのは貴族内での立場を上げる事で、誰かを追い落とす事ではないのだから、伯爵が懸念するのは仕方ないのだろう。
「伯父様?貴族院では貴族同士が派閥を作って争っていると聞いていますが、それは問題ないですか?紋章院と貴族院も争っていると聞いていますけど。」
マイナ先生が、話に入ってくる。
貴族院というのは、貴族が参加できる国会のようなもので、国の重要施策について、国王に政策を提案したり意見を求めたりされる機関らしい。紋章院というのは、貴族としての血縁管理や、跡継ぎの管理などを行っている機関で、貴族の不正を見つけて国王に報告し、裁判を開く権限なども持っている。
マイナ先生の授業では、機械的に管理して子孫を簡単には貴族と認めてくれない上に、貴族家の取り潰しまでできてしまう紋章院と、紋章官の罷免を提案できる貴族院の仲は悪いと言っていた。
「それは仕組みを作った段階で、相互に牽制しあうように作られとるねん。対立する貴族を無秩序に潰すのとは訳が違うわ。」
なるほど。こちらの世界にも、前世で習った『三権分立』のような、相互牽制の仕組みがあるらしい。
「それなら問題ないです。イント君はあらかじめ、『正々堂々』と戦うようお願いしています。実際、第三騎士団の方々は不名誉と言えるような負け方をしていませんから、これは牽制レベルですよ。」
マイナ先生の反論に、フォートラン伯爵は少し考える素振りを見せた。
「確かに、今回はそんなに悪ないわ。あちらも、陛下の許可を得てやっていたしな。せやけど、そんな小賢しい策を弄さずとも、何とかなってたんやで?ほら、ちょうど陛下のお言葉があるから聞いててみ。」
フォートラン伯爵の視線を辿ると国王用の貴賓席から、きらびやかな衣装の国王陛下が小さなバルコニーに出てくるところだった。母さんに手招きして、横にいた護衛の騎士に何か囁いている。
騎士は国王陛下の言葉にうなずくと、鎧姿のまま軽やかにバルコニーから飛び降りた。7〜8メートルの高さはあるはずだが、気にした様子もなく着地すると、そのまま義母さんの元へ駆け寄る。
義母さんは騎士の言葉にうなずくと、コンパイラを取り出して、陛下に向けた。
それほど大きくない聖紋陣が空中に描かれ、キラキラした光の粒が国王陛下の体に吸い込まれていく。さっき審判にもかけていた拡声の神術だろう。
義母さんの行動で、陛下がバルコニーに出てきていることに気づいた観客たちが、ざわつき始める。
「静粛にっ。国王陛下からのお言葉である!」
すでに拡声の神術により、声が大きくなっていた審判の声で、観客席のざわつきがピタっと止まった。
国王陛下は手に持った錫杖の石突きで、バルコニーの床を2回打つ。二重構造だったのか、その音は闘技場中に響き渡った。場内の注目が、一気に国王陛下に集中する。
「皆、今日はよく戦ってくれた。我が国が変わらず強国である事を、大変誇らしく思う。もしもここに他国の間者がいるのならば、遠慮せずとも良い。存分に今日の試合を本国へ報告するが良かろう。
だが、心せよ。もしもひとたび、そなたらが我が国を侵略することあらば、我が剣は貴様らの首に届くということを!」
響く国王陛下の渋い声に、会場に熱気が戻ってきて、観客たちが雄叫びをあげはじめる。
それにしても攻撃的な演説だ。この大会自体が他国に対する示威行為なんだろうけど、こうまではっきり言うものなのか。
「さて、優勝者のヴォイド・コンストラクタ男爵よ。ここへ。」
国王がバルコニーの下を指して、父上を呼んだ。父上はそれに素直に従って、バルコニーの下で静かにひざまずく。
「皆も知っておろうが、余とヴォイドには浅からぬ因縁がある。
先の大戦の折、二十万の敵に取り囲まれた余らの進む道を、ヴォイドはわずか十五騎で切り拓いて見せた。この試合を見たそなたらであれば、想像できるであろう。それがどれほどのものであったかを。
ヴォイドは、その後も我が剣として大戦を駆け抜け、領土回復の一翼を担って並々ならぬ働きをしてきた。」
国王陛下は、父上について滔々と語る。父上が国王陛下に嫌われていないことにホッとする一方、それがまた厄介事を呼びそうで、少し怖くなってきた。
「余はヴォイドの忠義を知っておる。その後の事は、余にとって不本意であったが、そなたにとっても不本意な事であったろう。あの事件は、未だに解決を見ておらぬ。
だが、だからこそあえて問おう。ヴォイド・コンストラクタ男爵よ。そなたは今も余の臣か?」
義母さんが、目立たないように父上に神術をかけている。例によって拡声の神術だろう。
「私は今も昔も陛下の剣。それを問われるのは心外にございます。」
父上がひざまずいた状態で頭を下げ、短く言葉を返す。演劇の中の騎士がどんなのかは見たことがないけど、多分こういう雰囲気なのだろう。
「ならば、ヴォイド・コンストラクタ男爵!第十三騎士団副団長として軍務復帰を命ずる!併せて、ポインタ・シーゲン子爵にも、第十三騎士団団長として、軍務復帰を命ずる!」
国王が高らかに宣言すると、熱狂が会場を包み込んだ。父上の受諾の言葉は、観客の歓声にかき消されて聞こえない。
「やられた・・・」
まさかここで、父上が軍に復帰することになるとは予想していなかった。
フォートラン伯爵の言う通り、下手な策など弄さずとも、お膳立てはすでにされていたのだ。この試合で、『闇討ちしかできない』などの卑怯者に類するような噂は消えるだろうし、最高権力者である国王陛下に直接任命されたことで、『命令無視の裏切り者』といった狂犬的なイメージも薄らぐ。多分、これでコンストラクタ家の名誉は一気に回復されるだろう。
だが、それはそれで困ったことも予想される。
コンストラクタ領は人口が少なく、それに比例して人材が少ない。もしも義母さんやパッケまで父上の副官として抜けるようなことになれば、統治者を失ったコンストラクタ領はたちまち行き詰まる。
そうなれば、コンストラクタ家は足元から揺らいでしまう。
「コンストラクタ領はどうしたら・・・・」
まずい。頼める人が誰も思いつかない。解決方法も思いつかない。どうしたら良いか、まったくわからない。
明るくなっていく場内での雰囲気が、全部他人ごとになっていく。
「そんなもん決まっとるやないか。当主不在やったら、跡継ぎががんばればええねん。小僧はマイナちゃんが認めた優秀な跡継ぎやねんから、簡単な話やろ?」
楽しそうなフォートラン伯爵の言葉に、気分が沈んでいく。これ、絶対仕返しだ。
「ああでも、まずは4日後の御前会議やな。第十三騎士団はこれから新設される騎士団やから、ヴォイドは明日からそっちにかかりきりになるやろけど、まぁ頑張りや。」
アスキーさんもターナさんも、筆算の普及と学校の設立の準備に忙しくて、最近こちらを手伝ってくれる気配はないし、父上の支援も望めなくなる。フォートラン伯爵は楽しんでいそうな気配すらあるので、手伝ってはくれないだろう。
「私は手伝うからね!」
マイナ先生が両手で小さくガッツポーズをしている。
とは言え、マイナ先生も世間的には筆算の考案者なので、こちらに構ってばかりいられなくなるかもしれない。
これ、もしや詰んでないだろうか———
今回は難産でした。3回書き直しして、約1万文字が無駄打ちに・・・・
しかも何となく武闘大会編が終わっていない気もします。
ちなみに今回のお題は『三権分立』ですが、『三権分立』のような牽制機構自体は一般の企業でも珍しくありません。
例えば経理担当者と営業の戦いも組織的に仕組まれた対立ですが、これを人間的な対立と認識してしまうと心の病になりやすくなりますし、なぁなぁにすると逆に汚職を生みます。
上司と部下の関係もある意味牽制機構に当たりますが、こちらは最近、○○ハラスメントとか言う言葉が幅を効かせて、上司が部下を牽制しにくい環境が醸成されつつありますよね。
何で牽制が必要なのかを理解し、立場的な対立と人間的な対立を分けて考えて、自分に与えられた権力をきちんと使えることが、社会人として求められる素養だと思うのですが、最近えらく極端になってきたなぁと思うのは僕だけでしょうか。
———お礼———
誤字報告をいただきました。いつもありがとうございます。




