48話 ヴォイドと切り札【ヴォイド視点】
アノーテそっくりの技を使うペーパ選手は、まだ意識を取り戻していないらしい。
最後、動揺して無意識にフェイントを入れた上に、力加減を誤ったのが原因だろう。命に別状はないらしいが、申し訳ないことをした。
後で色々聞きに行こう。
ともあれ、次の試合だ。相手はまたしても第三騎士団関係者で、今度は副団長らしい。予選に出てきた騎士たちの練度を考えれば、油断はできないだろう。
入場の途中で観客席を見ると、イントとマイナが身を寄せ合って、楽しげに何かを話している。恋人というよりは、やっぱり仲の良い姉弟に見えてしまう。前世の記憶があると言っても、まだまだウブなものだ。
反対の貴族席の方を見ると、べシク子爵が不機嫌そうに足を組んで観戦していた。睨むように、反対の入り口から出てきた副団長の方を見ている。
ふむ。ベシク子爵は顔に出やすいタイプらしい。
悪感情がどこに向かっているのかは知らないが、プラスの感情ではないのは一目瞭然だ。
論文発表の時に公衆の面前でこちらを侮辱してしまったせいで、引き下がれなくなったのだろう。理性ある大人の世界で堂々と誰かを侮辱し、その侮辱の内容が事実でないと証明されれば、いくら権力があろうとも物笑いの種になる。
今回の場合は、僕が『卑怯者』だと証明できなければ、ベシク子爵は自滅する。今こちらに向いていない刃は、一斉にベシク子爵に向くことになるだろう。
あの時点で周囲の貴族たちが内心何を考えていようと、声に出さなければ、表情を気取られなければ、それはないのと同じなのだから。
まぁ、その程度で騎士団長の地位が揺らぐわけもなく、謝罪すれば挽回できる程度の失点ではあるのだが、その時に謝罪が出来ない程度の度量であれば、いずれその地位も揺らぐことになるだろう。
どちらにせよ、こちらが手を下すまでもない。
「第三騎士団副団長のベイ・ウィフトです。今日はよろしくお願いいたします。」
副長はベシク子爵に組しないことを決めたようだ。握手を求めて笑顔で近づいてくる。
「元シーゲン師団第16斥候小隊隊長、ヴォイド・コンストラクタです。手合わせさせていただき、光栄です。」
がっちり握手を返すと、ニヤリと笑われた。
「さすが。豪胆ですな。」
握手をしたままチラリとウィフト卿がベシク子爵の方に視線をやる。つられて見るとベシク子爵は歯ぎしりせんばかりの顔だ。この状況であの表情を気取られるのはあまり得策とは思えないが、気づかないのだろうか?
「そちらの上官殿ほどではありませんよ。」
皮肉で返すと、ウィフト卿はガハハと笑って、開始位置まで戻っていった。
「双方、構えっ!!」
審判が手を上げ、振り下ろす。同時に銅鑼が鳴り、ウィフト卿の姿が掻き消える。
「まずっ。」
仙術ではないし、聖言の詠唱も聞こえなかった。
相手が何をしたか判断する前にその場を移動しようとしたが間に合わない。ウィフト卿の木剣を一合二合と受け止めるハメになった。仙術で強化してなお、手がしびれる。
三合目にウィフト卿を押し返すと、今度は聖言の詠唱が聞こえ始めた。
「なるほど!これが『剣聖』かっ!」
そこで、まだ軍にいた頃に聞いた噂を思い出す。どこかの部隊に、剣術に聖紋神術をミックスさせて無双する兵士がいたらしい。『剣』と『聖』紋神術で、『剣聖』。安直だが、これは確かに強い。
「『風刃』!」
ウィフト卿が再度突っ込んできて、至近距離で木剣から『風刃』を放つ。こちらのスキをこじ開けるつもりだろう。
「ハッ!」
木剣で『風刃』を切り捨てると、破裂音と共に神術が消える。
ウィフト卿の姿がまた消えた。おそらく聖紋を服か木剣に仕込んでいて、何らかの神術を発動させながら移動しているのだろう。
仙術と剣術との融合で強くなった僕とは対照的に、神術と剣術を融合させて強くなった相手だ。
だが、このやり方には神術と同様の弱点がある。戦闘中霊力を放出し続けなければならない神術は、仙術より霊力の息切れが早い。
まぁ、短時間に押し切られてしまえば、弱点もクソもない。
「くっ!」
『縮地』を使って回避を続けるが、おそらく『縮地』より神術の方がわずかにレスポンスが良いのだろう。徐々に追い込まれて、全身を木剣がかすり始め、上着が破れていく。
ウィフト卿はおそらくここまで霊力を温存してきたはずだが、この一戦で霊力を使い切るつもりらしい。一気呵成に攻めてくる。
「ヴォイド殿!手加減は抜きに願いたい!」
ウィフト卿が氷の針を飛ばしながら声を掛けてきた。確かに切り札はまだ一枚も切っていないが、手加減していたわけでもない。後にはシーゲンも控えているので、できれば温存したかったところだが・・・・。
「承知したっ!」
リクエストに応えて切り札の最初の一枚を切る。体内の霊力を制御して、体内に蓄積した水銀を皮膚の表面に押し出すことで、全身に赤い刺青が浮かびあがってきた。
仙術を極めれば毒が効かなくなり、丹、つまり水銀を体内に取り入れることができるようになる。そして、ある程度体内に丹を取り入れれば、木火土金水の五行のうち金行の術が行使できるようになるというのが、仙術の基本的な修行方法なのだが、そこに一工夫したのが、この技だ。
「なっ!聖紋だと!?」
ウィフト卿は服の隙間から見える刺青を見て、驚愕の声を上げた。
水銀を使って、皮膚に『符咒』と呼ばれる特殊な紋様を刺青として描くことで、仙術はさらに強化できるのだ。本来の『符咒』は神術における聖紋神術に似た技術なので、ウィフト卿の言葉は当たらずとも遠からずといったろこだ。
全身がバチバチと音を立てる。金行と木行の仙術である『雷法』により全身を雷が包み込んだ。
「これが『闇討ち』と呼ばれた男かっ。バカバカしいっ!」
ウィフト卿が慌てて距離を取ろうと動き出したのが、はっきりと目視できた。この状態だと目も強化されるためだ。
その後は簡単だった。退くウィフト卿に追いついて、焦げた匂いを放つ木剣を一振り。落雷のような爆音がして、勝負がついた。
ウィフト卿が白目を剥いて倒れそうになっていたため、『雷法』を解いて頭を打たないよう支えてやる。
「よし、終わった。」
審判は目でキョロキョロと周りを見回し、ようやくこちらに気が付くと、こちらに走ってきた。
「コンストラクタ卿ですか?」
全身の刺青で印象が変わったのだろう。審判が確認してきたので頷いておく。
観客はスタンディングオベーションで盛り上がっていた。
「ウィフト卿は意識がありませんね。この試合、コンストラクタ卿の勝利です!」
審判が右腕を持ちあげて、勝利を宣言してくれた。
観客からの惜しみない拍手と指笛で、少し照れくさくなる。
「次は決勝ですが、このまま行けますか?」
「もちろん。」
審判の問いかけに応えると、すぐに激しい音楽がかかった。入場口を見ると、ムキムキマッチョ状態のシーゲン子爵が音楽に合わせてゆっくりと入場してきた。
やたら嬉しそうに、ノリノリな雰囲気を感じる。
シーゲン子爵はゆっくりと闘技場に上がってくると、筋肉を目立たせるポーズを取り、力を籠めた。
「フンッ!!」
大きな鼻息と共に、全身を刺青が覆う。戦争末期にシーゲンには教えたことがあるが、まさか使えるようになっていたとは思わなかった。
「師匠から教えていただいた『丹咒身』、今こそ使わせていただきますっ!」
シーゲンが場内に響き渡る大音声で宣言する。
正直、こんなところで師匠と呼ばないで欲しいところだが、それよりもイントからの課題の達成が難しくなったことが気にかかる。
相手の実力を引き出すと、けっこうギリギリな勝負になるんではなかろうか———
うぎゃああああああああ!
終わると思ってたのに、終わらんかった。何でだ!!!
———お礼———
ブックマーク7件と評価1件増えました。
も~何と言っていいのやら。とにかくありがとうございます。
ちなみに昨日は評価してくれた方が多かったので、日間の転生転移のファンタジーランキングで215位になっていました。徐々に基盤を固めて、月間にも顔を出したいところですが、やはりなろうの壁は厚そうです。
とりあえずがんばります。




