46話 リスクとチャンス
父上の本戦を見て、前世の常識がこちらの世界で通じないことを、改めて確信した。
ペーパ選手は、ナックス様の時とは違い、目で追えない動きをしていたし、父上はその上をいっている。
これだけ離れて、なお目で追えないというのも、尋常なことじゃないのではなかろうか?
試合中観客席は静まりかえっていたが、父上の勝利を審判が宣言すると、我に返ったかのように爆発的な歓声に包まれた。
舞台上の父上は、何だか動揺しているように見える。やたらと場外に落ちたペーパ選手を気にしているようだ。
「す、凄かったね。イント君。あんまり見えなかったけど。」
「そだね。僕もぜんぜん見えなくて、何が起きたかわからないや。パッケは見えた?」
僕は給仕から受け取ったスプーンの上に盛り付けられた見栄えの良い料理を次々食べながら、後ろのパッケに声をかける。
薄味でない料理がおいしい。開始から、ほとんど何も飲み食いできてないので、フォートラン伯爵がいない間に取り戻しておかないと。
「この距離ですから、一応見ることはできました。どうやらペーパという選手も仙術士だったようですね。最後は旦那様らしい一手でした。」
うん。やっぱりよくわからん。柑橘っぽいジュースを一気飲みする。
「父上らしいって?」
「坊ちゃま風にいうと、『フェイント』と言うやつですね。ペーパ選手も見事に引っかかっていましたよ。」
父上、フェイントを使ったのか。
「それって大丈夫なの?卑怯とか言われない?」
気になるのはそこだ。前世でのフェイントはひっかるほうが悪い類の技術だけど、こちらの文化圏ではどうなんだろう?
「坊ちゃまも心配性ですね。それを卑怯というような方には、先ほどのフェイントは見えませんよ。見える人なら、似たような手段はいくつか持っているでしょう。使ったのは一度きりですし、心配はいりません。」
そんなものか。どちらにせよ、見守るだけなので、どうしようもないのだが。
「あ、イント君、伯父様が戻ってきたよ。」
フォートラン伯爵が、騎士の護衛を伴って帰ってくる。若干不機嫌そうだ。
まだ肩車の件を怒っているのだろうか?
伯爵は護衛の騎士と分かれて荒々しく近づいてくると、元々の席にドカッと座った。
「どうしたんですか?伯父様。」
マイナが心配そうに声をかける。確かに伯爵の様子はちょっとおかしい。
「さっき塩不足対策の御前会議が開かれることに決まってん。4日後や。」
4日後と言えば、フォートラン伯爵が出したマイナ先生との婚約条件、製塩関係の計画作成期限と同じ日だ。
こちらの思惑としては、計画を提出してフォートラン伯爵の婚約の許可をもらった上で、フォートラン伯爵に宮廷に持ち込んでもらうつもりだったが、前倒しが必要になるかもしれない。
「わぁ。それは急ですね。もしかして、それってイント君の計画書も議題になりますか?」
マイナ先生が心配そうに尋ねてくれた。正直フォートラン伯爵に直接聞くのは怖いので、先に聞いてくれるのは本当に助かる。
「せやな。政策の提案書と、製塩業の計画書は早急に作らなあかんわ。説明用の写本も必要になるから、一刻を争うな。」
マイナ先生は困った顔でこちらを見た。
「ということは、明後日の午前中には原稿を上げないといけないね。できる?イント君。」
これは頷かざるを得ないだろう。今そろっていない要素は、流通方法の計画策定、塩田の代わりとなる窯の設計、見積の見直しぐらいだろうか。何だかできる気がしないが、睡眠時間を削れば、何とかなるだろうか?
「がんばります。それで当日の説明は誰に引き継いだら良いですか?」
僕が喋ると、フォートラン伯爵の表情が険しくなった。
「引き継ぐ必要はあらへん。説明はイント、お前がやんねん。」
「は?」
「陛下から直々のリクエストや。実質命令やから、もう断られへん。」
フォートラン伯爵が不機嫌そうに言う。いや、理解が追い付かないんだけれども。
陛下って国王陛下のことだよね?その国王陛下が僕を指名した?こんな下級貴族の嫡男をどうして知っているんだろう?一体誰から?
あの渋いおっさんか?フォートラン伯爵か?
「コンストラクタ家としての方針と違うので、一存では決めかねるのですが。」
悪目立ちするのは避ける必要があるのに、勘弁してほしい。
悪魔憑きの話を聞いてから、不安でいっぱいなのだ。教科書を開いたら出てくる黒い山羊の頭をしたあいつは、叡智の書の天使を自称しているが、見た目は完全に悪魔だ。
もしもあれが悪魔なら、悪魔憑きはレイス憑きよりさらにまずい。検査が不可能で無実を証明する方法がないらしく、しばしば教会は異端認定した人を殺す。
御前会議というからには、重臣がたくさん集まるはずで、中には悪魔憑きを疑う人もいるかもしれない。下手をすれば、叡智の書の天使の存在を見抜ける人がいる可能性もある。
ここはファンタジーの世界だ。先ほど父上がして見せたように、前世では考えられないことを起こせる人たちがいる。
この世界で何が出来て何ができないかなんて、まるでわからない。
やっぱり、目立つわけにはいかない気がする。
「もちろんヴォイドと話せばええ。せやけど、わかってるか?相手は陛下やで?」
フォートラン伯爵は真剣に助言してくれているのだろう。国王陛下はこの国の貴族の盟主であり、並ぶ者のいない権力者なのだから。
父上に話をすれば、確実に諦めそうな気がする。教会が問題視しそうな筆算の発表はマイナ先生が済ましているし、製塩ならばそれほどリスクが高いとは言えないからだ。
「伯父様、イント君がうまく説明して計画が採用されたら、当然、婚約は認めてもらえるんですよね?」
戸惑っている僕を見かねてか、マイナ先生が話を変えにかかってくれた。
マイナ先生も諦め顔だ。今まで教科書の話も、悪魔の話もしたことがないので、当然の反応だろう。
「むぅ。まぁそれはやな・・・・」
「最初より条件が厳しくなっているし、当然婚約祝いもしてくれますよね?」
しどろもどろになる伯爵に対し、マイナ先生は追求を緩めない。
「いや、それはもちろんやけどな。せやけど、多分、血筋的に、小僧は将来女癖悪なるで。さっきも見てたやろ?それでホンマにええんか?」
父上、女癖が悪いとか思われてたのか。確かに、耳に入る噂からすると、そんな気もするけど。
「私もさっきのはびっくりしましたけどね。でも伯父様?伯父様は今何人奥様がいらっしゃるんでしたっけ?」
伯爵の必死な抗弁を、マイナ先生は笑顔で聞き流した。先生の気迫に押されて、フォートラン伯爵の額に汗がにじみ始める。
にしても、やっぱりびっくりしてたのか。今後は誤解されないように気をつけよう。
「よ、4人や。」
マイナ先生が冷たい目で伯爵を見る。男爵で2人、子爵で3人、伯爵なら4人。ちょっとうらやましい。
「でしょう?貴族の義務からすれば、当然の話ではないですか?」
何だか誤解は解けていない気がする。
「それにイント君はまだ子ども。これから私がちゃんと監視すれば大丈夫です。」
監視されるのか。それは嬉しいような、心外なような・・・
「マイナちゃんがそう言うんならしゃあないな。」
なんだか、僕が意見を言う前に、結論を出された。
僕には野心なんてないので、ほどほどに生きていければそれでいい。王家との繋りなんて重荷になりかねないし、教会という不安材料を飲み込める条件も整っておらず、どう判断したら良いかわからない。
「あれ?まだ迷ってる?」
こちらを向いたマイナ先生がイタズラっぽく笑う。そんなに表情に出ていただろうか?
「じゃあ、イント君の案を王家に通せたら、チューしてあげるね。それでどう?」
へ?
「ちょ、ちょっと待てぃ!」
どうも最近筆が遅い気がします。うーん。
———お礼———
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