35話 文明の血液と天下の回り物
「余が無事に即位5周年を迎えることができたのは、あまたの勇士たちがこの国を、陰に日向に守ってきたが故である。今日はそんな勇士の中でも、選りすぐりの者たちが集まった。必ずや日頃磨いた力を存分に見せつけてくれるであろう。臣民よ。ともに楽しみ、そして勇士たちを称えようではないか。」
闘技場の真ん中で、王冠をかぶった渋い雰囲気のオジサマが演説している。顔は離れていて良く見えないが、年齢は30代前半といったところで、声もダンディな感じだ。
多分国王陛下なんだろうけど、ここまで声が聞こえるというのは凄いことではなかろうか。オペラ歌手顔負けの声量である。
「これはジェクティ様の拡声神術ですね。陛下のお声を観客に届かせるなんて、斬新です。」
マイナ先生が小さく呟く。あれ?じゃあこれは義母さんの神術なのか。
「え??斬新なの?」
こそっと尋ねる。それじゃ、開会の挨拶とか、どうやってやるんだろうか。
「そりゃ、斬新だよ。観客に向かって必死に大声で喋るとか、不格好でしょ?普通は陛下が観客に手を振って、観客は声をあわせて王様を称えるだけだよ。」
やがて、演説が終わると観客たちは大きな拍手をして、国王を称え始めた。
ワンテンポ遅れたが、なんとか取り繕って周りに合わせる。
「ジェクティ様はリナちゃんの付き添いだよね?」
拍手が終わり、国王陛下が引き上げた後、立っていた観客たちがわらわらと座り始める。前世の君が代斉唱みたいなものらしい。
「そのはずだけど、何か関わってそうな気もするね。」
その後、出場選手が闘技場に入ってきて、所定の位置につく。選手は全部で40人ぐらいいそうだ。
「あ。やっぱり関わってるね。あれも論文発表の時のやつだ。」
中空に選手のゼッケン番号と名前の一覧が表示されている。ご丁寧に全方位で見やすいよう、四角柱のような形で4面すべてに同じ文字列が表示されていた。これにも見覚えがある。
「父上は・・・まだみたいだね。」
名前をざっと確認し、父上がいないことを確認し、選手をざっと見渡す。
選手は鎧を着ておらず、木でできた様々な武器や盾を持っている。さすがに飛び道具の類は認められていないのか、持っている人間はいないようだ。
笛の音とともに、乱戦が始まる。予選は1ブロックごとに全員同時に戦って、最後の一人が決勝トーナメントに出場できる方式らしい。
「さて、第一ブロックにウチの派閥の者はおらへんみたいやな。よっしゃ、飲むで。」
伯爵に給仕がワインが入ったコップを手渡し、ツマミを準備する。前世で言えば、球場でビールを飲んでいる阪神ファンといったところだろうか。
僕も流れでお酒ではない飲み物を受け取る。
舞台上では、すでに10人ぐらいが戦闘不能に陥っていた。戦っている最中に横から木剣で殴られて気絶したり負傷したりするケースが多そうだ。
立っている選手は、逃げ回っている者、知り合いと背中合わせに戦っている者、神術を使って相手を吹き飛ばしている者など、闘技場は混沌としていて、なかなか見ごたえがある。
その間に、こちらの観客席でも動きがあった。誰が誰だかはわからないが、マイナ先生が座っている側とは反対側の隣に座っていた貴族が入れ替わる。
なんか地味だがイケメンのおっさんで、妙に存在感があった。給仕から受け取った酒を一気飲みで飲み干しているところから見て、けっこう呑兵衛らしい。
「ほんなら小僧。貨幣の流通の改善言うたな。そこを踏まえて、製塩所の資金集めについて話をしてもらおか。」
選手がまた一人倒れるのを見ながら、腹を括る。これもマイナ先生のためだ。
「わかりました。まだ練り切れてないですけど、怒らないで聞いてくださいね。」
でも、やっぱりマイナ先生が説明してくれないかな。先生の方が本職なんだし。
先生を見たら、小さくガッツポーズをされた。がんばれということらしい。
「まず、貨幣の不足がなぜ起きているかですが、これはおそらくお金持ちがお金を貯めこんでいることが原因でしょう。」
僕が切り出すと、伯爵は当然のように頷いた。
「当然やな。せやけど、金持ちに金を吐き出させるのは簡単やないで。金があればあるほど、反抗されたら厄介やねん。」
「もちろんそうだと思います。将来の事業の拡張や非常事態に対して備えようと思えば、お金は貯めざるを得ないものですから、無理やり貯金を吐き出させることは得策じゃありません。」
「じゃあどうすんねんな。金持ちから金借りたらええんか?」
伯爵は怪訝そうに聞いてくる。
「それも、結局は返さないといけないし、返してしまえば結局以前より多いお金が貯めこまれて流通しなくなるだけです。」
「まぁそやろな。」
あ、背中合わせに戦っていた二人組が、神術にまとめて吹き飛ばされた。あれは場外になるのかな?
「だから、お金持ちのお金を貯めるという目的を壊さず、お金を返すことなく、資金調達をする必要があります。」
伯爵が首を捻り始める。
「金返せへんておかしいやろ。それで相手が納得するかいな。」
「それを可能にするのが『株式会社』という仕組みです。」
ますます首を捻る伯爵。闘技場の方では、選手が残り3人にまで減っている。けっこう展開が早いらしい。
「『株式会社』?なんやそれ?」
伯爵はワインを一口飲み、続きを促す。隣の渋いおっさんは、面白そうに3杯目の果実酒をあおっている。この話は酒の肴になるような話だったろうか。
「別に業種は何でもいいんですが、僕たちがやろうとしているのは製塩業なので、それを例に話をさせてもらいますね。」
3人のうち、神術士が剣士の猛攻に耐え切れず、負傷して動かなくなる。残りは2人。
「以前、伯爵に説明させていただいた際、金額についての精査がないということだったので、ここ数日、マイナ先生と積算してみたんですが、建物や魔物除けの柵、輸送用の馬車等、もろもろの費用で、最初に必要な初期費用は小さな製塩所一つにつき、だいたい金貨千枚程度必要になるかと思います。」
金貨千枚。平民が一生かかって稼げるか微妙な額らしい。まぁここにいる人たちならポンと出せる人もいるかもしれないが。
闘技場の2人の戦い白熱してきていたが、伯爵はこちらを気にしているようなので、話を続ける。
「現在判明している塩の温泉の数はこの国に30か所ありますので、すべての温泉に製塩所を用意した場合、千枚×30か所で3万枚相当のお金が必要になります。」
伯爵はしばし考え、首を横に振った。
「残念やけど、その規模やと予算はおりひんわ。」
伯爵の言葉は予想の範疇だ。
「それを国に出してもらおうとは、今は思っていませんのでご安心ください。
ちなみに、現在は塩が不足して高値となっていますので、もしもすべての箇所でコンストラクタ領内と同程度塩を生産できた場合、一箇所あたり月額で金貨3百枚の儲けが見込まれます。これは経費を除いた純粋な儲けの額です。」
「ということは、30か所やから9千枚分やな。すごいやんか。」
伯爵はすぐさま暗算で答えをはじき出す。貴族ならこれぐらいは簡単なのか。
「そうですね。『株式会社』というのは、利益を分配する仕組みでもあるので、その利益を良く覚えておいてください。」
闘技場では、片方の選手の木剣が跳ね上げられて吹っ飛び、勝負がつく。
司会者が最後に残った選手の名前を読み上げると、観客からの拍手と指笛が贈られる。
その後担架を持った係員と治療班らしい人が出てきて、怪我人の治療と搬出が始まる。けっこう過激なイベントだったらしい。死人とか出るんじゃなかろうか。
飲み物を飲み、甘みのないクッキーっぽいお菓子をつまむ。
「この席の周りだけ盛り上がってないんですけど、大丈夫なんでしょうか?」
この席の周りは、なぜだか拍手もまばらだ。
「さほどええ試合でもないから、かまへんわ。それよりも続きや。」
「わかりました。この『株式会社』というのは『株券』という券を売って出資者から資金を調達することから始まります。この株券は持っている枚数に応じて、会社の大まかな経営方針を提案したり承認したりする権利と、利益の一部を受け取る権利を得ることができます。」
伯爵は少し考える。
「借金の証文みたいなもんかいな?」
惜しい。
「いえ。ちょっと違います。借金の証文はお金を返すためのものですけど、株券はお金を返しません。一度出資者に売ったら、そのままです。その代わり、出資者はその株券を別の人に売ることができます。」
そう、株券は売れるのだ。前世でも、株式市場という株式を売買する専門の市場があったぐらいだ。
「なるほど。お金が必要になったら、株券を売ればええんか。それがお金を貯めるっちゅう目的を壊さずに、お金を返さない秘密っちゅうわけや。すごいやないか。」
隣の渋いおっさんが、身を乗り出してきた。
「ちなみに、配分する利益はどのくらいにするつもりだ?」
このおっさんに話して良いかわからず、伯爵を見ると、伯爵は頷いたので話を続ける。
「今のところ、月に千枚程度を領主や国への税、2千枚を経営する人たちへの報酬、3千枚を新規温泉の開発やより効率的な製塩技術を開発するための経費、残りの3千枚を出資者への配当にするのが適当ではないかと思っています。」
おっさんは感心したような顔になっている。
「ならば、出資額は1年足らずで回収できることになるな。その後も配当は続くのか?」
「もちろん続きます。ただし、塩の供給量が上がってくれば、塩の価格は下落する可能性が高いと考えられますので、利益自体が少なくなる可能性もあります。そうなれば、配当額も小さくせざるを得ません。」
おっさんは困ったような顔をする。
「なぜ塩の供給量が増えると、塩の価格が下がるのだ?」
またそれか。需要曲線と供給曲線の説明、一体何回目だ。
「フォートラン伯爵にはご説明させていただいたんですが、需要と供給と価格の間には密接な関係がありまして・・・・」
チラリと伯爵を見ると、察してくれたのか、苦笑いした。
「それについては、後で詳しく説明させてもらいますわ。」
伯爵がフォローに入ってくれる。伯爵、何かちょっと気を使っている雰囲気があるな。このおっさん、何者だろう?
「まぁ良い。ということは何か?株券の売値も、売り上げによって下がることもあるということか?」
なんか察しも良いな。ちょっと怖い。
「その通りです。もちろん値上がりする可能性もあります。持ってるだけで配当がありますから。」
伯爵も乗ってくる。
「そらおもろいな。株券を値下がりした時に買うて、値上がりした時に売ったら、儲けがでるやんか。」
その通り。前世ではそういうことをする人を投資家って言ってた。逆に言うと、そういう人たちがいないと現金化が難しかったりもするんだけど。
「それで、実際にどのくらいの塩が取れるんだ?塩は民に行き渡るのか?」
あれ?このおっさん、なんか見るポイントが今までの人と違うな。やっぱり違和感がある。
「実際に製塩を試したのはコンストラクタ領内の一箇所だけですので、確かなことは申し上げられませんが・・・・。マイナ先生、どうだったっけ?」
黙って聞いていたマイナ先生に聞いてみる。確かマイナ先生が昨日の夜計算していたような気がする。
「国内の30箇所すべてがコンストラクタ領内と同等の生産量だったと仮定して、国内需要の2割ほどになるのではないかと計算結果がでました。まだ荒い計算なので、さらに細かく計算する必要はありますが、行き渡るというのは絶望的ではないでしょうか。」
少し申し訳ない気もするが、元々これだけの策ではなかったのだから仕方がない。
「ふむ。なるほどな。」
おっさんが呟く。何かを考えているようだ。
しばらく沈黙が続いたところで、観客たちから歓声があがった。
見ると、予選第2ブロックの選手が入場してきており、その中に前回の優勝者であるシーゲン子爵の姿が見えた————
学生時代からずっと疑問に思っていたことがあるんですが、歴史の授業って、何で古代から始まるんですかね?日本史とか世界史とかって、現代がどうやって出来上がったかを知れて、いろいろ含蓄があることを学べるはずなのに、古代から始まると現代と違いすぎてほとんどファンタジーですよね。
それに何だ。年表を覚えるって。それ重要か?
図書館で歴史の教科書を見てると、昔の感覚が蘇ってきました。
歴史は因果関係を把握するためにも、近代からさかのぼって流れを追って行ったほうが良いと思うなぁ。なんて思ったり思わなかったり。
———お礼———
毎日お読みいただきありがとうございます。
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