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32話 王命と父上の過去

「これは王命である。」


「はっ!」


 マイナ先生と何か飲もうと、このフロアのサロンに顔を出すと、軽装の騎士に父上が膝をついている場面に出会した。


 思わず足を止める。


「ヴォイド・コンストラクタ男爵に、3日後に開催される、陛下の即位5周年記念武闘大会への出場を命ずる。内外に持てる最高の力を示し、優勝せよ。」


 父上が息を飲み、一瞬硬直した後、深々と頭を下げた。


「謹んでお受けいたします。」


 父上は頭を下げたまま、命令書を受け取る。そして、立ち上がった。


「確かにお伝えしました。陛下に何かご返答はありますか?」


「お気遣い感謝します、と。」


 父上は言葉少なく、騎士に返事をすると、騎士は頷いて退室していった。


「あれは近衛騎士様だね」


 マイナ先生が耳元で囁いてくれた。近衛騎士って言うと、国王の身辺を護る騎士か。


「何事ですか?父上?」


 騎士の足音が遠ざかって、聞こえなくなったところで、父上に声をかけた。


「ああ、イントか。ちょっと王命で、武闘大会の出場を命じられたところだ。」


 父上は命令書の封をナイフで開けて、中身に目を通す。


「ふむ。武闘大会と言うのは初めてだが、王命ではやむをえまい。」


「父上は武闘大会に出た事ないの?」


「ないな。戦場では対策された奴から死んでいくんだ。大会なんぞで技を晒せば、それだけ対策されやすくなるだろう?」


 命令書から顔を上げず、父上が返事を返してくる。


「おお、優勝すると賞金が出るみたいだ。優勝で金貨3千枚、準優勝で千枚。塩の件で必要ならそっくり使っても良いな。そこまで行けたらだけど。」


 賞金はありがたい。だけど、他にも気になる事がある。


「父上、王家の気遣いって何なの?」


 父上はあの騎士に言ったのだ。お気遣い感謝しますと。


「ああ、そろそろ伝えておいた方が良いかもしれないね。我が家が世間でどう見られているか。マイナもちょっと座りなさい。」


 3人分のお茶を運んで来たマイナ先生も呼び止めて、父上が語り出した。


「僕ら4人が元々冒険者で、斥候部隊だった話はしたことがあったと思う。僕たちは戦時中、敵の勢力圏内に入り込んで、輸送部隊を襲って物資を燃やしたり、捕虜を解放したり、敵の指揮官を半ば暗殺のように倒す仕事をしていたんだ。


 それはかなりうまく行っていて、捕虜にされた王族を救出したり、敵の有名な将軍を倒したり、敵兵を飢えさせたりして、本隊を支援していたんだ。


 そんなことをしてるうちに、我が軍は一時王都近くまで押し込まれていた戦線を、元々の国境線まで押し返すことに成功した。今にして思えば、当時、僕は騎士道を重んじる貴族たちから、かなり嫉妬されていたんだと思う。

 味方の貴族から公然と卑怯者扱いされていてね。『闇討ち』のヴォイドなんて二つ名で呼ばれてたりしたんだ。闇討ちしかできない臆病者と言われたこともあるよ。


 まぁそれくらいなら、戦争が終わった後冒険者に戻れば良いだけの話だからね。僕は気にしなかった。


 ところが、敵軍の総司令官を2回ほど暗殺したあたりから、雲行きが変わってきた。」


 どこからツッコめば良いのか。父上は本当に人間だろうか?忍者か何かじゃあるまいか。


「ちょっと待ってください。公式記録では、ナログ共和国の総司令官が2人、立て続けに病死したことになっていますが、あれは暗殺だったんですか?」


 マイナ先生が驚いた様子で割って入った。


「ああ。あれは上からの命令で僕らがやった。士気に関わるから、公表されなかったんだろう。


 まぁともかく、厳重な警備の中、総司令官の暗殺を立て続けに成功させたせいで、味方のはずの貴族たちが疑心暗鬼に陥った。僕がその気になれば、自分たちはもちろん、王でさえ暗殺できるのではないか、とね。


 どうやら敵もそう思ったらしいよ。だから、両国は停戦条約を結んだんだ。


 だけど、僕らにその連絡はなかった。僕たちは何も知らずに、停戦条約締結後に3度目の暗殺を実行に移した。


 当然というか、計画は漏れていて、待ち伏せまでされたよ。それでも何とか任務を果たして帰還してみれば、今度は命令無視の戦犯として拘束された。」


 漢文のテストで見た、古い中国の故事にこんな言葉があったな。『狡兎死して走狗煮らる』だったか。兎を狩り尽くした猟犬が、最後に煮て食われる。まんまじゃないか。


 マイナ先生は黙って聞いている。すでに知っている雰囲気だ。


「ナログ共和国からは、身柄の引き渡し要求があったらしいし、国内でも命令無視ということで、処刑すべしという論調もあったらしいね。でも、幸いというか、敵陣から救出したことのある王族の方々が僕を弁護してくれた。


 結果、僕は助かったけど、あの国とは微妙な停戦状態が続いている。で、王都の貴族にはそれを快く思わない連中が多いんだ。

 だから僕は今でも、卑怯な手段で手柄を立て、王族に取り入り、停戦条約を破って我が国に恥をかかせた平民上がりの貴族と思われている。正々堂々戦わなかったのも、大会に出なかったのも、実力がなかったせいだとも言われてるね。


 今回の陛下の命令は、大衆の前で実力を見せつけて、僕の名誉を回復させるとともに、僕が陛下に従う姿勢を周辺国に見せつけることで、抑止力を働かせようというものなんだろうさ。」


 だから、父上は塩不足の問題にこだわりを持っていたのか。


「だからまぁ、イントもこれから色々言われることもあると思う。ウチに来るならマイナもだ。僕の不名誉を引き継いでしまうのは、親として申し訳ないが、覚悟はしておいて欲しい。」


 前にギルドのお姉さんも言っていたが、特に父上に非があったようには思えない。


「マイナ先生、価値観が違うのか、ちょっと良く理解できてないから教えて欲しいんだけど、この国で夜間の奇襲が卑怯と言われているのは何で?」


 マイナ先生がこちらを向いた。少し考えてから話し出す。


「個人的な意見ですけど、十数年前に流行した叙事詩が、貴族の騎士道に影響を与えたんじゃないかと思います。主人公の騎士が正々堂々名乗りを上げて突撃して、勝利を収めるシーンが人気で、前の戦争でも真似した貴族が多くいたようですから。」


 なんか鎌倉時代ぐらいの絵を思い出しすな。海を渡って攻めてきた元の兵士に、馬で名乗りに出て殺されそうになってる武士が描かれているやつ。


 そりゃ負けそうになるわ。


「でも、そんな貴族は一部だと思いますよ。ヴォイド様に命令してたのが軍で、命令していたことが記録に残っていることから見ても、夜間の奇襲はタブーじゃありません。」


 マイナ先生が締めくくる。つまり、父の不名誉の要因は闇討ちじゃない。


「じゃあ、マイナ先生から見て、父上の不名誉が残っているのは何でだと思う?」


『不名誉』という表現を使ってしまったせいか、マイナ先生が少し言いにくそうにする。


「先ほどまでのお話の印象だと、ヴォイド様の武勇が人間離れしすぎていて、胡散臭いことと、やはり最後の命令無視の印象のせいでしょうか。」


 さすがマイナ先生。うまいこと問題を分割してくれた。『胡散臭い』なら解決できる。実際に見せられるからだ。


「うん。やっぱり僕には父上が悪いとは思えないかな。」


 父上は嬉しそうな顔をしている。


「ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しいよ。でも、外であまり言わないようにね。」


 父上にしては卑屈な気がする。だから村に引きこもっていたんだろうか。


「じゃあこうしよう。次の武闘大会、その叙事詩に出てくる騎士みたいに正々堂々行動してみてよ。相手に実力を出し尽くさせて、その上でお客さんにもわかる圧倒的な実力で優勝しよう。」


 僕の予想が正しければ、それで胡散臭さは軽減できる。国王陛下の狙いも多分それだ。命令無視ではなかったという名誉挽回は、また別途方法を考えれば良い。


「ついでに、機会があれば大会出場を宣伝して、父上の実力を疑う発言をしている貴族の関係者をおびき出して、まとめて叩き潰しちゃおう。」


 父上が困った顔をし始めた。


「それはちょっとどうかと思うぞ。戦場では相手が実力を出す前に倒すのが鉄則だ。」


 また戦場か。完全に口癖だなぁ。


「父上、武闘大会は戦場ではなく見世物です。不名誉を引き継ぐのが申し訳ないと思うなら、跡取りのお願いを聞いてください。」


 父上はしぶしぶといった様子で頷いた———




大阪市の阿倍野図書館には、小学校から高校までの教科書が全部置かれてます。


こんな小説を書いているので、ホントは手元に欲しいのですが、場所を食うので実物を買うわけにも行きません。しかも電子書籍になっておらず、公開もされていないので、ネットから検索してもドンピシャな内容が出て来ません。


結果、ごくたまに取材に行くことになるのですが、自分が勉強していた頃と内容が変わっていたりして、けっこう面白かったりします。


中でも、高校の『科学と人間生活』は秀逸で、自分が異世界転生するなら、政治経済の教科書よりこっちを持って行きたいと思うほど。

こんな面白い教科書なのに、教科自体見たことないのは何でなんでしょうか。カリキュラム変わったんでしょうかね?それとも学科依存系の教科書なんでしょうか?



———感謝———

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