30話 狸と条件
さすが本職というべきか。
アスキーさんの説明は滑らかで、説得力があった。
まず塩問題の解決策について、フォートラン伯爵から王家に提言してほしいという結論から始まり、市場の原理、需要と供給のグラフによる原因の分析、そして行商人のコスト構造を説明していく。
そして、それぞれについて、対応策が示された。
石版にはいつもの4項目が大きく書き込まれている。
1.塩の上限価格撤廃
2.国内での塩資源調査(岩塩、塩湖、温泉等)
3.塩の新規輸入経路の開拓
4.塩にかかる費用の減免や補助金支給の実施
だが、僕が説明した時のアスキーさんほど驚いている様子はない。
「さすが我が弟や。経験もないやろに、ええ手土産やで。せやけど、いくつか足らんところもあるわ。まず1は、今はまだ言わんでええ。王家への批判は命取りやわ。他をやれば価格が下がるんやったら、成功してから撤廃を提言すればええ話や。」
バッサリと一つ目の策が切り捨てられる。
「2もやな。漠然と資源言うても、そんなもんホンマにあるんか?」
アスキーさんがそれを聞いて、そそくさと追加説明を始める。塩壺の出番だ。
「調査の目処はたっています。これはコンストラクタ領内で見つかった温泉から採取した塩になります。とある美容の専門家の研究成果を元に捜索したもので、その研究者に命令すれば、類似の温泉を他にも発見できる可能性は高いものと考えます。」
テーブルの上に塩壺が置かれて、中身が示される。フォートラン伯爵は、興味深そうに塩をひと舐めした。
「ふむ。確かにな。しかし、ここでコンストラクタ領が出てくるんか。」
フォートラン伯爵がギロリと父上を睨んで、ついでに僕の顔も見ていく。
「で、これを生産、流通させる方法は用意しとるんかいな。」
「それは、王家かフォートラン家にお願いしようかと。」
アスキーさんが正直に答える。
「それは見込みが甘すぎるわ。まぁそれは後でええ。次や。3やけどな、塩の高騰の原因、知っとるか?」
アスキーさんが首を横にふる。
「うちの国の塩は、東側にあるアンタム都市連邦から100パーセント輸入されとる。その国の製塩所が二つ、放火されてしもたんや。うちの国は再建のために見舞金をぎょうさん払ろたったんやけどな。再建が進まへんところを見ると、流用されとるかもしれん。」
そうだったのか。さすが中央、そういう情報も掴んでいるとは。
「うちに面している国で、アンタム都市連邦の他に海を持っとるんは、ナログ共和国のみや。新規輸入経路を確保するなら、ナログ共和国ちゅうことになるが、両方の国におる強硬派のせいで、貿易の再開すらままならん。すぐには無理や。」
父上が苦い顔をしている。まぁ高校生レベルの素人の考えた政策だし、プロから見ればこんなものなのだろう。
「4については、2の問題点と一緒や。予算は無限やない。政策を献策するんやったら、金のこともきちんと説明せんかい。減免したら収入減るやろ、補助金出したら支出増えるやろ。
2の施策かて一緒や。温泉近くに製塩所作るんやったら、建物の費用に生産、防衛のための人件費もかかるやろ。それを運ぶ馬車もや。それなんぼになるねん。」
まくしたてるように、フォートラン伯爵が指摘を積み重ねてくる。辛口だが、それが正しいことが理解できてしまう。
「ちなみに儂は軍事畑の人間や。軍事費以外に国の予算を増やそう言うなら、反対に回る立場や。金の問題をどうにかせんうちは、協力せんからそのつもりでな。」
金策のやり方なんて知らない。前世の両親は小遣い以外に絶対お金を貸してくれない人たちだったし、今世ではこないだの銀貨2枚が生まれて初めての現金である。
お金の扱いなんてろくに知らない。習った記憶もない。
「わかりました。ちょっと検討してみます。」
アスキーさんが引き下がった。どうやら一筋縄ではいかないようだ。
「あんじょうがんばりや。さぁ次は楽しみにしとったマイナちゃんの発表やな。そんな辛気臭い顔しとらんと、次行くで次。」
フォートラン伯爵は一転して笑顔になると、マイナ先生を見た。マイナ先生、気に入られてるなぁ。
「では、こちらが論文になりますので、お渡ししますね。」
マイナ先生は黒革で装丁された論文を、フォートラン伯爵とその息子に渡す。貴族向けの写本は豪華だ。
「ちなみにこの中身を筆写したんは、マイナちゃんか?」
「はい。私が書き写しました。」
「そーかそーか。それはええもんもろたわ。ウチの家宝にするわ。」
フォートラン伯爵はものすごく嬉しそうだ。それに対して、息子はものすごく複雑な顔で、論文を開いていた。
「では、ご説明させてもらいますね。」
マイナ先生が流れるように説明を始める。原稿も持ってないところをみると、完璧に覚えているのだろう。
最初は、現在の数字の記載方法や算木の問題点をあげ、その改善方法としてアラビア数字と計算記号による式の記載方法を説明していく。
伯爵は感心した様子だったが、息子は少しホッとした様子だった。
その後、筆算の計算式の説明にうつり、四則それぞれの筆算のやり方に進んだ。
その途中、掛け算の難易度に触れ、九九の説明をして、その覚え方として、ストリナがたどたどしい歌を歌いだすと、今度は伯爵が複雑な顔をし始めた。
そして、この方法が広まることによって、計算ができる者が増えた王国の発展を語る。
マイナ先生は15歳には思えない落ち着きっぷりで、完璧なプレゼンだった。
「うむ。やっぱりマイナちゃんは素晴らしいわ。これは今後どう広めて行くんや?」
さっきより、伯爵の声が柔らかい。視線はマイナ先生の両親の方を向かう。
「それについては、わたくしから説明させていただきますわ。」
ターナさんが羊皮紙を1枚差し出す。予定にはなかったけど、流れを読んでいたかのように、サッと資料が出るあたり、キャリアウーマンって感じがする。
「これは、先ほどの筆算を組み込んで、読み書き計算、礼儀や体術などを大人数にまとめて教え込む教育機関の設立計画です。我々はこれを、『ガッコウ』と名付けましたわ。」
伯爵は羊皮紙をざっと読み、目を見開く。
「一度の授業で30人を教えるんか。効率は単純に30倍やな。せやけど、貴族は格式を重んじるから、子弟を通わせへんのちゃうか?」
見栄っ張りな貴族が、特別扱いされない学校を選ぶかという問題らしい。こちらの世界特有の問題なのでよくわからなかったが、ターナさんは微笑んでいた。
「もちろん、最初のガッコウには教えを受けること自体が誇りとなるような、高名な教師を入れますわ。その上で、入学のための選抜試験を行えば、必ず貴族は集まります。」
それなら、見栄っ張りな貴族も、選ばれたがるかもしれない。
「せやな。それならなんとかなるわ。王家と賢人ギルドが組めば環境面も問題ないとして、あとはやっぱり資金面やな。」
さっきからやたらお金を気にしているな。この国はそんなに資金が足りていないのだろうか。
「当ては・・・その様子なら、まぁないんやろな。」
これまでに説明した案件、全部に課題を残されてしまった。残る案件は僕らの婚約だけだけど、マイナ先生が溺愛されていることを考えると、そのまま了承されなそうだ。
「最後の用件は婚約やったか?その話をする前に、何で中途半端に情報を伏せとるんか、教えてもらおか。
ここに同席を許されとるちゅうことは、コンストラクタはこの件に深く関わっとるやろ。
塩の件もコンストラクタ領内で発見されとるし、九九の歌もコンストラクタの娘が歌とったしな。
あとは、そこの小僧は領内で村人相手に軍事教練を始めたそうやな。走法と弓術やったか?」
こちらの世界の人をちょっとナメてた。背筋がゾッとなる。
「しかも、その走法は今まで知られていないものらしいな。そこの小僧が馬車と一緒に王都まで走ってきたのも知っとるで。あれは何て言う走法やねん。」
隠すって発想自体がなかったけど、そう言えば走るのも特殊技術だったんだっけ。弓は皆元々やってたから、僕が教えたっていうのも語弊がある。でも、ここまで情報が筒抜けってのも恐ろしい。
気がつくと、全員の視線がこちらに集中していた。父上までこちらを見てる。
これはもう誤魔化せない。
「教えていたのは、ピッチ走法とストライド走法の2種類です。」
体育の授業の時に習ったことを必死に思い出して、走り方の名前を答える。それを見て、伯爵が面白そうに笑った。
「ほう。それを当主のヴォイドではなく、お前が答えるんか。」
そりゃ、父上は走り方の名前なんて知らないだろうし。
「申し訳ありません。でしゃばりすぎました。」
どうも試されたらしい。謝罪して引き下がるが、多分もう遅い。
「申し訳ありませんやないわ。だいたいやな。結婚相手は私より賢い人が良いとか言ってワシからの縁談を全部断っとったマイナちゃんが、自分から婚約を申し込んだことからしておかしいわ。そらつまり、お前の方がマイナちゃんより賢いとマイナちゃんが思ってるってことやろ。廊下でお前のことを黒幕って呼んどったのも聞こえとるわ。
全部お前中心に回っとるやないか。
せやのに、関わっとることを伏せて、手柄は全部ウチのもんか。気持ち悪すぎるわ。
ヴォイド、そこんとこどうやねん。そこのイントとか言う小僧が何者かも含めて、ワシに説明する気はないんか?」
うん。こんなにあっさりバレるとは、やっぱりこっちの世界の人を舐めてた。これは言い逃れできない。
父上は肩をすくめて、こちらにアイコンタクトを取ってきた。父上もあきらめたらしい。うなずいておく。
「知る人間が多くなると、いらぬ疑いを掛けられるかと思い、伏せさせていただきましたが、そこまでおっしゃるのであれば、すべてご説明させていただきます。」
父上が話始めた。僕が魔物に襲われて負傷した話、ショックで前世の記憶が戻った話、その前世がどうやら別の世界である話、そのために別の世界の知識がある話まで、正直に伝える。
「つまりあれか。レイス憑きっちゅうやつか?」
ああ、やっぱり誤解された。そうなるよね。
「いえ。検査していただいても結構ですが、イントはレイス憑きではありません。」
「それは後日でええわ。検査すればわかるちゅうなら、伏せんでええやろ。コンストラクタ家的にも、功績譲るんはあかんやろ。」
「塩不足で保存食を作るのが遅れれば、民が飢えます。しかし我が家を嫌う貴族家は多く、対策が遅れれば被害は大きくなります。一刻も早く対策するため、伏せました。」
フォートラン伯爵は少し納得した顔をした。
「しょーもない嫉妬を気にしとるな。じゃあ筆算の件はどうなんや。」
「あれには、教会が300年否定し続けた概念が含まれています。8歳のイントが考案したとなると、普及する前に異端審問官が動く可能性があります。」
「ああ、悪魔憑きっちゅうやつか。そりゃ厄介やな。」
悪魔憑き?また知らない単語が出てきた。
「学校についてはどうなんや?」
「それは存じ上げません。イントが前世で12年間、ガッコウに通ったという話は聞きましたが、その程度ですね。」
伯爵はアスキーさんを見る。
「それについては、イント君から話を聞き、現状の教育方法よりも効率的であったため、ターナと共に聞き取りを行ったものです。」
アスキーさんがすかさず答える。
「そりゃええ判断やったな。マイナちゃんはええんか?さっきの話やと、ヴォイドは異端審問官への防波堤にマイナちゃんを使う気やぞ。」
今度はマイナ先生に話が振られる。
「元よりそのつもりです。多分イント君は面倒がってるだけのような気がするんですけど、異世界のお話をいろいろ聞けるなら、多少の危険は目をつむります。」
あ、今先生、余計なことを言った。ほら、伯爵の目つきがきつくなっていく。
「何やて?マイナちゃんを危険にさらしといて、その理由が面倒やて?ホンマか?」
睨みつけられた。
「い、いえ。そんなつもりは・・・・」
うまい言い訳が出てこない。確かに面倒くさいとは思ったけど、きっと他にも何かあったはずだ。
「面倒臭くないんやったら、とりあえずその豊富な知識で、製塩関係の資金繰りからなんとかしてもらおか。もちろんコンストラクタ領だけちゃうで。うちの国にある塩のとれる温泉すべてを、一気に開発するための計画を一週間以内や。冬に間に合わんかったら意味ないさかいな。それができたら、怪しい身の上は飲み込んで、婚約でも王家の口利きでも、何でもしたるわ。」
言い訳できないうちに、とんでもない条件をつけられてしまった。
「ええと、それは僕だけでやらないといけないんでしょうか?」
伯爵が悪戯っぽく笑った。
「ああ、ここにおる人間の手なら借りてええけど、この話を別の貴族に持って行くんはナシやで。」
別の貴族を嫌がるということは、まだ脈があるということか。ただ挨拶すれば良いだけと思っていたけど、なかなか思い通りにはいかないものだ。
「わかりました。やってみます。」
僕がそう答えたところで、お開きになった。伯爵は「楽しみにしてるで!」と言い残して、部屋を出て行く。ついて行った伯爵の息子の強ばった表情が、なぜだか印象に残った。
昨日は更新できず申し訳ありません。睡眠不足気味で、仕事から帰ると寝落ちしてしまいました。
今日は妻とアウトレットに行っていたので、筆が進まず・・・
明日は結婚記念日なので、また出かけます。電車で移動する時間があるので、可能な限り書くつもりではありますが、更新できなければ申し訳ありません。
———お礼———
誤字脱字機能で誤字を指摘してくださった方、ありがとうございました。あの機能を使ったのが初めてだったので、ちょっとニヤついてしまいました。
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