23話 陰謀と婚約
貴族の世界は、血統重視である。血統を維持するために子沢山が求められ、大きな貴族家の当主には一夫多妻、一妻多夫が制度上で認められている。
しかし、いくら子沢山であったとしても、『家』を継げるのは一人だけだ。だから、家を継げなかった子どもたちは、自力で独立しなければならない。
しかも、独立時に大きな経済的支援があるわけではない。家の力を維持するために、多額の財産が必要で、それを分散させる訳にはいかないからだ。
ただ、貴族の子どもたちがそれで苦労するかと言えば、そうでもないらしい。
何故かと言えば、貴族の子どもは読み書き計算ができるからだ。こちらの世界には義務教育の学校というシステムがないため、庶民のほとんどは読み書き計算ができない。一方で、この世界でも読み書き計算を要求される職種は多くあるため、貴族階級出身者は就職に困らないシステムになっている。
だからと言って、就職した先で出世できるかと言えば、そんなことはない。家を出た子どもたちが実家の権力を濫用することを、大半の貴族家は好まないからだ。
そんな中で、マイナ先生の両親が賢人ギルドの重鎮にまで昇り詰めることができたというのは、純粋に実力があるからだろう。父親は支部長で、シーゲン子爵の相談役も務めているらしいし、母親は貴族の子弟教育の根幹となっている家庭教師を派遣する部門の長になっているらしい。
「つまりは、エリートなわけだ。」
マイナ先生の実家の内装はかなり豪華だった。これ以上となると、シーゲン子爵邸ぐらいしか見たことがない。
石壁がそのまま露出していて、武器ぐらいしか飾るものがない我が家と比較すると、ため息が出そうな差である。
今日は家族全員、昨日の冒険者風の服装ではなく貴族風の服装だが、ここにいると何だかみすぼらしく感じる。
いや、うちの家庭環境に不満があるわけではないのだが、あまりに落差がありすぎる。マイナ先生はウチなんかで良いのだろうか?
「そう言えば礼儀の授業をマイナから受けるのを忘れていたなぁ。こういう時って何を気をつければ良いんだ?」
父上が案内役のメイドさんに尋ねている。直前に相手の家のメイドにどうすれば良いか聞くとか、ある意味勇者だと思う。
「コンストラクタ様のほうが家格は上でございますし、我が主はそれほど煩くはございません。マイナ様もおられますし、それほど気をつけなくてもようございますよ。」
メイドさんはポーカーフェイスで応えている。
「そんなものか?内装が素晴らしすぎて、ウチのほうが家格が上とか、とても信じられないが。」
父上が呟いているが、その通りだろう。内装だけでなく、屋敷もウチの館より広いし、何よりカビ臭くない。
「武の極致であるコンストラクタ様に評価頂けたのであれば、主も喜びましょう。」
そう言いながら、メイドさんは大きな2枚扉の前に立ち止まる。
「この部屋で皆様お待ちです。入ってもよろしいですか?」
メイドさんが声をかけてくれたので、ストリナの服装が乱れていないかチェックし、両親の後ろに目立たないように並ぶ。
父上と義母さんもお互いに身だしなみをチェックし、メイドさんに頷きかける。
メイドさんはそれを確認してから、ドアを2回ノックした。
ガチャリ。
重厚な音を立てて、扉が左右に開く。
この部屋は応接間のようだ。中には立派な応接セットが並んでおり、手前のソファの前にマイナ先生と、おそらく両親なのだろう。落ち着きのある夫婦が立っている。事前に聞いた話だと、お父さんがアスキー・フォートラン、お母さんがターナ・フォートランと言うのだそうだ。
「ようこそいらっしゃいました。コンストラクタ様。歓迎いたします。」
メイドに導かれて、部屋に入ると、マイナ先生の両親が頭を下げてくる。
「こちらこそ貴重な時間を我々のために取ってもらい、感謝します。」
父上は自然に答えながら、奥のソファへ誘導されそこへ座る。当然こちらの一家はパッケ以外、そちらへ並ぶことになった。10人は座れそうな大きなソファだ。随分と余裕がある。
こちらが全員座ったところで、マイナ先生の家族が席に座った。
僕はこれからどんな話し合いが始まるか知らない。だけど、何となく改まった空気で、緊張してしまう。ストリナのほうを見ると、似たようなものらしく、固い表情をしていた。
「マイナから聞きましたが、何やらマイナは男爵様の家に入りたいと自ら希望したのだとか。我が娘ながら、ご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません。」
父上が照れたように頭をかく。
「迷惑などとそんな。マイナさんには子どもたちの教育や政策の助言などでいつも助けられています。非常に賢く、しかも美しい。なぜ田舎の新参貴族である我が家を希望されたのか、不思議でなりませんよ。」
穏やかに会話が始まる。その間にメイドたちが、流れるような動作でお茶とお菓子をソファの前のテーブルに並べていく。うちの使用人はアンとパッケの2人だけだが、この家には一体何人の使用人がいるのだろう?
「ははは。そう言って頂けると父親冥利に尽きますな。しかし、コンストラクタ様は先の戦争で並ぶものなき戦功を立てられた方。しかも跡継ぎのイント様も文武に優れているとか。ご謙遜が過ぎますな。」
アスキーさんの剃刀のような眼光が、こちらの顔の上をかすめていった。
「そう言えば、マイナが今論文を書いている筆算も、最初に発案したのはイント様だったとか。なぜ連名という形になさらなかったのですか?」
父親はあらかじめ答えを考えていたのか、すらすらと答える。
「マイナさんの教育の賜物だからですよ。私にはわからないですが、きっとマイナさんがいなければ、あの発想は出てこなかったのでしょう。それにイントはまだ8歳。せっかくの論文が読んでもらえなくなる可能性すらあるでしょう。」
マイナ先生を見ると、首を小さく左右に振っていた。多分無意識に思っていることが表にでているのだろう。わかりやすくてカワイイ。
「私たちがマイナを教育したので、マイナの事はわかるのです。あの子にあの論文を発想することはできません。8歳であることが問題であるのなら、イント様が成人なさるまで待つべきでしょう。この論文の内容が広がれば、この国は変わる。その名声はコンストラクタ家の当主にこそ必要なものではありませんか?」
父上が深刻そうな表情をした。アスキーさんに言いくるめられるな。がんばれがんばれ。
「アスキー殿はすで聞かれているかも知れませんが、最近この周辺で魔物が増えています。お恥ずかしい話なのですが、先週我が領内で魔物の小規模なスタンピードが発生し、それに巻き込まれてイントが怪我をしました。状況によっては命に危険があったかもしれません。」
父上がちょっと優しい目でこちらを見た。意外に演技派なのか。
「我々もイントも明日には生き延びられないかもしれません。あの論文によって、この国が変わるというなら、すぐに変えるべきでしょう。名声はマイナさんが得ればよろしい。その結果育てられた人材は家臣として我が家にも迎えたいとは思っていますが。」
「なるほど。だからマイナはコンストラクタ家に入りたいと言い出したわけですか・・・。」
どこか納得した表情で、アスキーさんが一口紅茶を飲んだ。
「わたくしからもよろしいかしら。」
話が途切れたことを見計らって、ターナさんが身を乗り出してきた。
「先日、マイナが温泉についての記録を探しておりましたが、あれにはどのような意味があるのですか?」
あれ?マイナ先生、塩の話もするって言ってたはずだけど。
「それについては、論文とはまた別の話となります。最近塩が不足されているのはご存じですか?」
2人がうなずくのを待って、父上が背後に立つパッケから、小さな塩の壺を受け取る。
「温泉はその不足を補うために用意した策の1つです。これは、マイナさんからの情報をもとに、温泉から精製した塩になります。」
言いながら、父上は迷いなくアスキーさんに塩の壺を差し出す。アスキーさんは驚いた顔でそれを受け取ると、蓋を開いて中身を少し舐めた。そのままターナさんに手渡す。壺の中の塩が少し見えたが、ピンク色をしていた。
「これを我々に教えてもよろしいのかしら?この知識は独占すれば、莫大な利益をもたらすものですわ。」
ターナさんが壺を自分の前に置いて、僕の方を見る。
「ええ。そうでしょう。ですが、我が領内で産するものだけではこの国全てを賄うことはできません。このまま放置すれば、多くの民が冬を越せなくなるでしょう。それを避けたいと考えています。」
父上は笑顔で答える。イケメンだけに、様になるなぁ。
「では、この件を王家に報告されるのですね?」
「ええ。最終的にはこれ以外の策も含めて王家に説明申し上げ、王家に動いて頂こうと考えています。」
ターナさんが困った子どもを見るような目でこちらを見る。
「そのために、フォートラン家の後盾を得ようと言うわけですわね。」
父上は苦笑いをして、首を横に振る。
「いえ、王家への報告、説得は最終的に他家に行ってもらうよう取り計らう予定です。我が家は武門で、我が家の事をよく思わない貴族家は多数あるでしょう。それで策を遅らせるわけにはいきません。まずはこの後、シーゲン子爵様に報告をさせていただく予定です。フォートラン家の後盾は必要ありません。」
「な、それでは、コンストラクタ家に何の得もないではないですか!」
驚いてアスキーさんが立ち上がった。ターナさんが今度こそ驚きの表情で目を見開いている。
僕もこの話は初耳だ。てっきり王家に説明するのは父上かと思っていた。
「ええ。むしろ、我々の関与は可能な限り公にしないでいただきたい。」
生唾を飲む音が聞こえてくる。
甘い話ばかりで、リスクの話をしない父上は、良い詐欺師になれそうだ。
「そ、それで、それ以外の策について、お聞きできるのですか?」
父上は座り直座りなおをすように身じろぎして、マイナを見た。
「本日はマイナさんの将来について、お話をしに来ています。先にそちらをお話しさせていただいても?」
一瞬、アスキーさんとターナさんが視線を交わし、うなずきあった。
「その件は、娘の意思を尊重します。まずは婚約からとなりますが、末永く娘をよろしくお願いします。」
マイナさんが小さくガッツポーズする。すごく嬉しそうだ。
これで、今日の用件は終了。父上も嬉しそうだ。
「ありがとうございます。マイナさんも本当に良いんだね?」
父上が念押しの確認をして、マイナさんが満面の笑みを浮かべてうなずく。
「それでは、その他の策についてもご説明させていただきましょう。策を聞いて、どのように使われても自由ですが、ただ一つ、発案者については伏せていただきたいのですが、お約束していただけますか?」
父上が確認を取ると、二人はうなずく。
「では、石版か紙か、何か書けるものをご用意いただけますか?」
すぐに大きな羊皮紙が用意され、使用人たちが退室していく。
「では、イント、頼む。」
いきなり、父上からペンを渡される。まさかの丸投げかい。
「えー、僕はイント・コンストラクタです。コンストラクタ家の嫡男で、マイナ先生から勉強を教わっています。」
とりあえず、自己紹介からはじめる。
「父上からの指名されましたので、僕から説明させてもらいますね。基礎的なところからお話しさせていただきますので、まわりくどくなってしまったら申し訳ありません。」
僕は説明をはじめた。
◇ ◇
説明の流れは、村長たちに説明した時と同じだ。原因を説明し、4つの策を説明していく。4つというのは、
1.塩の上限価格撤廃
2.国内での塩資源調査(岩塩、塩湖、温泉等)
3.塩の新規輸入経路の開拓
4.塩にかかる費用の減免や補助金支給の実施
のことだ。終わった頃には、夫妻と、ついでにマイナ先生も驚愕の表情で固まっていた。そう言えば、マイナ先生にこの話をしたのは初めてだったかもしれない。
「父上、2番以外は難しいと思っていたんですが、今の話だと全部やるつもりですか?」
先方から反応がないので、父上に気になっていたことを聞いてみる。
「ああ、我々には無理だが、王家ならどうにかできるだろう。」
またしても丸投げかい。まぁどれも面倒そうなので、誰かが解決してくれるなら文句はない。
「そうなの?」
「フォートラン伯爵にも挨拶に行かねばならんからな。ついでだ。」
なんか酷い言いようだ。
雑談している間に、アスキーさんが我に返った。
「イント君、君は何歳だい?」
唐突に、質問してきた。
「え?8歳ですけど。」
「8歳か。マイナとは7歳差だね。」
アスキーさんがマイナ先生に向き直る。
「ーーーマイナ、確認していなかったんだけど、婚約したいのはどちらとだい?」
え?ええええええええ!?
昨日飲みに行ってしまい、更新が遅れました。申し訳ありません。
そして、何も上げてなかったのに、ブックマークがお一人増えていました。ありがとうございます。
さて、次回はシーゲン子爵登場かな?どんな人だったっけな・・・・




