21話 我が家の秘密とシーゲンの街
シーゲンの街は、人口1万人ほどの典型的な地方都市だ。街をグルリと取り囲む城壁を持つことが特徴で、城塞都市シーゲンとも呼ばれる。
昔はナログ共和国との貿易の窓口として、また国防の最前線として、商人や兵士たちで賑わっていたが、先の戦争以降国交が冷え込んだままの現在、街に入る門は閑散としていて、門番は暇そうにあくびをしていた。
その門を、ほとんど顔パスで通り抜けたところで、マイナ先生が真面目な顔で父上と僕を呼んだ。
「私はこれから帰宅して、例の論文の清書と説明用の写本を用意して来ようと思っています。両親からは、論文が完成した時点で一度見せるように指示されているので、そこで私が作ったものではないことがバレてしまうでしょう。ですので、両親にだけはイント君の事を伝える許可が欲しいのです。可能なら、塩の件も。」
マイナ先生の名前で論文を発表する表向きの理由は、僕がレイスに取り憑かれていると誤解されたり、8歳の名前を出すことで頭から否定されることを防ぐためだ。
裏の理由は、目立ちたくないからだが。
それらを踏まえても、マイナ先生の両親だけなら問題はないように思う。これから親戚として付き合うわけだし。
「ふむ。マイナの言うことは理解できる。だが、今広く知られれば、イントが狙われる可能性もある。自衛できるだけの能力を身につけるまでは、世間に知られる訳にはいかん。」
ん?何やら不穏当な発言が聞こえた。
「僕が狙われるって?」
思わず聞き返すと、父上は、少し驚いた顔をした。
「まさか我々が気づいてないとでも思っていたのか?マイナに聞いたが、ゼロの概念は教会が300年以上否定し続けてきたものらしいじゃないか。『神は虚無を嫌う』だったか?お前は実用性重視の筆算に溶け込ませることで、教会に気づかれる前に否定不可能なところまで普及させるつもりだったんだろう。だが、もしうまく行かずに気づかれれば、異端審問官が動きかねない。」
いや、ゼロをこちらの宗教が否定しているとか、知るわけない。何だその買いかぶりまくりの解釈は。
「塩にしてもそうだ。塩不足で冬を越せずに餓死する国民が増えれば、政情不安を招く。もしもそれを意図的に起こそうとしている者がいたとすれば、それを解決しようとする我々は間違いなく邪魔者だ。」
何その中二病的陰謀論。『もしも』と言いつつ、確信してそうな口調が怖い。
マイナ先生もうなずいている。
「それ、マイナ先生かなり危険なんじゃーーー。」
マイナ先生がニッコリと笑う。
「ええ。もう覚悟できているので、心配しないでください。コンストラクタ家の一員として守られるならこれほど心強いこともないですし、報酬もかなり期待できそうです。ただ、両親のことは心配なので、警告ぐらいはしてあげたいんです。」
いつの間にやら、えらく深刻な話に発展している。筆算を見せたキッカケは、マイナ先生に良いところを見せたかったからだし、塩の問題を考えたのもご飯抜きが嫌だったり、筋肉痛中の訓練が嫌だったりしたせいだ。
それが何でこんな話になるんだか。
「ふむ。まぁマイナのご両親のアスキー様もターナ様も信用できる御仁だ。ともに賢人ギルドの重鎮で、教会寄りというわけでもない。話せばわかってもらえると思うが。」
そりゃ、マイナ先生を育てたご両親ならそんな気はするけど、考えすぎな線もある気がする。
「まぁ、自然にバレるなら、無理して取り繕うこともないかな。ご両親が気付いたらということで。」
頭を掻きながら答える。
「分かりました。じゃあ今日は一旦帰りますね。」
「ああ、では家までパッケを供につけよう。パッケ頼む!終わったら冒険者ギルドで合流だ。」
父上がパッケに声をかける。マイナ先生は移動の間も執事の服を着たままだったパッケとともに、大通りに消えた。
「じゃあヴォイド、私はリナの足の治療に行くから、あなたは宿を押さえてきて。魔狼の素材は後で冒険者ギルドまで運ぶからそこで合流しましょ。」
義母さんはさっさと御者台に上がると、馬車を操って去っていく。
「おにいちゃんまたあとでね~」
手を振ってくるリナに手を振り返しながら、馬車を見送る。
そして、父上と僕だけがそこに残される。今日はコンストラクタ村からここまで走りづめで、しかも魔狼に襲われたりしているので、前世を通して経験したことのないぐらい疲れていた。具体的には、膝が笑っている。
ここからさらに宿を取って冒険者ギルドに行かなきゃならないとか、ちょっとした悪夢だ。
「何だ?疲れたのか?」
「当り前じゃないか。こんなに長く走ったの初めてだよ。」
「訓練の成果が出て良かったじゃないか。まさか本当に最後まで走り切るとは思ってなかったからな。」
父上は、商店が並んでいる方へ歩き出す。
「何それ。馬車が壊れるって言ってたから頑張ったのに。」
「冗談に決まってるじゃないか、子ども一人分でどうにかなるような馬車なら、とっくに壊れてるよ。」
「うわ。ひでぇ。」
「まぁ、良い修魄になったんじゃないか?さっきの矢も中々の精度になってきてたし、将来有望だよ。」
「矢に関しては、ほんとに偶然だったんだ。もし外してたらと思うと、今でも背筋が寒くなるよ。」
「大丈夫大丈夫。魔狼なんか、10匹だろうと100匹だろうと誤差の範囲だよ。ジェクティが本気出せば10匹全部同時に倒せてたし、あの時もパッケが投げナイフ構えてたし、多分矢が外れても何とかなったんじゃないかな。」
まぁそれはそうか。素人を何の保険もなくいきなり魔物と戦わせたりするわけないか。あの時矢を外しても、あの牙は僕まで届かなかった。そう信じると、少し肩の荷が降りた気がする。
「とは言え、当たったわけだし、多分今回一番高値が付く毛皮はイントの仕留めたやつだ。自信持てよ。」
弓は最初に触ってから、まだ3回だ。ようやく前に飛ぶようになった程度で、まだ偶然以外で命中する気がしない。
「たまたまで自信を持つのもどーなんだろ。」
話している間に、街の雰囲気が変わってくる。路地が細くなり小さな個人商店が所狭しと商品を広げていて、外国の商店街みたいだ。
「まぁ、まだ始めたばかりだし、そんな気にしなくても大丈夫。一週間やそこらでモノになるなら、ギルドの徒弟制なんて必要ないんだから。」
父上は途中でさらに脇道にそれた。今度は食べ物の屋台が並ぶエリアらしく、いろんな食べ物の匂いが混ざっていて、食欲をそそられる。
「よう。久しぶり。まだ潰れてないようで安心したよ。」
父上は串焼きの店の前まで来ると、串を焼いている中年の男に声をかけた。
男は顔をあげて父上の顔を確認し、ニヤッと笑った。
「こりゃ隊長じゃねぇですかい。ご立派な貴族様が随分と懐かしい恰好をされてるみたいですが、また戦争ですかい?」
どうやら昔の部下らしい。串をひっくり返す手を止めることなく、話始める。
「戦争はもうコリゴリだよ。今日は街道の掃除のために昔の装備を持ち出しただけさ。」
「へぇ。男爵様自らですかい。そりゃ精がでますな。おや、そちらはイント坊ちゃんじゃねぇですか。ご無事で何よりですな。」
男の視線がこちらに向いたので、ペコリと頭を下げる。
「こりゃオーブ姐さんに似て、美人さんだ。ほら、串食いな。」
男は小指と薬指がない手で、売り物の串を差し出してくる。父上の顔を伺うと、うなずいたので受け取って頬張る。
甘いタレが、肉とよく合ってうまい。
「悪いな。俺にも一本頼む。」
父上が銀貨を男に渡しているのが見えた。父上も串を一本受け取って頬張る。
「毎度どーも。ところで今日は何しにきたんで?」
「ちょっとこれから王都まで行こうと思ってな。その途中で寄っただけだよ。こりゃ酒が欲しくなるな。」
「酒なら隣が冷えててうまいですぜ。王都って大丈夫なんですかい?」
「いや、ちょっと村で塩が足りなくなってな。」
「ああ、塩はここいらでもまったく手に入らなくなってまさぁ。うちは塩漬肉の残りでしのいでますが、このままだと商売あがったりですわ。」
父上が、男の手に手のひらに収まるくらいの小さな塩壺を渡す。
「じゃあこれやるよ。これまでとは一味違うと思うが、まぁ試して見てくれ。」
男は驚いた顔で父上と塩壺を見比べる。
「じゃ、またな。村まで仕入れに来ることがあったら声かけてくれ。」
男の答えを待つことなく、父上は食べ終わった串をゴミ箱に放り込んで歩き出す。
「ああ、坊ちゃん、もう一本持ってきな!」
ついて行こうとすると、男が串をもう一本渡してきた。今度は塩焼らしい。軽くお辞儀をして受け取る。
「毎度あり!」
男の威勢の良い声に送られて、その場を離れる。
「父上、どうしてここに寄ったの?」
父上に追いついて尋ねると、父上は少し笑った。
「昔の馴染みでな。うちの村まで肉を買いに来てくれるお得意様だよ。塩が本格的に生産できたら、出荷できたら良いなと思ってるんだ。」
「ふぅん。ところで、歩くのもうちょっとゆっくりにできない?僕疲れてて。」
父上の歩く速度がどんどん早くなって、ついに小走りでないとついて行けなくなってきた。
「いや、冒険者ギルドでジェクティを待たせたら、殺される。さっさと宿取って向かうぞ。」
父上はついに小走りに走り始めた———
昨日は何もアップできなかったにも関わらず、425PV頂きました。
更新一覧以外で拙作を見つける手段があるのでしょうか?
不思議でなりませんが、ともかくお読みいただきありがとうございました。
また、ブックマーク登録が2件増えました。こちらも感謝しております。
ではまた明日。おやすみなさい。




