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20話 魔物と命拾い

 舗装されていない道を、ひたすら走っていた。


 道の中央あたりはそれなりに道が整っているが、端の方は若干凸凹している。隣を二頭立ての馬車が並走しているので、どうしても道の端を走ることになり、どうにも走りにくい。


 息が切れて、足が重いので、すぐにでも馬車に乗りたいが、馬車の荷台は義母さんとマイナが座り、足を怪我したストリナが寝て、あとは塩の壺やら何やらの荷物で占拠されている。


 御者台にパッケがいて、その隣は空いているが、この馬車は年数的にはとっくに寿命を迎えているものらしく、負担をかけるとすぐ故障しかねないらしい。


 なので、当主であるはずの父上でさえ、馬車の反対側で走っている。


 どうしてこんなことになっているのかと言えば、コンストラクタ領主一行が魔物の群れに襲われて、嫡男が負傷したという話が、すでにシーゲンの街で大きな噂になっていたのが一番の原因らしい。このルートが警戒されるようになったために、治癒のできる神術士が村まで来なかった。


 しかたなく、治療のためにストリナをシーゲンの街に連れて行くことになり、自動的に義母さんがついてくることになり、二人同乗者が増えた。


 加えて、塩の精製が思っていた以上に大成功だった。見つかった温泉はすでに煮えたぎっていて、塩分濃度が予想より濃かったそうだ。父上たちが持ち帰ってきた塩は中型の壺で3つ分はあり、それが全部馬車に乗せられている。


 原因はまだある。道の安全を確保するために、馬車にわざと血の染み込んだ布をぶら下げてあるのだ。こうすれば血の匂いにおびき寄せられて、魔物が集まってくる。


 その効果は覿面で、出発してすぐに角のある狼型の魔物に襲われた。何でも魔狼というらしく、見つけた瞬間に義母さんの遠距離神術で仕留められたのだが、父上が解体を面倒がって、死体がそのまま馬車に積まれている。


 結果、この古い馬車は定員オーバーになってしまった。


「坊っちゃま。魔狼の群れです。一旦馬車を止めますよ。止まったら迎撃の準備を。」


 パッケの指示で足を緩める。背負っていた練習用にもらった弓を取り出して、懐から弦を取り出す。あの後川魚で訓練したので、牽制ぐらいにはなるだろう。


「伏兵に注意しろ。ジェクティは馬車の上に上がれ。パッケは馬を抑えて前方注意。イントとリナは周辺を警戒。魔物を見つけたら知らせろ。近寄らなければ攻撃してもかまわん。」


 父上の声が馬車の反対側から聞こえてくる。やがて馬車が完全に止まったので、地面を使って弓をたわませて、手早く弦を張る。


 冒険者スタイルの義母さんのが、杖を持って片腕でヒラリと馬車の屋根の上にのぼるのが見える。軽業師みたいだ。


「後3、右2、左1、前4。先制開始するよ!」


 義母さんの声が聞こえる。事前に聞かされていた合図で、馬車から見ての位置と数を伝えるものだ。


 僕は矢筒の蓋を払って、矢を2本取り出して、構える。


 僕のいるのは左側なので、1匹、仕留めるか足止めするかしないといけない。道の脇の草むらに目を凝らす。


「左1、見えた!」


 30メートルぐらい先で、姿勢を低くしている魔狼が見えた。ゆっくりと近づいてきている。


 弓を引いて狙いをさだめた。


「前任せて!『火針(4)』」


「後2見えた!『インスタンス(火針,2)』」


 義母さんとストリナの聖言が聞こえてくる。義母さんの詠唱が、習っていたものと違い、さらに早い。


 狙いがついたので、矢を放つ。矢は魔狼を掠めて、草むらに消える。


 ドキンと心臓が跳ねる。手に持ったもう一本をつがえようとして、魔狼がこちらに走り出しーーー


 大きく開けた口に、牙が並んでいるのがはっきりと見えて。


 その口の中に矢が滑り込んでいった。


「右クリア」


「前クリア」


「後ろ1匹残ってる!『炎の理よ、槍の如くなりて、我が敵を焼き尽くせ!火槍!』」


 マイナ先生が聖言を唱える声が聞こえ、そのあとに何かが燃えるような音と、犬のような悲鳴が聞こえてきて、後ろも静かになる。


 左側の魔狼は足元で痙攣していた。手の中の矢がなくなっていて、刺さっている矢は、自分のものだ。


「ひ、左クリア」


 緊張と息切れで声が上ずる。さっきは危なかった。


「ジェクティ、後確認!」


 父上が馬車の後ろ側に回り込んだのが見えた。後ろだけ、クリアの声がない。


「オールクリア。もう大丈夫よ。」


 馬車の上から義母さんが終了を告げてくる。ホッとして膝から崩れるようにしゃがみ込む。


「よし、初めてにしては上出来だな。」


 父上が全員の無事を確認して、嬉しそうな顔をした。


 魔狼は全部で10匹。すべて死体になっている。


「怖かった~。」


 地面にへたり込んで、こみ上げてくる吐き気と戦っていると、馬車から降りてきたマイナ先生が背中を撫でてくれた。先生の顔も若干蒼いのに、優しい先生だ。


 ストリナも杖を突きながら降りてきて、自分が倒した魔狼を見に行っている。


「魔狼10匹に30秒。これがコンストラクタ家の実力なのね。」


 マイナ先生は魂が抜けたような表情をして、呟いている。


「よし、死体を集めるぞ。さすがに運べないから、ここで剥ぎ取りをするぞ。ジェクティは引き続きそこから見張りを頼む。到着が遅れるから急げ!」


 父上が指示を出し、死体を集め始める。パッケはカバンからエプロンとロープを取り出して、エプロンを着込みながら、後ろの死体の回収に向かう。


「そらイント。ぼやぼやしてないで、馬車からさっきの魔狼を降ろせ。一緒にばらすぞ。」


 魔物がテキパキと集められていく。


 観察してみると、前方の4匹はすべて片目だけ焦げていた。多分義母さんの神術で片目を撃ち抜かれ、脳を焼かれたのだろう。


 右側の2匹も、片目を剣で一突きされて死んでいる。おそらく父上だろう。一番最初にクリアと言っていたし、きっと瞬殺だったはずだ。


 左側の1匹は、口の中に羽のところまで矢が埋まった状態で仕留められている。刺さっているのは僕の矢なので、偶然命中したのだろう。


 後ろの3匹は、どれもひどい状態だった。2匹は腹に大穴が開いた状態で若干焦げていて、一匹は真っ黒になっている。2匹はストリナの神術で、1匹はマイナ先生の神術だろう。


「よし、ジェクティ。そこに穴を作って。」


 父上が焦げている3匹の角だけ切り落としたところで、義母さんは何か唱えると、馬車の脇の草むらに杖を向ける。


 どしん!と腹に響く重低音とともに、地面が波打って深い穴と土の小山が一瞬でできあがる。


 こんなこともできるのか。神術ってすごいな。


「よーし、イント、この3匹は角取ったからその穴に放り込んでくれ。」


 父上は手早く、剣を使って焼け焦げている3匹の魔狼の角を切り落とし、容赦なく指示してくる。


 足が笑っているので、正直休ませて欲しい。


「状態のきれいな魔狼は毛皮を取るぞ。パッケ頼む。」


 父上とパッケがきれいな状態の魔狼の解体を開始しているのを横目に、重い魔狼の死体を穴まで引きずっていく。体重的には、多分僕と変わらないぐらいだ。

 こんなのに噛みつかれないで良かった。


「あたしのぶっころしたまろう、きたない・・・」


 ストリナは魔狼を2匹も倒したのに、満足するどころか沈んでいる。こっちは1匹なのに、立場がない気がする。


「初めてだから仕方ないよ。冒険者は魔物の素材を売って生活してるから、冒険者になりたいなら、毛皮が取れる魔物はできるだけキレイに殺しなさいね。」


 義母さんが屋根の上からストリナを慰めているのが聞こえてくる。


 確かに父上も義母さんも目を狙っていた。わざわざ狙いにくいところを狙っていたのは毛皮のためだったらしい。


「イント君も知ってたの?」


 隣で手伝ってくれていたマイナ先生が尋ねてくる。確かに僕が仕留めた魔狼も、毛皮に傷はついていない。


「まさか。一本外してるし、ただの偶然。ビギナーズラックってやつじゃないかな。」

「ふーん。これで偶然なのか。」


 マイナ先生と力を合わせて、2匹目を穴に放り込む。すでに毛皮と角を取られた死体も、2匹ほど放り込まれている。


「あ、ハイエナ来たけどどうする?」


 屋根の上から、義母さんが父上に声をかけている。


「魔物化は?」


「色も変わってないし、してなさそう。」


「なら放置で。どうせ埋めた後トウガラシ液使うし。」


「あら、血に飢えたヴォイドはどこに行ったの?」


「うるさいな。もう落ち着いたんだよ。」


 義母さんと父上は、慣れた感じで嬉しそうに話をしている。元々冒険者なので、懐かしいかもしれない。


 30分ほどで、解体と後始末を終える。死体を埋めた後に、父上が薄赤い液体を土に振りかけていた。何でも、死体をハイエナが掘り返してしまうと、それがアンデッドになってうろつくことがあるので、辛い液体を上から土に掛けて、掘り返されないようにするらしい。


「よし。じゃあ出発するか。」


 父上の合図とともに、馬車がゆっくりと走り出す。


 乗る場所がないので、さっきと同じように馬車の横を走り始める。


 異世界7日目。偶然に助けられて、初めての魔物狩りがようやく終わった。



またまた前回からブックマークが3件増え、総合評価が60ptを超え、総PV数も2,000を突破してきました。


拙作を読んでいただいた皆様、ありがとうございます。


通勤中と休みの日にしか書けないので、平日はそれほど更新できないかもしれませんが、今後ともよろしくお付き合いをお願いします。

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