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18話 論文と密着

 穴の開いた羊皮紙の束に計算の高速化、一般化についての論文が書かれている。


 論文は、現在の算術の記法の問題点を指摘し、それを簡素化してより素早く書く方法として、アラビア数字の対応表や記号、新しい式の書き方を提案するところから始まっていた。


 そこから、さらに桁の多い計算を、桁の少ない計算に分割して、難易度を下げることで計算速度を上げる筆算の解説につなげている。


 最後に、計算が簡素化されて一般化することで、発展していく未来を語る。


 論文はそんな内容だった。


 食堂の椅子に座って、ティーカップから少し酸っぱいお茶をすする。


 読んだ後に、何か違和感が残った。この感覚は何だろうか?


「イント君。ど、どうかな?」


 読み終わったことを察したマイナ先生が、声をかけてくる。


「いや、良いと思うんだけど、他人の論文なんて初めて読むから、何て言ったら良いのかわかんなくて。ちょっと待ってね。今考えてるから。」


 大学入試の対策で小論文は書いていたが、小のつかない論文は書いた経験がない。まして、人の論文を批評しないといけないとなると、どうすれば良いのかわからない。


「ちょっと貸してね。」


 論文の束を、義母さんがかっさらっていく。気が付くと、ストリナも杖を突きながら、食堂まで降りて来て座っていた。ちょっとは落ち着いているみたいだ。


 義母さんがパラパラと論文を読んでいる。


 静かな沈黙が食堂を満たしていく。


 先生が俯いて震えているような気がするのは、気のせいだろうか?


 ちょっと気が散りかけたけど、なんとか気を取り直して、論文の内容を考えてみる。


 論文の書き方自体は、納得できたから問題ないんだろう。


 今回この論文を見るように父上から言われた理由は、内容に誤りがないことを確認するためだと認識している。そう言う意味なら、間違いないからこれも問題ない。


 この論文を発表する意味は、父上は計算能力の高い部下を手に入れたいからだろうし、先生としては最後に書かれていることを正面から信じるなら、この国の未来の発展のためなんだろう。やっぱり何の問題もない。


 だったら、この違和感は何なのか。


「これが噂の筆算なのね。私には足し算と引き算しかピンとこないけど、慣れたら便利そうね。」


 義母さんが筆算のページを、対応表を見ながら読み解きながら呟いているのが聞こえた。


 足し算と引き算しかピンとこない?


 ちょっと自分が四則を勉強した時のことを思い出してみる。


 確か、足し算引き算は小学1年生の頃で、その筆算は2年生の頃だった。それから九九をやって、小数点とか分数とかいろいろ挟んで、4年生に割り算や掛け算の筆算をやった。


 実は掛け算をやってから掛け算の筆算まで、時間的に間がある。


「義母さんは掛け算は苦手なんだっけ?」


 この世界に学校はないらしい。だとしたら、計算能力はどうなっているんだろうか?


「そうねぇ。算木とかあればなんとかなったりはするけど、それを習ったのも随分昔の話だから、今は自信ないかな。」


「なるほど。」


 算木が何かわからないけど、多分計算の道具だろう。筆算の掛け算を道具を使いながら解く姿を想像して、ちょっと笑いそうになった。


「ちなみにマイナ先生は、掛け算ってどうやって計算してるんですか?」


 先生が顔を上げてキョトンとする。


「どうやってって、見たら答えがーーーあ!」


 ここにもチート持ちがいた。見たら答えがわかるなら、そもそも筆算いらんやん。


「どうしよう?普通の人って、見ても答えは浮かんでこないんだよね?じゃあ、計算は速くならないよね?」


 違和感の原因がわかった。掛け算にも割り算にも九九が必要なのに、そんな話を聞かない。このまま公表したとして、掛け算割り算の筆算は役に立たないだろう。


「えーと、筆算って基本一桁または二桁ぐらいの計算に分割することで、簡単にしているのは論文に書いてある通りなんですけど、掛け算割り算に関して要求されるのは一桁同士なんです。一桁同士の掛け算って、いくつあると思います?」


「ゼロを習ったから、数字は全部で10種類。10種類同士だから、10×10で100かな。」


「そうですね。だからそれ全部暗記すれば良いんです。ちなみにゼロはいくら掛けてもゼロなので、覚えなくて良いです。ゼロを抜けば、9×9で81ですね。」


「なるほど、それなら素早く計算できるね。そう言えば、計算結果を暗記している学派があるって聞いたことがあるかも。それも論文に追加すべきかな。他には?」


 そう言われても、わからない。でも、聞かれたらなんか答えないといけない気がする。


「小数や分数はまた今度ってことですか?」


 マイナ先生の目がキラリと光った気がした。


「そうそう。今回は最も効果の高い四則演算に絞ってるの。役人にも商人にも必要な能力でしょ?これ以上難しい話になると、育成に時間がかかっちゃうしね。それにしてもーーー」


 ずいっと、先生が顔を覗き込んできた。甘い匂いが、鼻をくすぐる。


「ーーーそんな話が出てくるということは、イント君にはまだまだ引き出しがありそう。早くこの家に入って、色々お話聞きたいなぁ。楽しみだなぁ。」


 距離が近い。先生の目がトロンとしている。なんかドキドキしてきた。


「と、とりあえず、下書き用の九九一覧表作っておくね。」 


 照れ隠しに、新しい羊皮紙に羽ペンでマス目を切って、縦横に1から9を並べる。そして、九九を一気に書き上げた。


「へぇ。わかりやすいね。」


 マイナ先生が熱心にのぞき込んでくる。椅子がくっつくぐらい近くて、顔が熱い。先生は一体何がしたいんだろう。


「はいはい、ちょっと見せて~。」


 論文を読み終わった義母さんが、まだ乾いていない手元の羊皮紙をさらっていく。


「うん。これも画期的だね。これ一枚手元に置いて、筆算使えたら私も知識人の仲間入りできそう。」


 感心したように義母さんが呟いている。


 杖を突くコツコツという音がして、不機嫌そうなストリナが向かいの席に座った。


「どうしたの?リナ?」


 声をかけると、ますます不機嫌な表情になっていく。


「ずるい!」


 何がずるいんだろうか?前世を思い出して、いきなり勉強ができるようになったことだろうか?

 それとも、ケガをせず父上に剣の稽古をつけてもらったことだろうか?


「えーと、ストリナって、今算術で何やってるんですか?」

「今は3桁の足し算と引き算ができるようになったところかな?」


 ちょっと待て。前世を思い出す前の僕と同レベルじゃないか。これ、もうストリナが跡継ぎでも良い気がする。


「じゃあ、リナは九九を覚えてみようか。歌にすると覚えやすいから、ちょっと歌ってみようか。」


 歌と聞いて、ストリナの顔が明るくなる。言ってから気付く。昔すぎて九九の歌とか覚えてない。


「うん!やる!」


 しまった。仕方ないからここは即興でーーー


前回からブックマークが2件増えました。ブックマークしていただいた方、ありがとうございました。


おかげ様で、総合評価が40pt到達しました。


読んでくれている人が確実にいるというありがたみを痛感しております。


アクセス数も今日一本もアップしていないのに184PVありました。現在はトップページの更新欄からしかアクセスできないはずなのに、更新しなくてもアクセスがある。一見さんじゃないと思うとじわじわくるものがあります。


繰り返しになりますが、ありがとうございます!!

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