表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/53

15話 形見と弓術

 昼食は、塩抜きされていない塩漬け肉のミンチが入ったローズマリーの匂いのする野菜炒めとナンみたいなパンだった。肉はちょっとしか入ってなかったけど、塩気がちょうどよくて、泣きそうになった。


 調味料、大事すぎる。塩が足りないなら、塩のいらない調味料とか作れないだろうか?


 前世で料理したのなんか、家庭科の実習を除けば、レンジでチンかカップラーメンぐらいのものだ。調味料は買うものだと思っていた。


 あの時の自分を殴りたい。知ってれば、異世界モノの小説みたく、料理革命起こして荒稼ぎできたのに。


「というわけで、次は僕の番だ。イントが弓に興味があるらしいから、今日は弓をやるよ。」


 中庭で現実逃避していたら、父上がサイズの違う子ども用の弓を2つ持って出てきた。


 子ども用の弓、用意されてたんだ。なんであるんだろう?


「実はうち、かつては弓でも名を馳せてたんだ。聞いたことある?」


 僕たちは素直に首を横に振る。今までに一度もそんな話を聞いたことがない。


「そっか。ちょっと悲しいね。弓が得意だったのは、イントの本当のお母さんでね。昔はよく3人で敵陣深く忍び込んで、敵のお偉いさんを狙い撃ちしてたものさ。」


 うん。武勇伝が血なまぐさい。子どもに話して良いのかそれ。


「ついたあだ名が『狙撃』のオーブって言ってね。『殲滅』のジェクティと合わせて、すごく有名な姉妹だったんだ。冒険者時代もいろいろ二つ名を持ってたしね。」


 父上が自慢げに語る。そうか、僕が弓をやりたいと言った時、おかしな反応になったのは母上のせいか。


「あなた?」


 近くで聞いていた義母さんが、般若のような笑顔で声をかける。平坦な声がやたら怖い。


「ご、ごめん。ま、まぁそんなわけで、うちは弓でも有名なんだけど、弓をきちんと教えられる家族がいないんだ。だから基礎だけってことになるかな。」


 隣を見ると、案の定リナが目をキラキラさせている。単純で良いなぁ。


「父上、父上が斥候部隊の隊長として手柄をあげたというのは聞いたことあるけど、具体的にどんな風に戦ってたの?」


 父上は義母さんとアイコンタクトした。


「簡単だよ。三人で見つからないように忍び寄って、オーブが気付かれるまで指揮官ぽい人を狙撃。気付かれたら、ジェクティが主力っぽい部隊と近づいてくる部隊に大規模神術撃ち込んで、みんなで撤退。その間、僕は前衛として2人をひたすら守る。っていうのを不定期に繰り返すんだ。」


 本当に簡単そうに聞こえるのは、きっと気のせいなんだろうな。前世の世界風に言うと、ゲリラ戦だろうか。


「それって斥候の仕事なの?斥候って偵察が仕事なんじゃなかったっけ?」


 父上はニコニコと笑っている。


「偵察にも色々あってね。強行偵察って、ちょっとだけ攻撃して、相手の練度を確認するってのもあるんだ。冒険者出身者はそういうのが得意でよくやらされてた。戦争が終わってから、冒険者出身者の中でも僕たちはやりすぎていたってことに気がついたんだけど。」


 どうやりすぎたのか、気になるところだ。


「ともかく、子ども用の弓を渡すね。オーブが将来イントに弓を教えるために作ってたやつだから、渡せて嬉しいよ。」


 ストリナに渡された弓は、おもちゃみたいに小さい。僕のは少し大きめで試しに引いて見ると、かなり重い感じがする。威力もありそうだ。

 弓は持つ部分に色が塗られていて、弦にも一部色がついている。


「で、こっちが矢筒ね。これには練習用の矢が五本ずつ入ってる。あと、指貫とかあると良いんだけど、合うサイズがなかったから、それはまた今度ね。」


 矢筒には蓋が付いていた。蓋を開けて、矢を抜いて観察してみる。弓のサイズに合わせて、ストリナのものより若干長そうだ。鏃は鉄製できちんと尖っていて、玩具ではなくちゃんと刺さるやつだろう。棒の部分は軽い木製で、種類はわからないけど多分鳥の羽がついている。


「的はあそこだ。まずは見本を見せようか。」


 中庭の反対側の壁に、的が立てかけられている。草の束を積み重ねたものらしい。束の断面がこちらを向いている。


 父上に僕の弓と矢を渡すと、的に向かって矢をつがえ、一瞬で放った。前世で、弓道やアーチェリーの試合をテレビで見たことがあるけど、それとは比べものにならないくらい、撃つまでが早い。


 的の中心からは少しズレた位置に刺さった。ど真ん中ではないけど、あの早業なら十分実戦で使えそうだ。


「うーん。こんなことならオーブにちゃんと習っておけば良かったな。」


 本人は満足いかなかったらしい。苦笑いで弓を返してくる。


「じゃあイント。ここから狙ってみな。」


 促されて、少し前に出て、見様見真似で構えてみる。


「あー、違う違う。矢の羽の後ろのことを『矢筈』っていうんだけど、そこに弦をひっかける溝があるから、そこに弦の色が変わっている部分をひっかけてみて。」


 言われた通りに、弓を引いてみる。思ってたよりも力がいるな、 と思った瞬間、手が滑った。矢は勢いよく石畳に当たって火花を散らし、そのまま石畳の上を滑っていく。飛んだ方向も的の方向から少しずれていてる。


「うん。最初はそんなもんだよ。でも、人に向かって射たら危ないから、前に人がいる時は撃たないようにしなさい。」


 父上は苦笑いを浮かべながら、舞うように軽やかな身のこなしで矢を拾いに行く。弓は思ったより難しい。


 矢を拾った父上は、鏃を確認し、ため息をつく。


「また鏃が刃こぼれしたら、持って来なさい。研ぎ直すか取り換えるかしてあげるから。」


 父上は矢を返してくれなかった。残り3本か、と思ったところで、後ろから、ストリナがつついてくる。


「どうした?リナ。」


「つぎ、あたしのばん!」


 リナは鼻息荒く、弓と矢を構えている。小さい玩具みたいな弓だが、的まで届くのだろうか?


「イント、交代しなさい。」


 父上は目を離した一瞬で、元の位置に戻ってきていた。相変わらず驚異的な身体能力だ。


 場所を換わると、ストリナが張りきった様子で、矢をつがえる。まっすぐ的に矢を向けて、目いっぱい弓を引く。


 そのまま、ストリナがチラリと父上の方を確認する。父上は困った顔をする。


「自分で判断して、自分で射なさい。後で教えてあげるから。」


 ストリナは頷いて構え直す。そして矢を射た。矢はきれいな放物線を描いて、的の手前の地面に落ちた。


「ふむ。今のをイントはどう見る?」


 父上がこちらに話を振ってくる。


「リナは矢をまっすぐ的に向けたけど、矢は重力に引かれて地面に落ちるので、もう少し上を狙ったほうが良いんじゃないか?とかってこと?」


 答えると、父上が少し驚いたことを顔をした。


「へぇ。重力と言ったね。もしかして前世では矢が地面に落ちる理由を解明しているのかい?」


 理由?理由ね。確か物理の斜方投射を習ったときに、放物線の書き方とかは習った。でも、物理の先生は、空気抵抗が計算されていないので、ホントは不十分だと言ってたっけ。


 えーと。あ、そうだ。ホントは微分を使う、だっけ。数学でやっていたけど、使い方は習っていない。


「解明しているらしいけど、基礎的な計算方法を習っただけで、使い方は知らないよ。」


 父上は頷きながら、少し考え込んだが、すぐに考えることをやめた。


「まぁいいか。イントが言ったとおりだ。少し上、そうだな、さっき落ちた分ぐらい上を狙ってみなさい。」


 ストリナが嬉しそうに頷いて、2本目を射る。


 今度はキレイに的の少し横に刺さった。2射目でかなり寄せてきている。


「次、俺の番!」


 妹に負けるわけにはいかない。進みでると、父上が声をかけてくる。


「ああ、イント、弓を引くのがきついなら、リナの弓を借りてごらん。ホントはもうちょっと歳上になってから使うやつだから。」


 それも負けたみたいで悔しい。レット君もこれぐらい引いてたわけで、為せば成るんじゃなかろうか。


「このままやるよ。今度は当てる!」


 全力で弓を引くと、筋肉痛が響いて、手が震える。そのまま、少し上を狙って、矢を放つ。


「あ!」


 矢が的の上を通り抜けて、思わず声が漏れた。手の震えによるブレかも知れないが、ストリナの矢より落ちていない気がする。結構近くから射てるのに情けない。


「もう一発!」


 少し下めに補正して、もう一度射てみる。と、今度は左にそれた。


「身体はもっと横向きよ。あと、弓を引いた時は、腕は真っ直ぐに前で、引手は顎の下ね。」


 義母さんからアドバイスに従って、姿勢を変えてみる。


 腕と、なぜか背中の筋肉がキツイ。相変わらず引ききった状態で維持しようとすると、腕が震えてくる。


「構えたら疲れる前にすぐ射ろ。戦場では疲れた奴から死んでいくよ。」


 父上の言葉に、一瞬ゾッとした。父上の前提はいつも『戦場』。義母さんも『戦闘中』にこだわっていたし、住む世界が違う気すらする。


 雑念がよぎった瞬間、また手が滑った。


 ターン・・・


 射手の雑念とは裏腹に、矢は鋭く飛んで、的のど真ん中を射抜く。


 あれ。今、何が、起きた?


「血は争えないわね。今一瞬、イントが姉さんに見えたわ。」


 呆気にとられた空気から、一番最初に復帰したのは義母さんだった。


 父上も嬉しそうに頷いている。


 誤解された。今のは違う。今のはたまたま手が滑っただけで、僕の実力じゃない。


「すっご〜い!さすがおにいちゃん!」


 動揺していたためか、興奮したリナの突進を躱せなかった。重たい一撃が脇腹に来て、バランスが崩れる。


「よっ、と」


 父上が瞬間移動のような身のこなしで、近くに現れると、僕が倒れないように支えてくれた。


 それを見たストリナが、さらに興奮していく。


「とーさま!それどうやるの!?」


 ストリナの目がキラキラしている。これはダメな兆候だ。ストリナが興味を持てば、否応なしに僕も巻き込まれることになるだろう。


 これまでの流れから、ストリナは器用で、吸収力が半端ない。急に神術が使えるようになったこともそうだし、弓だってたったのに2射で的に当てた。


 剣術だけがうまく行かない、なんてことは考えにくい。


 実年齢8歳、中身の年齢は17歳だ。これ以上6歳に負けるのは、正直つらい。本音を言うなら、比較されずに生きて行きたい。


「ああ、これは仙術の一種で、『縮地』という。神術と一緒にうまくなるのは難しいから、リナは神術をがんばった方が良いかもね。」


 それは初耳だ。義母さんの神術と、父上の仙術を一緒に身に着けられないということか。


「やだ!」


 ストリナは納得しなかったらしい。


「なんで?なんで~?」


 今度はストリナが泣きそうになっている。ストリナは感情の起伏が激しいな。


「力の使い方が違うんだ。神術は外に出した霊力を使うのに対して、仙術は内の霊力を使う。だから神術士はたくさん霊力を放出する訓練をするし、仙術士は霊力を体内にたくさん貯める訓練をする。」


 なるほど。お金で言ったら、散財と貯金を両立させるようなものか。確かに厳しそうだ。


 つまり、ストリナが選ばなかった方を選択すれば、比較されない道があるかもしれない。


「できるもん!みてて!」


 ストリナが泣きそうなまま、中腰でよくわからない構えを取る。


 ゾワッ


 背筋を名状しがたい感覚が走り抜けた。ああ、これはダメなやつだ。ストリナを止めようと、手を伸ばす。


「やめっ」


 少し遅かったらしい。手が届く前に、爆竹が爆ぜるような音をたてて、ストリナが宙に吹き飛んでいた。


 力加減を誤ったんだろう。父上とは違い、かろうじて目で追えたが、反応はできない。一歩目が強すぎて二歩目が地面に届かず、つんのめるストリナの姿が見えた。


「あっ」


 またしても、父上は音もなく動いた。空中で身体がコントロールできないストリナに、後から悠々と追いつくと、勢いに逆らわず、優しく抱き止める。


 やがて、すべてが静止して、ストリナはゆっくり地面におろされた。


「ひっ」


 ストリナが地面に足をついた瞬間、一気に顔が歪み、ポロポロと泣き出した。どうやら立てないらしい。


「大丈夫か?」


 父上がややオロオロした雰囲気で、ストリナの隣にしゃがみこむ。義母さんも心配した様子で近づいて行く。


「いたいよぉ。」


 ぐずぐずと鼻をすする音がする。


「いたっ」


 父上がストリナの足を動かそうとすると、ストリナが悲鳴をあげた。


「これは肉離れかな。訓練もなく見様見真似でいきなり仙術を使うから、身体が壊れたんだよ。」


 父上の言葉に、義母さんがほっと息を吐く。肉離れならまぁ軽症と言えなくもない。


「今のはお父さんがいなかったら、もっと大きなケガになっていたわ。危ないから、お父さんのいないところで練習したらダメよ。」


 ストリナはそれには答えず、泣きながら護符を取り出し、自分にヒールをかけようとする。が、なぜか発動する様子がない。複雑骨折などの大怪我ではないはずなので、問題ないはずだが。


「あー、リナ。ヒール含め、神術は自分にはかけられないぞ。まだ教えてなかったけど。」


 父上が言いにくそうにストリナに声をかける。ストリナはピタリと動きを止め、信じられないといった表情で父上を一瞥すると、そのままぎゃん泣きをはじめた。


 前世で経験があるけど、肉離れって痛いもんね。


 結局、ストリナは父上の謎技術で痛み止めを施されるまで泣き止まなかった。


 アンが冒険者ギルドまで治療系神術を使える冒険者を探しに行ってくれたが見つからず、以前助けた冒険者パーティがシーゲンの街まで探しに行ってくれるそうだ。


 やっぱり治癒系神術士は希少らしく、ストリナは治療が終わるまで安静にしておくようにと両親に言いつけられた。多分一週間程度は動けないだろう。


 その間に何かしら練習すれば、妹との差は広がらない。むしろリードできるかもしれない。


 そのことに正直ホッとしている自分がいて、自分の器の小ささに嫌気が差す。妹は怪我をしたと言うのに。


 でも、やっぱり無視できない。


 その後、約束通りに村の子どもたちにランニングを教えたが、ちょっと上の空になってしまった。


 自主練でもしていたのだろう。それでも、みんななかなか様になってきていた。

今回も読んでいただきありがとうございました。


明日ぐらいで、書き溜めた在庫が切れそうです。


ちょっと勢いよく放流しすぎたかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ