14話 神術と入門
当初の予定である昼を待たずに、ストリナとアンは冒険者ギルドから戻ってきた。
冒険者ギルドの出張所の責任者であるオバラは、神術で炎の矢を上空に飛ばし、破裂音を3回鳴らすことで、ストリナを呼び出す合図にしたのだそうだ。
聞くところによると、治療ができる神術師は貴重で、冒険者ギルドに常駐しているのは大都市の支部だけで、僕が大きな街だと思っていたシーゲンの街にすら、常駐はしていないらしい。
そんなこともあり、この村に滞在している冒険者たちにとって、骨折などの重症も治せるストリナの存在はかなり大きくなっていたようだ。
これでナチュラルな6歳だと言うのだから、優秀すぎてつらい。
「さて、それじゃ、神術の授業を始めるわ。さっきのイントの話が面白かったから、今日は座学ね。」
いつもの勉強部屋で、僕とストリナが義母さんと向かい合う。優秀なストリナが、僕と同じ授業を受けたら、僕に勝ち目あるんだろうか?
「まず、神術の由来からなのだけど、その昔、神様がこの世界を創るときに使った術の一部を、世界から去る際に人間に授けたものだと言われているわ。」
義母さんが語りだす。まずは歴史からか。
前世のライトノベルでは『魔法』とか『魔術』とか、魔というネガティブな言葉が違和感なく使われていたけど、リアルに存在していると、やっぱり『神』とかポジティブな言葉が使われるのか。
「神術には5つの体系があるわ。まず、聖言という言葉を使って、神が残した自然現象を模倣した現象を起こす『摂理神術』、同じく聖言を使って神が定めたルールに干渉する『護法神術』、神が残した世界の管理者である聖霊に奇跡を願う『聖霊神術』、聖紋と呼ばれる文字や図形を使って摂理神術に近い現象を起こす『聖紋神術』、神の御業を盗み世界そのものを作り替える『混沌神術』の5つね。」
ふむふむ。けっこういっぱいあるね。
「ちなみにリナが最近覚えたのは、聖霊さんにお願いして使う『ヒール』で、分類するなら『聖霊神術』ね。でも発動に使っているのは、『聖紋神術』の護符なの。」
んん?神術の体系は絶対的なものではないのかな?
「世間的にはそれぞれ学派を作っているけど、冒険者はあんまり気にしていないわ。実際、聖言と聖紋は声か図形かの違いだけで同じことができるの。聖霊も聖言や聖紋で『摂理神術』が扱える。世の中的にはうるさいルールがたくさんあるのだけど、あんまり体系に囚われるのは良くないと私は思うから、教える時は無視するわね。」
ふむ。義母さんも元は実用重視の冒険者だから、世間的なルールは気にしてないわけか。
「さて、じゃあ実際に普通の摂理神術を見てみましょうか。」
義母さんは人差し指を立てて、何かを呟く。中身は理解できないが、これが神術を扱うための『聖言』というやつなのだろう。
詠唱時間は15秒くらいだろうか。義母さんの指先に、ライターぐらいの火が灯る。
「これが、一番簡単な『種火』という神術ね。」
リナは早速人差し指を立てて、詠唱している。
「さて、聖言の詠唱で神術を使うことには、実用性の面で若干問題があるのだけれど、それが何かわかる?イント、答えて。」
前世でならあのくらいの火、ライターで一秒ぐらいで起こせる。
「えっと、時間がかかりすぎること?かな?」
義母さんが笑って『種火』を握り潰す。ストリナは詠唱に失敗したらしく、人差し指を見て、キョトンとしている。なぜか少しホッとした。
「その通り。戦闘中にこんなに時間をかけてたら、あっという間にやられるわね。
他には何かある?リナ?」
まだあるのか。
「なにもおきないの、こまる。」
ああ、なるほど。さっき詠唱失敗してたな。
「そうね。戦闘中に動揺した状態で詠唱したら、コードを間違えて失敗することもあるわね。」
確かに魔物相手の戦闘中に一発逆転を狙っていた神術が不発とか、悪夢だろう。
それにしても、問題の基準が全部『戦闘中』って、どんな物騒な判断基準だ。
「というわけで、神術でもっとも大事なのは、いかに早く、いかに正確に術を発動させるかなんだけど、コンストラクタ家にはそれを実現するために、独自に編み出した方法があるの。」
義母さんが小さくて短い棒を取り出す。
「『インスタンス(種火,2)』」
母上が一言唱えると、杖の先の空中に銀色の紋様が浮かんで、先ほどより大きな火が灯る。
発動まで2秒ぐらいか。さっきより圧倒的に早い。
「これがそうなんだけど、あらかじめ準備をしておけば、どんな大きな神術でも、今と同じぐらいの速度で発動できるわ。」
「『インスタンス(種火,2)』」
ストリナが早速唱えるが、案の定何も起こらなくて首を捻っている。
「リナはちゃんと発音できてるわね。でも、準備しないときちんと発動しないわ。これを持って、もう一度やってごらんなさい。」
母上が手に持った棒をストリナに渡す。
「『インスタンス(種火,2)』」
義母さんの時と同じように、今度はあっさりと火が灯った。義母さんの火より安定してなくて、ゆらゆらと揺れている。
「わぁ!」
ストリナがものすごい笑顔になった。一発で成功とか、すげーな。
「つぎはおにいちゃん!」
ストリナは棒をこちらに渡してくる。
随分簡単そうだったから、いけるだろうか?
「『インスタンス(種火,2)』」
さっきの発音を真似て、聖言を唱えてみる。
が、何も起こらない。
「ああ、イントには難しいと思うわ。まだ霊力を放出できてないから。」
なるほど。ストリナはすでに『聖霊神術』が使えるから、霊力とやらを扱えるのか。
「霊力を放出するって、どうやるの?」
義母さんが困った顔をする。
「私は自分を広げるというか、周りの空間に溶け込むというか、そういうイメージでやってるけど。わからない?」
義母さんから聞かれて、首を横にふる。
イメージか。イメージで物理現象って起きるもんなのかな?
「うーん。霊力って、存在の力らしいのよ。イントがこの世界に存在するための力で、あなた自身とも言えるわね。それを周りに拡散させて、聖言や聖紋で方向性を与えるのが『神術』なんだけど。」
うん。さっぱりわからない。ストリナは相変わらずキラキラした目で、話を聞いている。
前世の転生モノの小説なら、僕がチート的な能力を手にいれて無双できるようになるところなんだろうけど、妹を見てると、僕の無能さが際立つ気がする。
もう一度、自分から何かがにじみ出しているイメージで、棒を構える。そのままだと面白くないので、ちょっとアレンジしてみよう。
「『インスタンス(種火,1)』」
シュっと、音が聞こえたきがしたけど、結局何も起こらなかった。
「うーん。ダメみたいね。まぁ初日でできるとか聞いたことないし、あきらめないことね。その練習用のコンパイラは貸してあげる。イントは燃え移る心配のないところで練習してみて。」
この棒、コンパイラっていうのか。どういう仕組みなんだろう?
「わかった。やってみるよ。」
そろそろ授業は終わりだろうか?義母さんはホントに身体に優しい授業にしてくれた。ちょっとホッとする。
「出来なくても心配しないでね。ちょっと痛いけど、他の方法もあるから。」
そうでもなかった。つまり、コンパイラを使えるようにならないと、痛い目を見るということか。
あっけらかんと言うところに、恐怖を感じる。手は抜けないか。
「リナには護符型のコンパイラを作ってあげるから、それで神術をたくさん使って、霊力を上げて行きましょう。聖紋を何度も書かなくて済むから練習が捗るはずよ。」
リナは一段階上の訓練を課されたようだ。嬉しそうに頷いている。
神術士とかカッコいいな、ちくしょうめ。
「あ、そうそう。そのコンパイラだけど、我がコンストラクタ家が貴族に成り上がれた要素の一つだから、家族以外に漏らさないようにね。私、世間では聖紋神術士として扱われてるから、見せるぐらいならなんとかなると思うけど。」
何が違うのかはわからないけど、まぁいいか。頷いておこう。
「今日はこんなものね。昼食にしましょう。午後からはお父さんの弓の訓練ね。」
まだ筋肉痛は治っていない。高校の部活でさえ、筋肉痛で休むとか許されなかったし、軍隊出身者はなおさら許してくれなさそうだ。
暗い顔をしていたのか、義母さんに少し笑われた。
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