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11話 課題と叡智

 燭台の灯りに、「政治・経済」の教科書が照らされていた。


 自室の椅子に座って足をブラブラさせながら、教科書に向かい合い、深呼吸する。


 こちらの世界に来てまで、教科書を読むことになるとは思っていなかった。


 事の発端は、魚の塩焼きに舌鼓を打っていた夕食の席で、父上に子どもたちに走り方を教えた事を事後報告した時のことだ。


 走り方を教えることを独断で決めたことと、魚の塩焼きで塩を無駄遣いしたことを咎められ、一食抜きの罰を受けるか、塩不足解消のアイデアを出すかを選ばされた。


 一食抜きは嫌だったので、塩不足解消のアイデアを出すほうを選び、父上から色々と事情を聞いた。


 何でも、塩は民の生活に不可欠なものとされていて、国が塩の上限価格を決めているらしい。

 その上限価格を超えて売ると、売った商人は鞭打ちの刑に処されるそうだ。


 我が国には元々塩の産地がなく、輸入に頼っていたが、なぜか最近徐々に塩を扱う行商人が減ってきており、ついに前回の市で塩を扱ってくれていた行商人まで塩の取り扱いをやめてしまった。


 父上はシーゲン子爵に頼みに行ったが、事情はシーゲンの街でも大して変わらないらしく、塩を回す許可は降りなかったのだとか。


 領内の岩塩や食塩の温泉の調査は行うとしても、見つからない可能性もあるので、別の手段も講じておく必要があると、父上は考えている。


 このまま塩を入手できなければ、冬の間の貴重な保存食となる塩漬けを作ることができず、今年の冬を越せない村人が出る可能性があるので、当然と言えば当然だろう。


 タイムリミットはあと4ヶ月ほどしかない。


 だが、四方が海で、塩に不自由した記憶のない前世から考えれば、塩が手に入らず詰むとか、あり得ない。


 つまり、塩不足の解決方法とか、授業で習っているはずもないわけだが、父上は何やら期待しているらしい。


「とりあえず、手持ちの教科書はこれだけだし、読み直して見るか。」


 無力感に苛まれながら、教科書を開く。


 ポンッ!


 開いた瞬間、間抜けな音と共に、本から何かが飛び出した。


『吾輩は叡智の書の天使である。吾輩を召喚したのは、そなたか?』


 机の上に、ビシッと黒い執事服を着こなした小人が立っていた。いや、小人というのは語弊があるか。頭が黒い山羊で、キツめのメガネを掛けている。


 パタン。


 思わず、教科書を閉じる。


『まてまて。なぜ閉じる。』


 本を閉じても、小人は消えなかった。


「天使?悪魔ではなく?」


 天使と言えば、白い服を着ていて、清らかな翼とか天使の輪とかあって、荘厳な感じになるものだと思う。頭が山羊というのもないけど、少なくとも黒はない。黒だけはない。


『む。失敬な。色と外見で差別するなどバカバカしい。個性、個人差は大事にすべきであろう?』


 まぁ確かにそうかもしれない。一応前世仏教徒だし、今世は・・・良く知らない。


「まぁ何でも良いけど。で、どうしてでてきたの?」


 異世界で教科書を開いたら、天使を名乗る悪魔があらわれた。


 うん、自分でも何言ってるかわからない。


『吾輩は叡智の書の守護者にして、案内人なり。』


『叡智の書』って、大げさだな。どう見ても教科書ですぜ。前世の世界じゃ同級生はみんな持ってたし。


「ふーん。」


 改めて、目次のページを開く。『政治・経済』は高校で受ける科目で、小学校では社会、中学では公民と呼ばれる科目の延長線上にある。


 中身は名前の通りで、『政治』と『経済』、それらの諸問題をまとめた3部構成だ。


 政治に関しては、前世で住んでいた国が採用していた議会制民主主義について書かれている。


 こちらの世界は、うちが男爵家で国の名前に王国とついているところから見て、封建的な社会なのだろう。だとすれば、政治の部分は今見ても仕方ない。


 諸問題についても同様で、社会構造や文明レベルが違いすぎて、参考にならなそうだ。


 残るは『経済』だけど、こちらは貨幣の役割なんかがまったく同じなので、何かの役に立つかも知れない。


 経済の部分をパラパラめくる。


 ふと、ページの中の『需要と供給』という文字が目に留まる。今回は塩の供給量が国全体で落ち込んでいるのが原因だ。


 授業を思い出しながら、読み直す。


 理屈は簡単で、物の価格が高くなるほど、売り手からの供給は増えるが、顧客からの需要が下がる。


 逆に、物が安くなるほど、売り手からの供給が減り、顧客からの需要が上がる。


 制限のない市場では、価格は適当な所で均衡する、という。この辺は中学生の頃にもやった気がする。


「塩不足が起きているということは、需要があるのに、供給不足が起きているということか。ということは、塩の価格が上がれば、供給は増える可能性があるってことだよね。」


 独り言を呟きながら、ページをめくる。次のページはもう別の内容だった。


「でも、塩の価格は国が上限を決めてて、それを超えたら罰せられると。民の生活に不可欠な塩の値段を上げないようにしたいのはわかるけど、それで塩が無くなるとか、本末転倒だなぁ。」


 値段が上げられないから、供給量が増えず、結果不足するわけだ。


『放置であるか。吾輩、案内人であるからして、便利なのであるが。』


 自称天使が教科書の横で、寂しそうにいじけている。また理解できないものが増えた気もするけど、相手にしないのも申し訳ない。


「じゃあ、上限価格があって、不足している塩の供給量を増やす方法を教えてよ。」


 一瞬で自称天使がシャキッとする。


「吾輩は叡智の守護者にして、案内人。叡知は答えそのものではないのだからして、方法を教えることはできないのである。」


 うわ。めんどくせぇ。ニヤッとしやがった。


「あっそ。じゃ黙ってて。」


 改めて教科書の内容に集中しようとすると、自称天使があたふたと慌て出す。


『ちなみに、需要曲線と供給曲線における価格を、絶対的な価格と解釈すると、良いアイデアが出なくなるので注意するが良いぞ。』


 ん?価格が上げられないことが、供給量を増やせない原因ではない?


「どういう意味?」


『世界史で産業革命を習ったであろ?あの時、綿でどういうことが起きたか覚えておるか?』


 産業革命と言えば、イギリスではじまった技術革新のことだ。


「確か、綿から布を作る工程が機械化されて、生産性が一気に向上した?」


『そうじゃ。ではその結果、供給曲線を踏まえて、どうなったと思う?』


「そりゃ、布の供給が大量に増えて、価格は安くなったんじゃないかな。」


『ふむ。では、価格が値段が安くなったら、供給量はどうなる?』


「落ち込む?ん?」


 値段が下がれば、供給量が少なくなるという理屈は、この場合おかしい。確か、技術革新が起きれば、供給曲線は右側にズレると習った。


 綿布を手で織るのと、機械で織るのでは、圧倒的に機械で織るほうが安くなるので、安く売っても問題なく利益を出せるからだ。


 つまり、均衡価格が安くなって安定する。


『気づいたのかの?供給曲線の価格というのは、突き詰めれば供給者側の利益と言い換えられるの。ほれ、あちらの世界の百円均一の店なんぞ、うまくやっておるであろ?価格は下がっても、供給は細っておらんし、店も利益を上げておる。』


 価格を変えず、行商人側の利益を増やすことができれば、価格をあげるのと同様の効果が見込めるということか。


「つまり、何をすれば、価格を上げずに行商人の利益は大きくなるの?」


 自称天使はまたニヤリと笑った。


『吾輩は叡智の守護者にして、案内人。叡知は答えそのものではないのだからして、方法を教えることはできないのである。』


 またそれか。話が回りくどい。イラっとする。


『ちなみに、「利益」というのは、販売価格から仕入れや輸送、販売にかかる経費を引いた「儲け」のことを言うのである。』


 当たり前のことを意味深に言う自称天使を見て、教科書を閉じる。


 結局、考える気を失ったので、燭台の蝋燭を吹き消して、ベッドにダイブした。



PV数が急激にアップしていて、現時点で昨日のPV数を超えました。


何だかアップした時間帯とは別の時間帯にもアクセスが持続するようになっていて、これはきっと継続して読んでくれてる方がいるのだろうなと妄想して、興奮しております。


スコッパーの皆様、どうもありがとうございます。

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