第94話 本宮霜子-1
授業が終わり、帰りのホームルームの前に、俺は自分のクラスに戻った。
すると、教室の中で、平沢が一ノ関と、深刻な顔で話していた。
理由を尋ねようかと考えたが、今の、俺と一ノ関の状況を思い出して自重する。
ホームルームが終わると、平沢がこちらに歩み寄って来た。
「黒崎君。今日、水守さん達と一緒に、パトロールに行ってくれないかしら?」
「……俺が?」
「雨が降り始めたから、水守さん達には、パトロールに行ってもらうことになったのよ。でも、水守さん達は、前回の時に危ない目に遭ったから……貴方に、皆を守ってもらいたいの」
「待ってくれ。できることなら協力したいが、俺は、まだ戦える状態じゃないんだぞ?」
「大丈夫よ。異世界人に会ったら、ミュレイさんの時みたいに説得してほしいだけなの。魔物と遭遇したら、貴方はすぐに逃げて」
「おい……。一ノ関たちは、前回、魔物に負けたんだぞ? 魔物と戦うための戦力も補わないと、前回と同じ結果になるんじゃないのか?」
「分かってるわ。だから……」
平沢は、周囲を見回して、1人の女子を呼んだ。
「雫さん、こっちに来て」
呼ばれた女子は、不思議そうな顔をしながら、こちらに近寄って来る。
こいつは……確か、渡波雫だ。
黒い髪をツインテールにしている、平沢の取り巻きのような女子の1人で、この間、俺に「あっかんべー」をした女である。
「麻理恵ちゃん、どうかしたの?」
「雫さんに、水守さん達のチームに入ってほしいの」
「えっ?」
平沢の言葉を聞いて、渡波は目を丸くした。
それから、俺の方を、白い目で見てくる。
「……どうして私なの? それって、つまり……そういうこと?」
そう言って、渡波は、自分の身体を抱くようにする。
一ノ関たちと同じように俺と結婚させられることを、警戒しているのだろう。
「勘違いしないで。水守さん達だけだと戦力が足りないから、貴方に加わってほしいだけよ」
「黒崎君が助けてあげればいいんじゃない?」
「まだ、黒崎君は戦える状態じゃないの。でも、異世界人と出会ったら説得してもらうために、彼もチームに加えることにしたわ」
「……ちょっと待って。つまり、私は黒崎君と一緒に戦うの? だったら、余計に嫌なんだけど……」
そう言いながら、渡波は、スカートを抑えるような仕草をした。
渡波も、一ノ関と同じように、短いスカートを履いている。
普段は男の目を警戒する習慣がないので、戦っている時に、中を見られるのが嫌なのだろう。
「気持ちは分かるけど……雫さんの能力は、雨の日に適していると思っての人選よ。受け入れてくれると、助かるんだけど……」
「……これって、本当にお見合いじゃないんだよね?」
「違うわ」
「でも……」
「麻理恵さん。私も、ご一緒させていただいてよろしいでしょうか?」
突然、1人の女子が話に加わってきた。
長い黒髪を、顔にかかるように伸ばした、暗い雰囲気の女だ。
見覚えがない。
こんな奴、このクラスにいただろうか……?
「霜子さん……でも、貴方は……」
平沢は渋った。
その女子のスカートが長め……つまり、御倉沢の幹部であることが影響しているのかもしれない。
「大丈夫です。無理はしません」
そう言って、その見覚えのない女子は、俺に会釈した。
「本宮霜子です。今まで、お話ししたことはありませんが……覚えていらっしゃいますか?」
「……ああ」
「取り繕わなくても結構です。親しい方々からも、私には存在感がない、とよく言われますので」
「……」
「というわけで、私がフォローしますから、雫さんは、気が進まないようでしたら結構ですよ?」
本宮にそう言われて、渡波は、俺を見て、平沢を見て、本宮を見た。
それから、ため息を吐いた。
「……やっぱり、私も行く。霜子さんだけに任せるのは、ちょっと……」
「そうですか」
本宮は、淡々と応じた。
その反応に、渡波は不満そうな顔をする。
「……すいません。頼りにしていますよ?」
本宮がそう言うと、渡波は気を取り直した様子だった。
すると、今度は、一ノ関がこちらに近寄って来て言った。
「霜子さん……本当に行くの? 婚約した女性は、なるべく戦いに参加しないことになってるのに……」
一ノ関は、困惑した様子でそう言った。
「はい。黒崎さんと、話をさせていただきたいので」
「でも……話をするだけなら、ここで話せば……」
「貴方達の状況については、私も聞いています。険悪な雰囲気になるのは嫌でしょう? 仲裁をする人間が必要だと思います」
「……」
結局、俺達は、本宮と渡波を加えてパトロールをすることになった。
俺達が廊下に出ると、そこで宝積寺が待っていた。
「宝積寺……」
「……先に帰らせていただきます」
宝積寺は、こちらが何かを言う前に、そう言って立ち去った。
「……可愛い」
本宮が、そうポツリと呟いたので、俺は驚いた。
神無月に所属していない人間が、宝積寺に対して好意的な発言をするのは珍しいからだ。
一ノ関と渡波も、目を丸くしていた。
俺達に合流した須賀川と蓮田は、突然メンバーが増えて、面食らった様子だった。
「ちょっと待って……黒崎と雫はともかく、どうして霜子までいるの?」
「黒崎さんとお話がしたかったので、同行させていただくことになりました」
「話すだけなら……」
「それは、先ほど水守さんに言われました」
「……」
有無を言わせない本宮の態度に、須賀川は黙り込んだ。
蓮田は、皆の様子を確認した後で口を開いた。
「でも……霜子さんは、もう婚約を……」
「それも、もう言われました」
「……で、でも……もし、大きな怪我をしたら……!」
「リスクは承知の上です」
「……」
結局、蓮田もそれ以上のことは言えず、俺達は本宮に引き連れられる形で出発した。




