第93話 大河原桜子-5
大河原先生は、自分の頬に指を当て、そちらに頭を傾けながら尋ねてきた。
「まさかと思いますが……外では、高校生の男の子が、高校を卒業した女性のことを、異性として意識するものなのですか?」
「……普通に、あることだと思います」
「そうですか……。この町では、たとえ1歳の差であっても、年上の女性が好きだという男性は極めて珍しいのですが……」
「外では、男が年上の女と結婚することなんて、珍しくありませんよ……。それって、この町では全然知られていないことなんですか? 早見は知ってたみたいですけど……」
「私は知りませんでした。この町は、外との交流が乏しいので。それで……黒崎君は、私のことを、女性として意識しているのですか?」
「……するなと言われても無理です」
「そうですか」
一瞬だけ、先生の表情が変化したように見えた。
それは、満面の笑みだった。
だが、すぐに先生の顔は元に戻っていた。
ひょっとしたら、俺の見間違いだったのかもしれない。
先生は、おもむろにこちらへ歩み寄り、俺の後ろに回り込んで、俺のことを抱き締めてきた。
「先生……!?」
慌てる俺に構わず、先生は、俺の両肩に手を回して、耳元で囁くような状態になる。
以前、先生の妹が安心すると言っていた、あの接し方だ。
胸が思いっきりぶつかっていることを、先生が気にする様子はない。
俺の顔は、耳まで真っ赤になっているだろう。
「黒崎君の気持ちは、とても嬉しいわ。でもね……それは、いけないことだと思われてしまうのよ」
「分かってますよ……。生徒と教師が……なんて、良くないことですよね……」
「そうではないの。私は、教師といっても、試験を受けたわけでもなければ、公務員でもないわ。ただの、勉強を教えているボランティアよ」
「えっ! そうだったんですか!?」
「この町は特別だから……。私がただの素人で、がっかりした?」
「いえ……。俺にとって、先生は先生ですから」
「……良かった。問題なのは、私が、黒崎君より4歳も年上だってことよ。この町で、そんなに年齢が上の女性を異性として意識したら……頭のおかしな男だと思われてしまうわ」
「……」
「正直に言うとね……私は、とても嬉しいの」
「……嬉しいんですか?」
「当然よ。こんなに若い子が、私のことを、女として意識してくれるなんて……王子様に見初められたような気分だわ」
「そんな、大袈裟な……」
「大袈裟じゃないわ。年下の男の子と恋愛をすることは、私だけじゃなくて、この町の女の子にとっては夢だもの。そうなったらいいなって、密かに思っている女性はたくさんいるのよ」
「……」
「嬉しいけど……この町の住人に、貴方のことを異常な性癖の持ち主だと思わせてしまうのは、とても残念なことよ。だから、このことは秘密にしましょう。アリスは、知っていたとしても、むやみに言い触らしたりはしないはずよ」
「……分かりました」
俺は、胸を撫で下ろしたい気分だった。
今の状況で、先生まで「黒崎君と付き合う」などと言いだしたら、いよいよ収拾不能である。
「……ひょっとして、安心してるの? 私と交際できないことを、残念だと思ってくれないのかしら?」
「いえ、それは……。先生とは、このまま、生徒と教師として良好な関係を築いていけたらと思います」
「……」
先生は不満そうな反応をした。
この人の境遇を考えると、俺に、あっさりと退かれたくないのだろうが……迂闊なことを言えば、後で「口説いた責任を取れ」などと言われかねない。
今までも、そういう経緯で、事態がややこしくなってきたのである。
「ところで、先生……服装は、そのままでいるつもりですか?」
「あら、当然でしょ? 今まで、この格好で問題なかったのに、突然、露出の少ない服装に変えたら、怪しまれるかもしれないわ」
「でも……その恰好でいられると、つい、見ちゃうんですけど……」
「貴方が私のことを、どういう意識で見ていたとしても気にしないわ。男の子にそういう目で見られたら、嫌だと思っていた時期もあったけど……黒崎君は年下だもの。それに、高校で生徒会長になった時に、男の子に対して寛大になろうと心に決めたの」
「……」
「代わりに、と言っていいのかは分からないけど……私の、貴方に対する接し方も、今までと同じでいいかしら?」
「はい」
「そう、良かった」
先生は、安心した様子で、俺の頬に指を滑らせた。
思わず、やめてくれと言いそうになる。
この人……元々ボディタッチの多い人だったが、互いに色々と打ち明けたことで、より親密な関係になったと感じているのかもしれない。
だとしたら、以前よりも、さらに悩みが増えてしまいそうな気がする。
「ねえ、黒崎君。私の誕生日のパーティーに、貴方を招待してもいいかしら?」
「えっ?」
「来週の土曜日に、私の家で催すの。春華さんは呼べないけど、私の親しい人は、皆が集まる予定よ。黒崎君にも、是非来てほしいの」
「いや、でも……俺は御倉沢の人間で、神無月とも、それなりに関係があるんですよ? そんな俺が、花乃舞の人である先生の家のパーティーに参加するって……大丈夫なんですか?」
「そんなこと、誰も気にしないわ。心配なら、梅花様に確認してもいいわよ? だから……いいでしょう?」
「……分かりました」
「では、授業を再開しましょう」
先生は、俺から離れて、何事もなかったかのように振る舞った。
だが、俺は授業中、ほとんど上の空だった。
先生の誕生パーティー……。
そして、花乃舞家の当主、花乃舞梅花。
仮に、俺が参加することを御倉沢や神無月が容認しても、かなりの大事のように思えた。




