第92話 大河原桜子-4
「黒崎君、これを使ってください」
校舎に入った所で、大河原先生は、こちらにタオルを差し出してきた。
「……どこに入れておいたんですか、これ?」
まさか……服の下に入れていたのか!?
そんなことを考えて、意味もなく動揺してしまった。
「濡れることを想定して、ここに置いておきました」
「……」
そうだよなと思いつつ、少しだけ残念な気がしてしまった。
俺は、頭を拭いて、タオルを先生に渡そうとする。
「あら、駄目よ。肩や背中も拭かないと」
そう言って、先生は、俺をタオルで拭き始めた。
どことなく、慣れた手付きのように感じられる。
「そういえば、先生って、妹がいるんでしたっけ?」
「そうだけど……それがどうしたの?」
「いえ……何となく、お姉さんっぽい感じがしたので」
「……そう」
何故か、先生は、がっかりしたような反応をした。
そういう風に思われることを、先生は歓迎していないのだろうか?
先生は、俺を拭き終わると、そのタオルで、自分の髪を拭き始めた。
「……汚れませんか?」
「大丈夫よ。ちゃんと裏返したから」
「わざわざ用意していたなら、タオルを2枚にしておけば良かったんじゃないですか?」
「あら、そういえば」
「……」
この人、やっぱり、どこか抜けているような気がする。
髪を拭いた先生は、突然、ジャージの上を脱いだ。
「!?」
動揺する俺の前で、先生は、濡れたジャージの肩や背中の部分を拭き始めた。
しばらく、そのまま眺めてしまって、俺は我に返る。
「……先生、駄目ですよ! 誰に見られるか分かりませんから!」
「あら、おかしなことを言うのね? 裸になったわけでもないのに」
そう言って、先生は不思議そうな顔をした。
先生は、ジャージの下に、白いTシャツを着ていた。
確かに、着ている。だが、それだけである。
濡れて透けている、などということはない。
だが、同じ格好をした須賀川だって、かなり胸が目立っていたのである。
先生は、とてつもないインパクトだった。
……正直に言えば。
先生の胸の大きさは、どうなのかと思ったこともあった。
女の胸は、大きければ大きいほど良いというわけではなく、一番魅力的に見えるサイズがあるのだ。
一ノ関や早見の大きさは、自然に、好ましいと思えるのだが……あいつらの胸は、男が惹き付けられる最大の大きさだと言っていいだろう。
それよりも大きくなると、さすがに、喜んでいいのかが分からなくなってくる。
だが。
先生が年上だからなのか、それとも、先生だからなのか……その膨らみは、とても、良いもののように思えた。
このサイズなら、ビキニを着たりしないで、この姿のままでいてくれた方が、男としては嬉しいかもしれない。
「先生って……モテそうですよね」
つい、そんなことを言ってしまった。
すると、先生は遠くを見るような目をした。
「……そうね。モテたわ。全然嬉しくなかったけど」
「そうなんですか?」
「ええ。私の好みに合う男は、誰も言い寄ってこなかったんだもの」
「じゃあ、先生の好みの男って、どんな人ですか?」
「そうね……黒崎君みたいな男の子、かしら」
「えっ!?」
「冗談よ。ごめんなさい、おかしなことを言って」
「いえ……」
「黒崎君は、先に教室に戻っていて」
「……はい」
俺は、逃げ出すように、1人で教室に戻った。
妙な気分になる前に、あの場を離れられて良かった……。
俺が着替えて、座って待っていると、先生が戻って来た。
いつものスーツ姿を見て、少しだけ安心する。
「大丈夫ですか、黒崎君。寒くありませんか?」
「はい。先生こそ、大丈夫なんですか?」
「問題ありません」
「……」
いつもどおりに開かれて、谷間が見えている胸に、つい目が行ってしまった。
この人……本当に大きいよな……。
「黒崎君……私に、どこか、おかしなところがありますか?」
そう言って、先生は首を傾げた。
「……いえ」
「では、授業を再開しましょう」
先生には、俺に凝視されたことを気にする様子がなかった。
あまり気にされても困ってしまうが……ここまで無頓着でいられても、複雑な気分になる。
俺は、この際なので、先生に尋ねてみることにした。
「先生……その格好って、誰かに注意されないんですか?」
「注意……? いいえ。どうしてですか?」
「だって、教師としては派手すぎるじゃないですか」
「派手……? どこがですか?」
そう言いながら、先生は自分の身体を見下ろした。
この人……自分の格好について、疑問に思ったことがないのだろうか?
「普通、教師っていうのは、そんなに胸元を開いたり、大胆に脚を見せたりはしないものでしょう?」
「ああ、そんなことですか」
「そんなことって……」
「外から来た黒崎君には、おかしな格好に見えるかもしれませんが、この町では誰も気にしません」
「いや、でも……この町の男だって、女の身体には反応するものなんでしょう? 魔力が乏しい女のことは気にしないみたいですけど、先生はそうじゃありませんよね?」
「黒崎君は、おかしなことを言う子ですね? 高校生の男の子が、大人の女性のことなんて、気にするはずがありませんよ」
「でも……先生って、まだ二十歳ですよね?」
「黒崎君!」
「は、はいっ!」
「私……来週の土曜日までは、まだ19歳なのよ?」
「……お誕生日、おめでとうございます」
「……意地悪」
先生は、唇を尖らせながら言った。
この反応……可愛い……。
「二十歳になることは、そんなに気にするようなことですか? まだ、これからっていう年齢でしょう?」
「……女性は、高校を卒業したら、見向きもされなくなるものよ」
「そんな馬鹿な……」
そう言うのと同時に、俺は、あることを思い出した。
異世界人であるミュレイは、異世界の女は、13歳を過ぎたら見向きもされなくなる、などと言っていた。
異世界の13歳は、こちらの世界では16歳程度らしいのだが……もしも、年齢の水準に違いがあっても、この町の文化が異世界の影響を強く受けているとしたら……?
そういえば。
あかりさんは、俺があかりさんを異性として意識することなどありえない、という態度で接してきた。
そして、早見は、この町の男の常識と、外の男の常識が異なることを示唆していた。
つまり……俺が、大河原先生を女性として意識することは……この町では、異常なことなのか!?
全身の血の気が、引いて行くのを感じた。
大河原先生も、事態が呑み込めてきたのか、困惑している様子だった。




