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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第86話 早見アリス-13

「もっとも、神様を求めたのは、玲奈さんだけではありませんでした。時代が、新たな信仰の対象を求めたのですわ」

「……時代?」

「この町の方々は、御三家の崩壊を迎えて、精神的に不安定になっているのです」

「御三家の……崩壊だと?」

「黒崎さんもご存知でしょう? 花乃舞家は破滅を受け入れた結果として、いよいよ、跡継ぎが梅花様だけとなりました。そのことが、花乃舞に所属している方々だけでなく、神無月や御倉沢の方々に対しても、深刻な動揺を与えているのですわ」

「花乃舞がなくなったら、ライバルが減るんだろ? 嬉しくないのか?」

「喜んでいる方など、ほとんどいませんわよ。花乃舞家が消滅したら、所属していらっしゃる方々は、どこに行くと思いますか?」

「……どこだ?」

「私達にも分かりません。だから不安なのです」

「……」


 花乃舞に所属している連中は、花乃舞家が消滅すれば、他の家に転籍するかもしれない。


 現在、花乃舞に所属している連中が、全員御倉沢に行ったら、神無月は危うくなるはずだ。

 逆に、全員が神無月に加われば、御倉沢は危うくなるに違いない。


 つまり、現状は、どちらの家にとっても先の見えない、良くない状態だということである。


「それだけではありません。御三家という、現在の体制が崩壊すること自体が、多くの人にとっては恐ろしいことなのです。数百年も続いたものが、失われるのですから」

「……だから、この町の連中は、新たな神に縋りたくなったのか?」

「はい。そんな我々にとって、春華さんは救世主だったのです」

「お前ら……異世界人の遺伝子を受け継いだ、天才集団じゃなかったのかよ? この世界の人間なんかよりも、遥かにメンタルが強いと聞いたが……?」

「そのような話は嘘ですわ。記憶力の良さや計算の速さと、精神力の強さは関係ありませんもの」

「……」


 この町の人間には、異世界人に対するコンプレックスがあって、過剰に美化している節がある。

 特に、蓮田の話からは、そのことが強く感じられた。

 おそらく、早見の言葉の方が正しいのだろう。


「春華さんが現れたことによって、最も影響を受けたのは神無月家です。事実上、春華さんが当主であるかのように扱われ、春華さんと仲が良いという理由で、愛様が当主になられました。それによって、私達は安定することができたのです」

「じゃあ……今は?」

「とても不安定です。春華さんが外に行ってしまわれたことで、私達は、心の支えを失っただけでなく、最大の戦力を喪失してしまったのですから」

「どうして、春華さんが外に行く時に引き留めなかったんだ?」

「神様のなさることに、反対などできませんわよ」

「……」

「春華さんは、御倉沢はともかく、花乃舞からは慕われていました。仮に花乃舞家が消滅しても、神無月に来ていただけるのではないかと期待していた方は少なくないでしょう。しかし、春華さんがいなくなったことで、ますます花乃舞の動向は読めなくなってしまいました。ですから、皆様、気が気でない状態なのです」

「嘆いても、春華さんは戻って来ないだろ? 今いる連中が、花乃舞と交渉するしかないんじゃないか?」

「そのとおりですわね。しかしながら……花乃舞のこだわりは相当強いので、私達も困っているのです。特に問題なのが、貞操観念の相違ですわ」

「……当然だろうな」


 神無月は自由恋愛だ。

 子供ができても当たり前、といった態度である。


 それに対して、花乃舞は、極力人を増やさないようにしているのだ。


「私は、神無月の方針は正しいと思っております。好きになった方と愛し合って、新たな生命を生み出すことは、素晴らしいことだと思いますわ」

「限度はあるけどな……」

「まあ! 快適なハーレムライフを満喫していらっしゃる、黒崎さんの言葉とは思えませんわね」

「……」


 俺はため息を吐いた。

 本当にそうであるなら、どれだけ気が楽になることか……。


「お前らの考えることがバラバラなせいで、俺は翻弄されっぱなしだ……」

「あら。神無月の考えは、各々の価値観を重んじるという点で一致しておりますのよ? それは、この町の外では当然のことなのでしょう? そういう意味では、私達は他の家よりも、外の考え方に近いと思いますわ」

「だが……外では、誰かの意見に反した言動をしたからって、普通は殺されたりしないぞ?」

「神無月にだって、そのようなことをする方など、いらっしゃいませんわよ? 玲奈さんを除けば、ですが」

「……長町は?」

「あの子は、まだ中学生でしょう? 若気の至りというものですわ」

「……」


 事情を知っているので、俺はツッコミを入れなかった。


「いっそのこと、春華さんが全ての家を統一して当主になってたら、この町も、もっとまともになったのかもな……」

「それは違います」


 突然、早見が強い口調で、俺の言葉を否定した。


「……そうなのか?」

「はい。これは、ここだけの話にしていただきたいことですが……私は、春華さんの考え方に疑問を抱いていました」

「!?」


 それは、驚くべき言葉だった。


 春華さんは、皆に慕われ、神様のように崇められていたはずだ。

 そのことは、神無月だけでなく、花乃舞も同じだった。

 御倉沢ですら、春華さんのことを重視していたはずである。


 まさか、共に戦った仲間である早見が、春華さんに対して否定的な意見を持っていたとは……。


「お前は……春華さんのことを、慕ってたんじゃないのか?」

「慕っておりました。だからといって、春華さんの考えを全肯定するかと尋ねられれば、そうではないということです」

「それは理解できるが……春華さんの、どこがおかしいと思ったんだ?」

「最もおかしいと思ったのは、あの方が、天音さんを理想の女性としていたことです」

「北上が……理想……?」

「黒崎さんだって、気付いていらっしゃるでしょう? 玲奈さんの普段の様子は、とても大人しくて、天音さんに似ていますよね?」

「そうだな」

「ですが、本来の玲奈さんは、あのような大人しい方ではありません」

「……そうだな」

「では、どうして玲奈さんが、あのように振る舞っていると思いますか?」

「まさか……春華さんが、北上のことを褒めたから、か……?」

「そのとおりです。春華さんは天音さんのことを絶賛していました。であれば、玲奈さんが天音さんのような女性になろうとするのは自明のことですわ。あの方にとって、春華さんは絶対ですから」

「……」


 そうだったのか……。

 今まで、北上の性格が、宝積寺に似ているのだと思っていた。

 だが、実は、宝積寺の方が、北上の真似をしていたのである。


 宝積寺玲奈という女は、本当は気が強く、攻撃的な人物だ。

 本当に気が弱くて大人しい北上天音とは、全く異なる性格である。


 だが、不思議なことに、宝積寺の言動は演技ではない。

 既に正体を知っている人間の前で、どれだけ猫を被っても無駄だからだ。


 俺は、ようやく、宝積寺の極端な二面性の正体に辿り着いた気がした。

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