第79話 早見アリス-7
俺も水着に着替えて、3人で運動場に向かった。
早見が俺の前を歩き、後ろに北上が付いて来る。
早見は、後ろ姿も文句の付けようがなかった。
何だか、夢の中にいるような気分だった。
運動場は、広大な砂場になっていた。
まるで浜辺に来たような気分になり、思わず早見と北上を交互に眺めてしまう。
「……黒崎さん。ここはビーチではございませんわよ?」
早見が、俺に白い目を向けてくる。
確かにそのとおりなのだが、似たような光景であり、2人とも絵になる姿なのだから仕方がない。
俺に見られるのを嫌がって、北上は距離を広げるように後ずさった。
「……貴方は、段々と女性に慣れてきて、欲望を隠す意識も薄れてきたようですわね」
「そんなことはないと思うんだが……」
「その調子では、玲奈さんに嫌われる日も、そう遠くないだろうと思いますわ」
「……仮にそうなったとして、今、そんな格好でこの場にいるお前には責任がないのか?」
「まあ! 私は、ただ訓練に協力しているだけですわよ? 女性の善意を曲解するのは、やめていただきたいですわね」
「……」
言いたいことは沢山あったが、俺は反論するのをやめた。
早見の主張は、間違っているとはいえない。
お前も水着になれ、などと要求したのは俺自身だからだ。
「今さらで悪いんだが……北上は、その格好が嫌なら着替えたらどうだ?」
「……本当に今さらですわね。既に散々凝視したというのに」
「だから、お前が着せたんだろ……」
「複数の女性に対して抱く性欲は、罪ですわ」
「……」
「あ、あの……私は、このままでいいです。男性が黒崎さんだけなら、恥ずかしいですけど、嫌なわけではないので……」
「……そうか」
「黒崎さん。天音さんがこういう方だからといって、強引に押し倒そうとしてはいけませんわよ?」
「やらねえよ!」
早見の発言のせいで、良くない空気が漂っている。
俺は、気分を切り替えるために咳払いをした。
「それで……訓練ってのは、何をするんだ?」
「まずは、黒崎さんに、魔法を使っていない状態で、あのラインからあのラインまで走っていただきます」
早見が指差した場所を見ると、砂の上に、2本の白い線が引かれていた。
線と線の間の距離は、50メートル程度だろうか?
「生身で短距離走をすれば、魔法が使えるようになるのか?」
「そうではありません。すぐに説明しますので、まずは走ってください」
「……分かった」
目的は不明だが、50メートル程度走るだけなら大したことではない。
俺は、2本の線の間を全速力で駆け抜けた。
「よろしいですわ。では、反対方向に走っていただきますが、その際には、ご自身のフォームを意識してください」
「……分かった」
俺は、反対方向に走った。
身体の動きを意識した分だけ、スピードが落ちたかもしれない。
「いいでしょう。では、もう一度、同じように走っていただきますが、その際には、先ほどと同じフォームを意識しながら、できるだけゆっくりと走ってください」
「……できるだけ、ゆっくり?」
「そうです。撮影した映像を、スロー再生した様子を再現してください。物理的に不可能な場面については、再現できなくても構いませんわ」
「……それ、かなり間抜けじゃないか?」
「笑ったりしませんわ。ですから、真剣にやってください」
「……分かった」
ひょっとしたら、俺のことをからかっているのかもしれないが、否定する根拠があるわけではない。
俺は、早見の指示に従った。
……難しい。
そのことに、走り始めてすぐに気付く。
前に出した足が、すぐに落ちる。
上体が反る。
軸足が伸びきらない。
撮影して同じ速度で再生したら、先ほどと全く違うことは明らかだった。
「……!」
脚が吊りそうになって、俺は慌てて走るのをやめる。
「黒崎さん!」
「……大丈夫だ」
心配そうな顔で駆け寄ろうとした北上を、俺は手で制した。
「よろしいですわ。今度は、私が再現しますので、ご覧になってください」
早見は、そう言ってから、スタート位置に移動した。
走り出した早見を見て、思わず見入ってしまう。
同じことでも、早見がやると、全く間抜けには見えなかった。
違和感のないフォーム。
常に一定のリズム。
須賀川が、早見のことを異世界人と同レベルだと言っていたが、間違いではないだろう。
「いかがでしたか?」
50メートルを走り終えた早見が、涼しい顔で言った。
「……全く見飽きなかった。お前は、色々と芸術的だな……」
「イメージが掴めたら、もう一度、ご自身で走ってください」
「ああ」
俺は、再びスロー再生の走りに挑戦した。
だが、全く駄目である。
相変わらず、足は落ちるし、上体は反ってしまう。
そして、途中で軸足が吊ってしまった。
「……いってぇ!」
「黒崎さん、大丈夫ですか!?」
北上が、すぐに駆け寄ってきた。
そして、俺が押さえた脚の状態を確認してから、すぐに魔光を生み出して当てた。
「それは……回復魔法か?」
「そうです。通常の筋肉の状態をイメージして、それに近付けています」
「そんなことが可能なのか!?」
「この程度でしたら、副作用の心配はありませんので。通常でしたら、漠然と『身体が正常な状態に戻ろうとする魔法』を使うのですが」
「……凄いな」
俺の言葉に、早見が頷いた。
「天音さんは、回復魔法の腕が、この町で最も良い方なのですのよ?」
「つまり……医者みたいなものだな?」
「そうです。私にとっては自慢の友人ですわ」
「……」
北上は、嬉しさと恥ずかしさが混ざったような顔をした。




